太陽の下で貴方と

意識がうっすらと戻っていく中何やら鼻腔を擽る匂いが漂ってくる。
ゆっくりと目を開ければカーテンの閉められた部屋には太陽の光が優しく差し込んでいた。
どうやら夜は終わったらしい。
働かない頭で光が洩れる方を見ればここが自分の家でなく、昨日仕事が終わり名前の家に直行したのだという事をすぐに思い出した。
昨日自身の欲のままに名前を抱き倒したという事にも。

そこで一気に目が覚めてベッドから飛び起きた。
隣に名前の姿はない。
名前が居たであろうそこは今はもう冷たく彼女の存在を消していた。
どうやら自分はかなり熟睡してしまっていたようだ。
急いで時計を見ると時刻は正午を回った所だった。

寝室を出てリビングへ続く扉を開ければ名前はソファーで雑誌を読みながらゆったりと寛いでいた。
俺に気が着くとすぐに振り返って、おはよう、と声をかけた。

「よく眠れた?」

そのまま名前の隣に腰をかければ俺を気遣う言葉をくれた。
なんだか申し訳ない気持ちが芽生えた。

「ああ、悪い、がっつり寝ちまった。
.......昨日俺いつから寝てた?」

正直昨日の記憶は曖昧だった。
眠る名前に発情して受け入れる気になったらしい名前を相手に随分と調子にノッて欲望のままに自分のソレを名前にぶつけた。
それは覚えているが性欲が満たされていくと同時に今度は眠気が一気に襲ってきてそこからの記憶が酷く曖昧で次に意識がまともに戻ったのは先程目を覚ました時だった。

「5時過ぎくらいかな?
私はトーマスがしっかり寝られたなら嬉しいよ。
なんなら二度寝してくれても構わないし。」

名前が嫌味等でなく本心で俺の身を案じてそう言ってくれていることは分かる。
それでも他の奴らに比べたら俺達はまともに会える時間も少なく寂しい思いをさせていることを重々理解しているのでもっと俺に対して我儘であってほしい、俺を求めてほしい、そんな気持ちがあって名前の言葉は内心複雑だった。

「いや、もう頭もスッキリしたし起きる


「ん、わかった」

名前は読んでいた雑誌を閉じてそれを棚に納めた。
その雑誌は俺が先月インタビューを受けた記事が載っているものだった。
どうせタダで送られくるのだから言えばやると言っても名前は頑なにそれを拒んだ。
自分で買ってこそ意味があるらしい。
名前のこだわりはよく分からなかったが満更でもなかった。

「今ビーフシチューを少し寝かせているんだけどね、もう少しだけ時間がかかるの。
だからよかったら先にお風呂に入らない?お湯はためてるから」

俺を目覚めさせた匂いの元は名前の手料理だった。
正直な所あまり食への執着はなかった。
それでもここに来て名前が作った料理の匂いを嗅げば空腹感を感じるようになった。
胃袋を掴まれるというのはこういう事を言うのだろう。
母親のいない俺にとって名前の料理というものは所謂お袋の味というものに近いのかもしれない。

「分かった。
お前も一緒に入るのか?」

「ううん、すぐ近くに凄く美味しいパン屋さんが出来たんだよね。
だからトーマスがお風呂に入っている間にバケットを買いに行こうかなって」

食べてほしいとずっと思っていたんだと笑顔で続ける名前に如何に自分がまともに二人の時間をとれていなかったのだという事実を実感的する。
会えたとしてもそれは夜も更けるような時間が多かった。
そんな時間にはもうパン屋は閉まっていたのだろう。

「なら風呂を済ませたら俺も一緒に行くから名前も一緒に入らねぇか?」

寧ろ俺が一緒に入りたいだけなのだが。
名前は少し悩む顔を見せる。

「でも折角久しぶりのお休みなのに出掛けるのしんどくない?」

また名前に遠慮させてしまっている。
俺との時間を作る為に職を変え在宅ワークをしているが名前は決してインドアな人間という訳ではない。
どちらかと言えばアクティブな人間だ。
俺が泊まり込みで仕事の日は名前も友人達と遠出をしていたりするし一人でふらりと出掛けることもしている事を聞いている。
本来であれば俺とももっとどこかに出掛けたい事を知っている。
運良く連休が取れた日一緒に旅行をした日の名前はいつも以上に楽しそうにしていた。
だからこそ俺の身を案じて我慢させていることが心苦しいのだ。

「久々にがっつり寝たし何より俺が名前と一緒に行きたいんだよ」

そう伝えれば名前は悩むような顔をしたが嬉しそうに笑って俺の提案に同意した。

「じゃあ私が背中流してあげるね」

勢いよく立ち上がり早く入ろう、と俺の腕を両手で引っ張った。
俺も立ち上がり名前に引っ張られる形で浴室に移動した。






「大丈夫?お湯熱くない?」

名前がシャワーを俺にかけながら気遣いの言葉をかける。
気持ちが良いと言える丁度良い温度だったので大丈夫だと返事をする。
名前は俺の髪も洗いたい、とヤル気満々だったので身を任せる事にした。
まともに女と付き合うということはあまりしたことがないのだが名前は世話をする事に幸福を感じる人種なのだろうということは分かる。
丁寧に頭皮をマッサージするように動く名前の手は気持ち良かった。

