「聴いたことがない歌だな」
その日夜はとっくに更けているというのにハルトは中々眠りにつこうとしなかった。
今日は3人で海に行っていた。
いざ海に行くとそこには遊馬君達も遊びに来ていたのだ。
水遊びのつもりで出向いたというのに彼はカイトにデュエルを申し込んだ。
最初は断っていたもののカイト自身彼と同じくらいデュエルが好きな人だった。
折れるのは目に見えて分かっていた。
ハルトは兄であるカイトを応援した。
そしてそれと同じくらい遊馬君の事も。
デュエルはカイトの勝ちで終わった。
デュエルが終わってからは皆で遊んだ。
沢山はしゃいで屋台の味の濃いジャンクフードを食べてかき氷でのどを潤した。
帰りの電車でハルトはぐっすり眠ってしまった。
家に帰って夕食を食べながらもまだ眠り足りていないのかハルトの頭は時折揺れていた。
早々に入浴を済まさせて休むように促した。
それでもなかなかベッドに入ろうとしないハルトに『今日の楽しかった話をごろごろしながらお話ししよう』と言って3人で川の字でベッドに寝転がった。
私もカイトもハルトの話に耳を傾けた。
時折頷いて、あまりに楽しそうに話すものだから私もカイトも嬉しくて自然に頬が緩んだ。
最初は元気に話していたハルトももう電池切れ寸前だった。
次第にまばたきが増えていき呂律が回らなくなっていく。
私はハルトのお腹をトントンと優しく叩いた。
まばたきは続いている、それでも瞼が開けられている時間は段々短くなっている。
可能な限り優しく穏やかに、私は歌った。
安らかに眠れるよう、その為にある歌を。
私も覚えていない程幼い頃母が歌ってくれていたらしいその歌を。
少ししてハルトは完全に眠ってしまった。
規則正しい呼吸音、そのリズムに合わせて上下する胸。
空調を整えられた快適な部屋、それでもカイトは風邪を引かぬようにハルトの胸まで布団を掛けた。
「お母さんもおばあちゃんから教わったって言ってた。
でも曲名は知らないしどこの国の歌かすら知らないの」
ハルトの眠りを妨げぬよう囁くように、小さく小さく。
「不思議なものだな」
「なぁに?」
カイトは私の髪を耳に掛けて頬を撫でた。
くすぐられたわけでもない、ただ添えたというのが適切かもしれないその行為をくすぐったく感じているのは私が照れているのを認めたくないだけなのかもしれない。
「まるで母親のような顔をしていた」
「...それってカイトやハルトの?」
そうでは無い、とカイトは首を左右に振った。
薄暗い部屋の中、眼は闇に慣れてしまっている。
だからカイトの顔はハッキリと見えていた。
彼の意志の強さが感じられる瞳と視線が重なった。
目力は強い、でも私を見る眼は穏やかなものだった。
こんなに優しい眼をするようになったのは最近の事だ。
勿論ハルトに対しては違った。
ずっと優しい眼をしていた、ハルトだけが彼の生きる理由だったのだ。
「お前をハルトの母親にする気はない」
「まぁそりゃあ...ねぇ?ハルトのお母さんになるにはまずカイト達のお父さんと結婚しなくちゃ、だしね」
いくら何でも歳が離れすぎている。
いや、年齢差などそこに愛があれば何とでもなる話だろう。
だがそもそも私はあの人を愛しているわけではない、私が好きな人は言うまでもない。
「そんな事を俺が許すと思っているのか」
「寧ろ許されちゃったら悲しいよ」
大好きな人に他の人と結婚してもいいだなんて、カイトはそんな事を冗談でも口にするような人ではない。
それは分かっているが想像しただけで少し胸が痛んだ。
「そんな日は一生来ない」
彼は無責任な発言なんてしない。
言い方はきつかったりするがそれは本心であるからこそ彼はいつだって誠実だ。
「それでも名前、お前は良い母親になると俺は思う」
「カイトが言ってくれるのならきっと間違いないから、嬉しいよ」
私自身は自分が母親になった姿なんてまだまだ想像出来なかった。
それでもカイトの目から見てそう見えたのならこんなに嬉しい事はない。
私が将来誰かの子を宿すとしたのなら、その相手はやはりカイトであれば良いと思うから。
「カイトはきっと子離れ出来ないお父さんになるよ。
誰にも負けないくらい良いお父さんになる。
女の子だったらパパと結婚するって言い出しちゃうんじゃないかな」
「それは遠回しに俺がハルト離れ出来ていないと言いたいんだろう。
安心しろ、その時は俺にはお前がいるから結婚は出来ないと言ってやる」
あまりにもさらりと言葉にした彼に私は驚きのあまり声をあげそうになって。
だが察しの良いカイトが私の口を手で塞いだおかげでなんとか耐えた。
2人の間で眠るハルトが眼を覚ました様子はない。
「...私達も今日はこのまま寝ちゃおうか」
「ああ、そうだな」
気恥ずかしくて、心臓がばくばくと鳴るのがむず痒くて、私はそう言って背を向けた。
カイトも同じように体勢を変えたのだろう。
小さくベッドが軋んだ。
今ここにハルトが居てくれて良かったと心から思い胸を撫で下ろした。
私にはあまりにも刺激が強かったから。
まだまだきっと先の話、それでもいつかそうなればと未来に夢を抱いた。
私も今日は疲れていた。
きっと今日は早く眠ってしまうだろうと思っていたのに、私の胸は騒がしくて。
「時が来れば改めてちゃんと言葉にする」
背中越しでまるで独り言のように囁かれた言葉。
今夜は本格的に眠れる気がしない。
翌朝3人で朝食を食べた時目の下に隈が出来ていたのは私だけだった。
そして私は朝食を食べ終えた後ソファーに座った所で電池が切れてしまった。
次に眼を覚ました時、今度は私の肩に寄り掛かるように2人が眠っている事なんて知る術もなくそれはもうぐっすりと。