私達は今目の前に起こった不可解な現象に揃って言葉を失っていた。
テレビで有名な芸能人の幼少期の頃の写真が映されていた時、何の気なしに私が
「小さい頃のトーマスにまた会いたいな」
そう独り言のように呟き、トーマスが何を言っているんだと呆れた顔で私に何か言おうとしたその瞬間、突然目の前が眩しくなって反射的に目に閉じた。
そして次に目を開けると私の膝の上に小さな男の子が座っていたのである。
あり得ない話だがその男の子の姿はまさに今、会いたいと口にした幼少期のトーマスに酷似していた。
「·····えっと、ト、トーマス、なの?」
目をぱちくりさせながら固まっている小さな男の子に声をかければ男の子は首を縦に振ってそれを認めた。
「·····姉ちゃんは誰?····姉ちゃん、なんか、俺の知ってる、名前に似てる」
その言葉に間違いなくこの男の子が昔のトーマスだという事が分かった。
トーマスの方を見ると戸惑いを隠せない表情で男の子を凝視している。
しかしこのまま黙っていたところで何も解決しないと腹を括ったのか目の前の摩訶不思議な現象に向き合おうと意を決して、男の子の目線に合うようにしゃがみこみ話しかけた。
「お前はトーマス·アークライト、父親の名前はバイロン。兄貴のクリストファー、ミハエルと言う弟がいる。
合ってるか?」
核心めいた風にそう訊ねれば男の子はトーマスの問いに首を縦に振った。
「兄ちゃん達は誰?」
男の子は不安気な顔でそうトーマスに聞いた。
トーマスはどうしたものかと少し悩む仕草を見せたが正直に事実を口にした。
「····俺は未来のお前だ。
そしてこいつは未来の名前なんだよ」
男の子はその言葉に目を大きく見開いた。
そして私を見ると大きな目に涙を沢山溜めて勢いよく抱きついた。
「ど、どうしたの?」
突然泣き出してしまった男の子を抱き上げて背中を撫でれば男の子は私肩に顔を埋めて泣いた。
私の服を力いっぱい握りしめて。
その男の子の突然の行動に困ってトーマスを見やればトーマスは複雑そうな顔をしている。
「······お前、家族や名前と会えなくなっちまったんだな?」
トーマスが泣いている男の子の頭を撫でれば男の子はわんわん泣きながらそれに何度も頷いた。
どうやらこの男の子は施設に預けられた後のトーマスだったようだ。
その涙の理由を知り私は言葉を失ってしまった。
トーマス達がバラバラになってしまった時、子供の私はその場に居合わせるどころかさようならすら言えていなかった。
自分が見ていない間どれほどトーマスが傷付いていたかという事は再会してからこの一年の間によく知っている。
それでも今こうして目の前で幼い男の子が泣いている姿を改めて見て私も胸が傷んだ。
「····なぁ、大丈夫だ。
俺は未来のお前だって言ったろ?
今俺、ずっと名前と一緒にいる。
父さんや兄貴にミハエルだって、またいつでも会えるようになったんだ」
トーマスは泣いている男の子に優しくそう諭した。
男の子はその言葉を聞いてぐずりながらもトーマスの方を見る。
「お前だったら分かるだろ?
お前が抱き付いている奴が名前だって事」
トーマスの言葉に男の子はもう一度私をじっと見つめる。
何を話していいかわからずとりあえず安心させるようににこりと笑えば涙を堪えながらも男の子は笑った。
「俺、また名前に会えるの?
ずっと、本当にずっと一緒にいられる?」
不安気にそう聞く男の子にその言葉を肯定するように頷けば男の子はもう一度私の肩に顔を押し付けて抱き付いた。
私も安心させてあげたくて優しく抱きしめ返した。
今腕の中にいる男の子が物凄く愛しく思えた。
「俺名前の事大好きなんだ!」
男の子は私を見てキラキラとした笑顔でそう言ってくれた。
「名前はこんなに綺麗になるんだな!
俺絶対名前の事お嫁さんにするんだ!」
まっすぐな目で私を見てそう言って私の頬にキスをしてくれた男の子に顔が赤くなってしまった。
トーマスがこの頃からこんなにも私を好きでいてくれた事を知らなかったからだ。
「お、おい!それはお前の世界の名前に言え!」
トーマスが慌てて男の子の頭を掴んで自分の方を向かせそう言った。
男の子は不思議そうに答える。
「だってこのお姉ちゃんは名前なんだろ?俺の大好きな」
「そ、そうだけどあくまでもこいつは未来の名前であって、と、とにかくこいつは俺のだからな!」
そう言って男の子を私の手から取り上げてソファーに座らせた。
男の子は不満げにトーマスを睨んでいる。
「俺よりずっと大きいのに器が小せえなぁ、お前」
男の子はトーマスに不満をぶつける。
トーマスもそれに対して言い返す。
「その小せぇ俺はお前なんだよ!
お前本当に俺かよ?