「流すね」

お湯をかけられて排水口に泡が渦となって流れていくのを見た。
普段であれば気にも留めないそんな当たり前の光景がなんだか時の流れをゆっくりと感じさせた。
シャンプーを流し終えた後髪を軽くタオルドライしてコンディショナーを滑らせていく。
丁寧に丁寧行われるそれに名前の愛情が伝わってくる。

「もう一度流すね」

そしてまた丁寧にお湯でそれを流される。
随分と贅沢な時間に感じられた。
髪を洗い終えた後は石鹸を泡立てて身体を洗う準備に取り掛かった。

「.....素手で洗うのとタオルで洗うのどっちがいい?」

名前が遠慮がちに聞いてきた。
正直な所多感な年齢の俺はどうしても名前に対して不純な気持ちを捨てさることが出来ない。
普段であればここぞとばかりにこのまま行為に持ち込む事を企んで素手を希望しただろう。
だが昨日意識を失う程に名前を抱いた後でそれはあまりに節操なしであろうということを理解している。
この後の予定も決まっている。
だからタオルで洗ってほしいと伝えた。

「分かった、痛かったら言ってね」

そう言って首筋から胸にかけて優しく丁寧に俺の身体を洗っていく。
人に触れられてこんなに気持ちよく感じるのはその相手が名前だからこそなのだと思う。
先程まで俺の後ろにいたが、前を洗う為の俺の正面で膝を立てて座る名前が視界に映る。
好いている相手の、そう、好きな相手だからこそ胸についた泡が絶妙に名前の肌を隠しているような姿に欲情しそうになった。
このままではいけないと惜しみながらもそれを視界に入れないようにと眼を閉じた。
背中も丁寧に洗って身体についた泡を全て流し終えた。

今度は名前も洗ってやろうかと声をかければ実はつい先程入浴を済ませていたのだという事を聞かされた。

「また今度お願いするね」

そう笑って言った。
おそらくその時は身体を洗うという事だけでは済まないだろうということは今は伝えない方がいいだろうと判断してただ了承の返事をした。


「今日はマグネシウム炭酸湯だよ」

浴槽に浸かりながら名前が今日の入浴剤の説明を入れた。
名前は如何にも女が好きそうな甘い香りの入浴剤を好まない。
香りが有るものだとしてもゆずや檜の香りを好む。
何故かと訊ねてみればシャンプーと匂いが混ざるのがあまり好きではないとなんとも現実的な答えが帰ってきた。
名前の家の身体を洗う石鹸も香料の効いた物ではなかった。

「実際の所違いはそんなに分からないんだけど疲れはとれるって話だからトーマスが来たとき使おうと思って買っておいたんだよね」

しゅわしゅわとちいさな泡が身体にぶつかっては消えていく。
それはとても優しい感触だった。
自分がいない時でも俺の身を案じてくれている名前の存在は何より俺にとって励みになっている。

「いつも悪いな」

名前の腰に腕を回して抱き締めればそのまま俺に背を向けて寄りかかった。
細い首筋に顔を埋めれば自分と同じ香りが漂っていてそれにまた幸福を覚える。

「この後飯食ってどっか行くか?
外良い天気だったろ?」

俺の問いに名前はうーんと頭を捻った後顔だけをこちらに向けて遠慮がちに訊ねた。

「.....本当に疲れてない?身体大丈夫?」

「お前のおかげでな」

今日は妙に身体が軽く感じた。
と言ってもそれは何時もの事だ。
俺はここに来れば何故か身体がすっきりする事を自覚している。
それが全て名前のおかげだという事も。

「....あのね、わりと近くに大きな公園があってね、人気が少ない静かな場所もあるの。
だからポットでシチュー持っていってそこで買ったパンと一緒に食べるっていうの、どうかな?」

遠慮がちに開いた口から出た提案は随分と可愛らしいものだった。
最も俺に気を使い過ぎているという所は可愛げがないともとれるがそれも名前の愛嬌というもものだろう。

「いいな、そうすっか」

俺がその提案を受け入れれば大袈裟な程喜びが伝わる表情を見せる。
もし名前が犬だったなら床を叩きつける程激しく尻尾を振っていたと思う。

休日の午後はとても幸せに過ぎていく。
こんなに穏やかで幸福は時間を昔の俺は想像出来ただろうか?
名前と出会えた喜びを何度も何度も感謝した。

こんな幸福を与えてくれる名前の為に名前の大好きなデザートも買って行こう。
俺が名前から貰った幸福全てを名前に返す事は出来ないかもしれない、それでも出来る限りの愛情を注ぎたい。

これからも零れる程の幸福で互いの器を満たしていこう。