「·····やっぱり、勝てないよね」
これで何度目だろうか、彼にデュエルで敗北するのは。
はじめのうちは数えていた。
負けた回数をではない、彼とデュエルした回数をだ。
だがその回数はイコールで繋がってしまったのだ。
そもそもトーマス兄さんに勝つような人だ。
あの頃お父さんにナンバーズ集めの手数にすらされない程デュエルの才能も運もない私が勝てる相手ではないのだ。
「端から負ける気でいりゃそりゃあ勝てねぇだろうよ」
凌牙君はDゲイザーを外しデッキをケースにしまった。
言葉自体はきつく聞こえるが声に怒気は感じられない。
その表情も声色も以前よりずっと穏やかだ。
「なんだか遊馬君みたいな事言うね」
「まぁあいつは存在が五月蝿いから、嫌でも影響はうけちまってるかもねぇな」
以前の凌牙君なら私の言葉に眉間にシワを寄せていたかもしれない。
今彼の表情はとても穏やかだ。
きっとデュエリスト同士というよりも同性だからこそ分かりあえることもあるのだろう。
「そろそろ時間だろ。送るからお前も準備しろ」
凌牙君はそう言って私の帰宅を促した。
時計を確認すると時刻は門限の40分前だった。
私の家までここからバイクで安全運転で走っても15分程もかからない。
それでも律儀な凌牙君は余裕を持って私を送り返してしまう。
「····もう少しだけ、駄目?」
彼の手を握ってそう訊ねれば少しだけ眉間にシワが寄った。
めんどくさい女だと思われてしまったのだろうか。
それでも私は彼と付き合っているのだ。
好きな人とまだ離れたくない、なんて世の中の女の子なら当たり前に抱く感情だと思う、だから仕方ないのだと自分に言い聞かせる。
「駄目だ、そもそと帰らねぇとお前の兄貴達がめんどくせぇ」
「···それは···ごめんなさい」
今日と同じように駄々をこねた事があった。
その日もなんやかんやと言いながら門限時間ぎりぎりに家に送り届けられてしまったのだがその間私の事を心配した兄さんから何度も電話が鳴ったのだ。
それでも帰りたくなくて端末の電源を落とせば今度は凌牙君の電話が鳴り始めた。
凌牙君はため息をついて電話に出て、今から送るから心配するな、と言った。
私はその時の凌牙君のため息にほんの少しだけ傷付いた。
もっと一緒にいたいと思っているのは私だけなのだと思うと気持ちが沈んだ。
それでも嫌われたくなくてそれからしばらくそういった事を口にするのは控えていた。
「···凌牙君と、最近デュエルしかしてないなって····」
凌牙君は私の言葉に口を開かずに黙ってこちらを見ている。
怒ってはいないと思うのだが自分に後ろめたさがある分それをプレッシャーに感じてしまう。
「凌牙君とデュエルするのが嫌ってわけじゃないよ?
···でも、···私達、恋人同士だから、その······」
最初は会えるだけで嬉しかった。
それなのにどうして私はそれで満足出来なくなってしまったのだろうか。
答えは分かっている。
私は凌牙君が好きなのだ。
だから···凌牙君は私と同じように思うことはないのだろうか。
「ねぇ、凌牙君」
私は恐る恐る彼に抱き付いた。
引き剥がされることはなかったが背中に回されるわけでもなく肩に置かれた手は私を拒んでいるように思えた。
やめておけばよかった、と後悔して彼から離れて凌牙君の顔を見た。
なんとも言えない、そんな表情をしていた。
女の私からこういう事を言うのは彼にとってNGだったのだろうか、と胸がざわついた。
「馬鹿、んなことで泣いてんじゃねぇよ」
自覚はしていなかったのだが私は今泣いているらしい。
どうりで彼の姿が歪んで見えにくくなったわけだ。
凌牙君はポケットからハンカチを取り出してそれで私の目元を拭ってくれた。
子供の頃兄さん達にされたように、凌牙君も兄であるからだろうか、それはごく自然な流れでおこなわれた。
それは今までされてた兄さん達にされてきた中でも一番優しいものに思えた。
「···トーマス兄さんから、だ」
そんな時、私の電話が着信を知らせた。
相手はトーマス兄さんだった。
画面を確認してどうしようと悩む私をよそに電話は鳴り続ける。
凌牙君はもう一度ため息をついて私の手からそれを取り上げて通話ボタンを押した。
「今から送っていくところだから心配するな」
電話越しでトーマス兄さんの怒鳴り声が聞こえてきた。
凌牙君はそれに眉間にシワを寄せまだ兄さんが何か言っていたがそれを最後まで聞くことはせずに通話終了ボタンを押した。
そして私に向き直って頭に手を置いた。
「いつだって会えるんだ。
だから今は家族と過ごす時間も大切にしておけ」
凌牙君はそう言って私の頭をくしゃりと撫でた。
そんな事を言われてしまっては私は何も言い返せない。
私の家族が過保護なのも凌牙君が家族との時間を大切にしろ、という理由も私は知っているから。
それでももっと凌牙君といたいと願ってしまう私は駄目だ人間なのだろうか。
「たった後数年だ、それからはもう門限なんて気にしなくてよくなる。
だから今はもう少し我慢してろ」
凌牙君は柔らかな表情でそう言った。
成人すれば、という意味なのだろうか。
だが私が二十歳になったからといっていきなり兄さん達の過保護が緩和されるとは思えない。
凌牙君は私の考えている事を察したのか苦笑いを浮かべた。
こういう時本来の彼はこんなにも優しい人だったのだなということを改めて実感する。
「俺の言っている意味が分かるか?
····お前が成人したら一緒に住もうって言ってるんだが」
「え?」
凌牙君の言葉に驚いた私は頭の中が真っ白になってしまった。
彼がそんな事を考えてくれていたなんて予想だにしていなかったのだ。
「わ、私と一緒に?ど、同棲されて、くれるってこと?」
「ああ、···まぁお前の兄貴達を納得させるの骨は折れそうだがな」
その時の兄さん達の姿が容易に想像出来ておかしくなって笑ってしまった。
そんな私の笑みにつられるように凌牙君が笑う。
その笑顔が堪らなく好きで嬉しくて再び目頭が熱くなった。
「私からもちゃんと話すから、きっと大丈夫だよ」
もう一度凌牙君抱き付けば今度は抱きしめ返してくれた。
「···俺も色々我慢してんだから、少しはお前も我慢してろ」
「それってどういう···」
私の言葉を遮って行われた初めてのキス。
ほんの数秒触れたそれは私をとても幸せな気持ちにしてくれた。
唇が離れて目が合った、お互い少し気恥ずかしく思っていることが目に見えて分かった。
そして再び鳴り始めた着信音に時計を確認した。
「····ほら、帰るぞ」
「····うん」
凌牙君バイクに跨がり私にヘルメットを手渡した。
私はそれを付けて凌牙君の後ろに跨がった。
「時間がぎりぎりになっちまったから少し飛ばすからしっかり掴まってろよ」
彼の言葉を聞いて私は背中に抱き付いた。
外は肌寒くなっていたが服越しに伝わる体温が私の心を暖めてくれた。
それは凌牙君も同じであればいいのに、なんて考えながら彼の背に身体を預けた。
結局門限をほんの少し過ぎてしまった私は家に帰ってこっぴどく叱られてしまった。
(兄さん達は彼女とか作らないの?)
(俺は今は興味ねぇんだよ
お前もまだガキの癖に男なんざ早すぎる)
(···少しずつでいいから妹離れしてね?)
(···おい名前、今のどういう意味だ?)
(妙な察しだけはいいんだから···)