選択肢は一つではない

「良かったね、皆が優しい人達で」

「お前今の俺の姿見てよくそんなことが言えるな」

ベクターの顔にはそれは綺麗な手形がついていた。
それは七皇の誰かにつけられたものではない。
小鳥ちゃんによって付けられたものだ。

遊馬君の家に着くとそこには示し会わせたかのように皆が勢揃いしていた。
遊馬君はただただ嬉しそうにベクターを呼び歓迎しミザエルはあからさまに顔を歪ませ凌牙君は警戒心たっぷりの表情で背に璃緒ちゃんを隠した。
他の皆もなんとも言えない複雑そうな表情をベクターに向けていた。

空気が張り積めたように感じた。
寧ろ氷っていたかもしれない。
そんな中で遊馬君だけがいつも通りベクターに話しかけるものだからアリトやギラグは次第に呆れたように苦笑いを溢した。
ドルベは凌牙君の様子を気にしている。

「ベクター」

私の言葉は口にせずにその思いを手に込めて背中をトンと軽く叩けばベクターは私の込めた思いをすぐに理解して顔を歪ませた。
そんなベクターに遊馬君はどうした?と呑気に聞いた。
そして再び静かになってその場の空気が凍った。

「········い、今までのこと、····悪かった」

絞り出すように口にした言葉に再び和らぎかけていた空気が凍ってそれはぴりぴりとした痛みさえ感じさせた。

「なんだよベクター!お前またなんか企んでるんじゃねぇだろうなぁ!」

遊馬君はそう言いながら明るく笑ってベクターの肩を組んだ。
いつだって彼は優しい。
一瞬で張り積めた空気を壊してしまった。

「まさかお前の口からそんな言葉が出てくるなんてな」

「逆に気味が悪いな」

次に口を開いたのはアリトとギラグだった。
アリトはそう言ってベクターの髪を乱暴にぐしゃぐしゃにした。

「····お前がやったこと、それだけで済まされると思っ」

凌牙君が言葉を紡いでいる途中だった。
その大きな音が鳴り響いたのは。

凌牙君はそれに驚いて言葉を中断し皆も驚いた顔をしている。

それを予測していなかった訳ではない。
なんなら本当にボコボコにされるかもしれないと思っていたしそうなっても仕方ないと思っていた。
ただそれをした人物が予想外の人物だったので驚いたのだ。

「遊馬はずっと貴方を信じていたのに、待っていたのに、どうしてもっと早く来なかったの!?」

小鳥ちゃんだった。
ベクターの左頬が赤く染まっている。
小鳥ちゃんにビンタされたからだ。
彼女は涙をぽろぽろと流しながらベクターを睨んでいる。
遊馬君はそれを見て慌ててフォローしていた。

その予想外の出来事に皆が驚いている。
遊馬君と一緒になってアリト君は小鳥ちゃんをなだめていた。

そんな中璃緒ちゃんがベクターに近付いた。
そしてベクターのおでこに親指で中指を弾く、所謂でこぴんというやつだ。

「貴方ってどうしようもない人よね。
これからは少しは大人しくしていてくださると有り難いですわ」

璃緒ちゃんはそう言ってベクターの頭を撫でた。
ベクターは顔を赤くしてその手を振り払った。
凌牙君はそれに眉間にシワを寄せベクターの頭を乱暴に撫でつけ髪を更にぐしゃぐしゃにした。
それにアリトやギラグも同じように混ざってその様子をドルベはそんな凌牙君の行動にほっと安心したような顔で見守っていたしミザエルは呆れた顔で見ていた。

先程まで泣いていた小鳥ちゃんも今は笑っている。


私は、私だけがそこにいなかった。

私はただ一人その光景を和の外から眺めていた。






「もう一度学校に通ったら?
真月零として、ううん、きっと本当の貴方でも大丈夫だと思うよ。」

皆優しいから、きっと大丈夫。
そう、きっと大丈夫なのだ。
ベクターは特別な存在だから。
私とは違う、そう考えればなんだか寂しさが込み上げてきた。

「なんでテメェはそんなに他人事なんだよ」

ベクターの大きな目が私を睨み付けた。
私はベクターを怖いと思ったことはない。
だから睨まれた所で恐怖なんて感じはしなかった。
ただ今私の目を見られる事が嫌だった。

「昨日はああ言ったけど貴方が他に居場所があるならここに居続けなくたっていいよ。
遊馬君のお家とかさ、多分大丈夫そう」

私はなんでこんなことを言っているんだろうか。
そんなことは考えるまでもなく分かっていることだ。
私は遊馬君に嫉妬しているのだ。
ベクターを変えるのはいつだって遊馬君だから。
私は決して彼のようにはなれない。

「テメェは俺に出ていけって言いたいのか」

ベクターが私の腕掴んだ。
その手にはとてつもない力が込められていてギシギシと骨が軋んだ。
爪が肉に食い込んでいるのに何故かそれが嬉しい。

「ベクターがここを選ぶというのなら私は何も言わない。
私はベクターがいたい所にいてほしい」

ベクターは私の言葉にチッと大きく舌打ちをした。
ため息を吐いて私をめんどくさそうな目で見た。

「昨日あんだけ俺にかました奴の台詞とは思えねぇなぁ。
····一度しか言わねぇ、俺がいるのはここだ。
テメェなんかに俺の選択肢に口出しする資格なんてねぇんだよ!
今度ふざけた事ぬかしやがったら殺す」

ベクターは自身がされたように私の頭を乱暴に撫でつけた。
本当に丸くなったものだと思った。

「あんなに素敵な仲間がいるのに、ベクターは趣味が悪いね」

「俺の趣味が悪い事なんてお前を選んだ時点で分かってる事だろうが」

ベクターは意地の悪い顔で笑う。
ベクターのその笑顔に私は涙を溢してしまった。
悲しい訳ではない、嬉しかったのだ。


「ベクター·········おかえりなさい」


ベクターは何も言わずにその意地の悪い笑顔を浮かべたまま私の唇を塞いだ。
そのキスが信じられない程、経験したことがない程優しくて私の目から更に涙が溢れていった。

「みっともねぇ面してんじゃねぇよ」


私に意地の悪い言葉をかける時のその笑顔がたまらなく大好きだった


今日はやはり本当に忙しない1日になった