バリアンの皆が人間となってこちらに来てからアリトやギラグは勿論ドルベやミザエルも学生となり平和な日常を過ごしている。
一部を覗いてはすっかりその生活にもなれすっかり平和な風景に溶け込んでいた。
ただ1人、ベクターを除いて。
「ベクターは学校来ないの?」
私がそう訊ねるとあからさまにうざそうに私を一瞥しすぐに視線を逸らした。
「へたれなベクちゃんは行けない?」
「テメェ、誰に口を聞いてやがんだ。
ぶっ殺すぞ!!」
そう言って恐ろしいほど私を睨み付けてきたが正直な所今のベクターに何を言われたところで怖くはない。
「へたれ以外なんだって言うの?
怖いんでしょう、凌牙達に会うのが」
ベクターは私を睨み付ける。
それは取って食おうとするように。
きっと昔のベクターならそれを恐ろしく感じただろう。
でも今の彼は警戒して毛を逆立てる猫のようにしか見えなかった。
「許されるのが怖いんだよ、貴方は」
それを口にすれば一瞬目を見開いた後再び私を睨み付けた。
「ナッシュの野郎が俺を許すって思ってんのか、テメェは。
ハッ!おめでてぇ頭してんなぁ、名前ちゃんよぉ!」
可哀想な子だと思った。
本当はベクターだって分かっているだろうに、凌牙達が自分を許す事なんて。
でもそうだよね。
「許されない方が楽なんでしょう、ベクターは」
それに罪悪感を感じていつまでも自分が悪者でいる方が貴方にとっては楽なのでしょうね。
許されるという事はベクターにとって敗北を示すものだから。
それでも本心では許されたいと思っている事を私は知っている。
「別にいいじゃない、負けたって」
ベクターは私の言葉に再び目を見開く。
「負けるが勝ちって言葉もあるのよ。
図太く生きてこその貴方じゃない?」
孤高の王の貴方だからこそ自分のやった事くらいなかったことにして今を生きればいい、それを許してくれる仲間が、待っていてくれる人がいるのだから。
「遊馬は貴方を待っているよ。
仮に皆が貴方を許してくるなかったとしても遊馬がいれば十分じゃない」
と言っても皆が許さないなんて思わない。
とくに凌牙はベクターが思っている以上に器の大きな人だもの。
璃緒が許せば凌牙も許す。
璃緒は優しく気高い女性だ。
普通に考えればあり得ない話だとは思うがきっと彼女は彼を許すだろう。
ドルベはそれに従うだろうしアリトやギラグあたりは一発ぶん殴って終わりにしてくれそうだしミザエルは····まぁ友達にはなれないかもしれないけれど憎まれ口を聞く程度には和解できるだろう。
「····俺は、俺は、お前さえいれば、それでいい」
随分と可愛らしい事を言ってくれるようになったものだ。
これがこんな状況でなければ本当にときめいたと思う。
「私はねベクター、普通の恋愛がしたいの。
恋人とデートだってしたいし友達に恋愛相談もしたい、のろけ話だって。
だから貴方が私ばかりでは困るの。
一緒に外に出てほしい」
俯いた彼の肩に手を置けばその肩が小さく揺れた気がする。
触れた身体はただでさえ華奢だったのに以前よりも更に痩せた気がする。
「全部が終わってから私を抱かなくなったよね、ベクター」
以前はどんなに私が拒んでも無理やり抱いていたくせに。
責めるようにそう口にするもベクターは私に何も言い返すことはせずにただ私を睨みつけるだけだった。
「私になら何してもいいよ、だから貴方を大好きで貴方が大好きな遊馬の事は大切にしようよ」
私はベクターが大好きだから彼の鬱憤や欲望くらい受け入れてあげられる。
だからこそ彼にちゃんと居場所があるのだと知ってほしい。
華奢な身体を抱き締めればベクターは恐る恐るという感じで私の背中に手を回した。
その弱々しさは逃がさない、俺の所有物だと言って私を無理やり抱いていた頃のベクターとは比べ物にならない。
「········俺は本当に許されたいだなんて思っていない」
「うん、分かってる」
彼の顔が伏せられている私の肩が冷たくなっていく。
「それでも俺に謝れっていうのか」
「そうだよ」
頭を撫でれば背中に回された腕に力がこもる。
久しぶりに感じたその力強さは心地が良かった。
「残酷な女だなぁ、テメェは」
「知っていたでしょう」
ベクターは私の背に腕を回したまま顔をあげた。
少し赤くなった目をしているもののあれ以来始めて本来のベクターらしい顔をしている。
「俺の女としてはお前程相応しい奴はいねぇよ」
つい先程までしおらしくしていたのにコロッと態度を変えるあたりが実にベクターらしい。
でもそんな彼が彼らしく生きられるなら私はそれを嬉しく思う。
「俺は優しいから最愛の女のお願いくらい聞いてやらねぇとな」
ベクターは自信に満ちた顔でそう言って私の唇に自身の唇を押しあてた。
「怪我をしても手当て出来るように救急セット用意しておくから沢山殴られておいで」
笑ってそう言えばベクターは私の言葉に一瞬顔をひきつらせた後同じように笑った。
「本当にテメェは性格の悪い女だなぁ!
だがそこが嫌いじゃねぇぜ」
私の頭を乱暴に撫で付けた後再び私を抱き締めた。
ああ、やはり私はベクターが好きなのだ。
どんなに憎まれ口を叩かれようが彼が笑っていられるならどうでもいい。
本当はずっとここに綴じ込もっていたっていい。
でもそれが彼にとって最良な選択である筈がない。
私は遊馬にも凌牙にもなれない、私でしかいられない。
だからこそ私にしか出来ない事をするしかないのだ。
とは言っても遊馬ならもっとストレートに彼をここから引っ張りだせただろうなぁとは思ったが。
皆がこちらで甦った時そこにベクターがいなかったのは彼の罪悪感が原因だったのだと思う。
それでも甦って今生きているのは彼自身が生きたいと望んでいたからだと思う。
誰よりも孤独と死を恐れた孤独な皇子。そんな彼がこれからも生きていく為に彼の弊害となる壁なんて邪魔でしかない。
「私はベクターの事大好きだよ」
「そんなの態々言われなくたって知ってる」
懐かしい笑顔に真月零を思い出した。
あれだって彼の一部だろう。
おっちょこちょいなのはベクターだって同じだったからね。
だから心底ベクターを憎む事なんて出来ないのだ。
「····一度しか言わねぇ。
名前、····悪かった」
「ふふっ、私も意地悪言ってごめんね」
一番に私に謝った彼はもう大丈夫だろう。
真月零のように素直になれるかは別としても他の人にも頭を下げることくらい出来るだろう。
なんやかんや言いつつ彼が私を頼ってくれた事を嬉しく思う。
「とりあえず明日は久しぶりに外に出ようよ。
ちょっとだけデートして、それから遊馬に会いに行こう」
「····しょうがねぇなぁ、付き合ってやるよ」
きっと私達が本当の恋人となれるのは本当の意味で全てが終わってからだと思う。
対等な、どちらかが相手を支配するでもない、本当の恋人同士に。
それまでもう少しの間片想いしてる時間を楽しもう。
今日はいつもより早く眠ってしまおう。
きっと明日は泣いて笑って忙しない1日になるだろうから