丘を登った先にあるそこはとても景色が良い所だった。
視界を遮るものはない、そこからは色んものが見渡せた。
一年近く前から行きたいと望まれていた花見。
1週間前つぼみが芽吹き始めたとテレビのニュースでアナウンサーが告げていた。
そして丁度天気の良い日曜日、今日が花見には最適な日だと。
夜も明けぬうちに俺は家を出た。
昨日はいつも通りベッドに入ったものの眠れる気がしなかった。
妙に目が冴えていて、結局俺はそのままベッドを出た。
窓の外はまだ暗い。
夜が静寂を占めていた。
服を着替え部屋を出ればリビングの明かりが付いていた。
なんとなく予想は出来ていた。
日曜日だというのに璃緒は既に起きていて今作ったのであろう、料理を弁当箱に詰めていた。
「おはよう凌牙、もう出来るから」
「ああ」
今日出掛けるとも弁当も頼んだ覚えはない。
それでも璃緒は言わずとも俺の行動を読んでいたらしい。
これはこいつが俺の双子の妹が故か、それとも。
「今日は雲1つない快晴ですって。
名前の願いが天に届いたのかしら」
「さぁな」
璃緒は詰め終わった弁当に蓋をして布で包んでいく。
綺麗に包まれたそれを紙袋に入れて俺の前に差し出した。
「お待たせ、気を付けて」
俺はそれを受け取り家を出た。
バイクを飛ばしてそこへ向かう。
ものの15分も走れば目的地は見えてくる。
少し手前にある駐車場にバイクを停め目的の桜の木の下へと向かう。
そこには既に約束していたあいつがいた。
まだ薄暗いこんな夜更けに、相変わらず物好きな奴だ。
「こんな特等席、よく取れたもんだな」
樹齢何年程経っているのかは知らない。
だがその太い幹がその木がもう何十年とそこに存在してきたのだと語っていた。
そしてその桜の木は今日がまさに満開だ。
「璃緒が用意したやつだ」
あいつはいつもお前に甘かった。
璃緒はお前の事を妹みてぇに思ってやがった。
一応お前の方が年上だってのに、だがあいつの気持ちも分からなくはねぇ。
璃緒が用意した弁当を広げて差し出した。
「良かったな、全部お前の好物ばっかりじゃねぇか」
あいつはお前の事ばかり考えながらこれを詰めたのだろう。
報われないことをしたもんだ。
「ダイエットだなんだとくだらねぇこと言いながら我慢してやがったくせに結局いつも後になって我慢出来なかった奴が今回はえらくしぶといじゃねぇか」
1kg減った増えたで大騒ぎして一体何が変わったのか、最後まで俺には理解出来なかった。
「来年も気が向いたら持ってきてやるよ。
あいつの事だ、多分言わずとも用意しやがるだろ」
朝日が昇る、ちらほらと人が現れ始めた。
騒がしいのは好きじゃない。
今日はもう十分満喫出来ただろう。
そろそろ帰り支度を始めよう。
つまらないって拗ねるか?
まだ帰りたくないって俺の腕を掴んで駄々を捏ねるか?
「お前と二人が良かったんだよ」
こんな事誰かに聞かれたら面倒なことになるだろうな。
お前は今きっと馬鹿みてぇに間抜けな面してんだろう。
「なぁ、お前····」
嘘みてぇに綺麗に咲いた桜が俺にそうさせたのか、無意味な事を口にしようとした自分に苛ついた。
口にせずとも腹の中で何度も叫んだその言葉。
意地でも口にしなかったその言葉。
それを俺以外の奴が平気で何度も口にしたこともまた腹が立った。
「相変わらずお前は俺をイラつかせてばかりだ」
恨みの感情すら抱いているかもしれない。
これを遊馬や璃緒に聞かれたらあいつらは怒るかもしれねぇ。
「お前が相手だから許してやってんだ」
まだ朝晩は冷える。
冷たくなったそいつを撫でれば冷えきっていた。
冷たい、なんて言葉はお前には似合わないのに。
馬鹿みてぇに明るいお前は俺とは真逆の人間だったから。
「もう送ってやれねぇけど変な奴に着いてくんじゃねぇぞ」
馬鹿みてぇに無防備で無用心で、言い出したらキリがねぇ。
でも悪い奴じゃねぇ事は確かで。
抜けてやがるのになんやかんやちゃっかりした奴だった。
花見がしたいとはしゃいでいたお前の熱意がこれほど強固なものだと思っていなかった。
俺ですら折れるしかないと思う程に。
「お前は俺以外の奴とまだ何度も花見をするんだろうな。」
別にそれに腹を立てはしねぇから安心しろよ、と声をかけ背を向ける。
俺をこんなに喋らせる奴もお前くらいのもんだ。
それが嫌じゃねぇなんてそんなこと言ったらお前は絶対調子に乗るだろうから言わねぇが。
でもまぁ100年もしねぇうちには言ってやろうと思っている。
先程までは駐車場に俺のバイク以外停まっていなかった。
しかし今では半分程車で埋まっていた。
肌寒くとも朝は墓参りには丁度良い時間だ。
「またな、名前」
お前と出会わなければ俺がこんな風に花を愛でるなんてことを進んでやることはなかっただろう。
約束だったとはいえお前がへらへらと笑った面が見られた今日は悪い日じゃなかった。