「明日出掛ける」
お風呂から上がったベクターが髪をタオルで拭きながら私にそう声をかけた。
心なしかその声が楽しげに聞こえた。
「遊馬君?」
「ああ」
私の予想は当たっていたようだ。
あれからベクターはまた遊馬君とよく遊ぶようになった。
一時期ただでさえ細い身体が更に痩せてしまって心配になったがあのいざこざがなんとか落ち着いてからは食欲も正常になったのか普段の彼の姿を取り戻した。
まぁそれでも細い事にはかわりないのだけれど。
「···髪私が乾かしてもいい?」
「あ?まぁめんどくせぇからやりてぇなら勝手にやれよ」
「ありがとう」
ベクターはそう言ってソファーにドカッと腰をかけた。
私は脱衣場からドライヤーを持ってきてコンセントを指した。
軽くタオルで髪を拭いてからドライヤーのスイッチを入れ温風をベクターの髪にあてる。
髪を手ですきながら出来るだけ丁寧に髪を乾かしていく。
ベクターは静かに座っていた。
(今凄く幸せだ)
そう確かに感じていた。
それに嘘はない、なのになんだろうか、このなんとも言えない寂しさは。
数分もすればベクターの髪は乾いてしまった。
私は惜しみながらドライヤーのスイッチをオフにする。
最後に髪に櫛を通した。
ベクターはデッキを取り出しカードを確認し始めた。
きっと明日の為の調整だろう。
遊馬君には誠実でいろ、そう言ったのは私なのにそんな事を言っておいて今の私はなんだろうか。
きっと私は遊馬君に嫉妬している。
(私は遊馬君にはなれないんだもの)
遊馬君がいなければここにベクターはいなかった。
感謝している。
けれどやっぱりなにか悔しい。
(····今ここにベクターがいるだけで私は幸せな筈だ)
どうにも気持ちがマイナスに向いている気がする。
それはおそらく凄く下らない感情だろう。
このままは良くない、今日はもう早めに寝てしまおう、そう思い至ってベクターに声をかける。
「私もう眠いから先に寝るね」
「ああ」
ベクターは私に視線を向けることもなく返事をした。
それはいつも通りだから慣れていることの筈なのにやはり少しさみしい。
今日は本当におかしいようだ。
冷たい布団に入った。
元々本当に眠かったわけではない私の目を更に覚ますような冷たさの身震いした。
それでも私が先に布団に入っておけばベクターが布団に入る頃には同じ思いをせずに済むだろうからまぁいいかと思って目を閉じた。
朝起きた時には笑って彼を見送れるようにしなければ、そう祈りを込める。
こんなことわざわざ願わなければ出来ないような事なのだろうか?
思った以上にベクターに執着している自分に失笑してしまう。
そんなことを考えているうちに冷たかった布団は暖かくなった。
そして寝室のドアが開いた。
ベクターが私のいるベッドに静かに潜り込んできた。
そっと目を開ければベクターは私に背を向けて寝転んでいた。
(抱きつきたい)
その背中を見てそう思った。
でももし気に入らなければベクターはベッドから出てしまうかもしれない、そんな予感が過って伸ばしかけた手を引っ込めた。
「····」
本当に小さな声で発してしまった自分の言葉に驚いて慌てて口を塞いだ。
ベクターはなんの反応も見せなかった。
もう眠ってしまったようだ。
それに安堵の息をついて彼に背を向けた。
どうにも今夜は眠れそうにない、リビングに戻ろう、そう思い出来る限りそっと身体を起こしたその時
「おい」
背中に暖かい体温が触れたと同時にベクターが私に声をかけた。
「今なんて言った」
お腹に回された腕が私を布団に引き戻した。
後ろから抱きしめられる形で。
「····起きてたの?」
「俺の質問に答えろ」
適当に誤魔化そうとするもベクターはそれを許してはくれなかった。
どうしようかと思案するも良い答えが浮かびそうにない。
ならばどうしようか。
「····ごめん、半分寝てた····何か言ってた?」
「そんな適当な嘘が俺に通用すると思ってんのか?」
ベクターはそう言って私の耳朶に歯を立てた。
私はそれに身震いした。
「········抱いてほしいって思ったの」
「どうせ言うことになるのになんでテメェは誤魔化そうとしたんだ」
ベクターはそう言って私の服の中に手を滑り込ませた。
どうやらベクターは私のお願いを聞いてくれるらしい。
私より少しだけ大きな手が素肌に触れていく。
なぜか、なぜなのだろうか。
なんと言っていいかわからない感情がこみ上げてきて気持ち悪い。
「準備万端って感じだな」
ベクターの指先が私のそこに触れている。
そこが湿っていることはわかっている。
気持ち悪いと思っているのにどうして私のそこは潤っているのだろうか。
そんなことは分かっている、私はベクターに触れられていることが嬉しくてたまらないのだ。
「今日は随分しおらしいじゃねぇの」
気持ち悪い、そう言いながら私の服を脱がせていく。
肌寒くて思わずベクターの腕を掴んだ。
そのまま抱き付いてしまいたくなったがそれをなんとか我慢した。
「いつも図々しいくらいにくっついてきた名前ちゃんはどこに行ったんだろうなぁ?」
ベクター喉を鳴らして笑って肩に噛みついた。
私に嫌味めいた言葉を言うのはいつもの事だ。
けれど今日はその嫌味がどうしようもなく優しいものに感じられた。
私はベクターの背に腕を回して抱き付いた。
ベクターの体温はそう高くはないけれど今は普段よりずっと温かく感じられた。
「早くくださいってかぁ?」
恥ずかしくなるくらい濡れたソコをベクターの指がかき混ぜた。
たまらず声にならない声が漏れた。
ベクターは私のそんな反応に笑っている。
「そうよ、お願い、もう···入れて」
私の言葉にベクターは一瞬驚いた表情を見せるもすぐにいつもの意地の悪い笑顔を浮かべ自分のモノを取り出し私のそこにあてがった。
「久しぶりだってのに情緒ってのがねぇなぁ、テメェは」
「あっっ····!!」
ベクターは思い切り中を貫いた。
久しぶりにそれを受け入れたそこが痛みに悲鳴を上げる。
思わず涙が出そうになったのを歯を食い縛って耐えた。
ベクターはそんな私を見て舌打ちをした。
「チッ····テメェ一体何考えてやがる」
噛み付くようなキスを私に浴びせた。
私はその乱暴なキスに異様な程感じてしまい今度は我慢しきれずベクターの背に腕を回してしまった。
興奮してどくんどくんと脈打つそこは更に潤っていきベクターのモノを締め付ける。
それにベクターは顔を歪ませて腰を打ち付けた。
「っ、テメェは、一体どうしてぇんだよ!」
乱暴に中を突き上げるベクターの背に回した腕に力が入って彼の背中に爪が食い込んでいく。
やめなければ手を引こうとすればベクターはやめろと大きな声でそれを静止した。
ベクターの背がどんどん私の爪によって傷付いていく。
嫌で仕方ないのに、それなのにそれが嬉しい。
それが悲しくてついには先程まで我慢していた涙腺が崩壊した。
「テメェ何いきなり大人しくなってんだよ」
ベクターが私の中に欲をぶちまけた後動けない私の後処理までしてくれた。
こんな事は初めての事だった。
そもそもセックス自体色々な事が片付いて随分久々だったのだが。
答えない私にまた一つ舌打ちをして冷蔵庫を開け水を取り出した。
それを私に乱暴に押し付けた。
喉が渇いて喋れないとでも思われているのかもしれない。
ペットボトルの蓋を開けそれを一口口に含んだ。
そこで私が自覚していた以上に喉が渇いていた事に気が付いた。
私に背を向けてベッドに腰掛けているベクターの背中を見た。
その華奢な身体に赤い傷跡が数本刻まれていた。
言うまでもなく私が付けた傷だ。
「····ごめん」
ベクターの背にそっと触れて謝罪の言葉を口にすればベクターは振り返ってあからさまにめんどくさいという顔をした。
「····テメェには権利があんだよ
うぜぇから一々謝んな」
私の腕を払いのけるとベクターは再びベッドに寝転がり私を抱きしめた。
「明日早ぇんだから寝るぞ
テメェも来い、拒否権がテメェにあると思うな」
ベクターはそう言って目を閉じた。
私はベクターに声をかけようとするもベクターが私の言葉を聞いてくれないことをなんとなく察して言葉を飲み込んだ。
ベクターはどうしてしまったのだろうか。
どうしてこんなに優しくなってしまったのだろうか。
本来であれば嬉しい筈なのにそれをどうして寂しく感じてしまうのか、その答えを私は知っている。
(やっぱり遊馬君はヒーローなんだろうね)
愛してやまない彼をここに再び引き戻してくれたヒーローへの嫉妬心を私はまだまだ無くせそうにないようだ。
(私もベクターのヒーローになりたかったなぁ)
欲張りな私はそんな事を考えながら目を閉じた。
それでも今私がこうして無条件に彼に抱きしめてもらえているのはそのヒーローのおかげなのを理解しているので心の中で謝罪を述べて眠りについた。