生意気すぎて可愛げがねぇんだよ!」
心の中でどこからどう見てもトーマスそのものじゃないかとツッコミをいれつつも目の前で自分自身と喧嘩する二人になんとも微笑ましい気持ちになった。
そんな風に考えていると男の子が私の手を引っ張ってこう訊ねた。
「なぁなぁ、俺って可愛くない?」
上目遣いで私を見上げる小さな男の子に物凄く胸がときめいてしまった。
「そ、そんなことないよ!世界一可愛い!!」
男の子のあまりの可愛さに私がそう答えればトーマスは責めるような目で私を見つめる。
それに気付いて、うっ、となったが別に目の前にいる男の子はトーマス本人なのだからいいじゃないかとひきつり気味に笑い返せば呆れたようにため息をつかれた。
「あ、俺、多分もう駄目なんだ」
トーマスの機嫌をどう取ろうかと思案していると男の子は突然そう言った。
二人して男の子を見ると男の子の足がうっすらと光りはじめていた。
「ト、ーマス」
突然現れた男の子がまた突然目の前か、消えようとしている。
男の子になんとっていいかわからなくて言葉に詰まる私に男の子は寂しそうに微笑んだ。
「俺、ずっと名前の事好きでいるから、絶対。
いつかまた名前と会えたら好きだって伝えてずっと一緒にいるから」
そうはっきりと言葉にする男の子にトーマスは複雑な表情だ。
これから経験する自分の過去を思い出しているのだろう。
目の前の男の子はそれを知らない。
「ああ、お前は俺だからな。
大丈夫だ」
それでもトーマスは男の子にそう言った。
男の子を見る目は優しい兄のような目をしていた。
男の子もそれを聞いて晴れやかな笑顔を見せる。
この笑顔を傍で守ってやれたらどんなにいいかと考え涙が出そうになったのをぐっと我慢した。
「······トーマス、私は勿論バイロンさんも、クリスもミハエルも皆ずっと貴方が大好きでまた皆で会えるから、ずっと素敵な貴方でいてね」
そう言って小指を差し出せばまた泣きそうになりながらも私と笑顔で指切りをしてて大きな声で返事をしてくれた。
そしてトーマスに向かって胸を張って宣言した。
「俺未来の俺よりずっと名前の事幸せにしてやるからお前もこっちの名前の事幸せにしてやれよ!」
それにトーマスは不適な笑みを浮かべ言葉を返す。
「ガキが生意気言ってんじゃねぇよ。
俺より名前を好きな奴なんて存在しねぇ。
こいつのこと幸せにしてやれんのは俺以外いねぇんだよ」
だから頑張れ、そう言って男の子の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
そのせいで男の子の髪はくしゃくしゃになってしまったが男の子は笑っていた。
「じゃあ、·····バイバイ」
男の子は穏やかな表情のまま光と共に消えてしまった。
ほんの数分の出来事だった。
目の前で起こったことは理屈ではとても説明出来ないような不思議な出来事になんとも言えない気持ちになり私達は自然と顔を見合わせた。
「·····今のって······白昼夢···じゃないよね?」
そうとしか思えない程不思議な体験だった。
しかしそれは夢とは思えないほどあまりにもリアルな体験でもあった。
現に男の子の涙で私の服は濡れていたし未だ肌に残る子供特有の温かい体温がそれが夢ではないと訴えている。
言葉では励ましてみたものの彼が本当にトーマスの過去の姿なのだとしたら、そう考えれば心は重くなった。
まだ顔に傷がない彼を想って。
「·······俺施設に預けられてから一回迷子になったことがあるんだよ」
少しの沈黙の後、先に口を開いたのはトーマスだった。
「どうしてもお前に会いたくてそこを抜け出して探しに行ったんだ。
その時迷って帰り道すらわからなくなって疲れて寝ちまったんだ」
トーマスはおそらく兄弟の中で一番の寂しがり屋だ。
そんな彼にとって突然の家族との別れは本当に辛かっただろうという想像は容易い。
「·········もうすっかり忘れてた。
寧ろ昔も夢だと思っていた。
でも夢じゃなかったんだな」
トーマスは先程の男の子と同じようち私の肩に顔を押し付けた。
そして男の子とは違う細いががっしりとした腕で私を抱き締める。
「トーマスは覚えているの?」
「なんとなく、な」
当時を思い出しているのだろうか。
私を抱き締める腕はしっかりと男の人の力をしているのにその姿は子供のように見えた。
先程の男の子にしたのと同じようにトーマスの頭を撫でれば顔を擦りつけた後頬にキスをして顔をあげた。
「······なぁ」
トーマスは神妙な面持ちで私を見る。
何が言いたいのだろうか、黙ってトーマスと視線を合わせて続く言葉を待った。
「·····俺が18になったら、結婚してくれるか?」
予想だにしなかったその言葉に息を飲んだ。
トーマスはそう言った後私から視線を反らしてしまった。
俯いたせいで前髪が邪魔でトーマスの表情が見えない。
「·····昔のトーマスに感化されちゃった、感じ?」
そう訊ねると伏せていた顔を上げ大きく否定した。
「違う!!!·····俺は······俺はあの頃からずっと、ずっとお前と一緒にいたいって思っていた、だから感化とかじゃなくてこれは俺自身がずっと思っていた事だ!」
トーマスは悲しそうな目で私を見つめる。
なぜトーマスが今こんなに怯えているのか私には理解出来ない。
「名前からしたら俺はまだガキみたいなもんかもしれねぇ。
でも俺お前とずっと一緒にいてぇし、お前の事誰にも渡したくねぇ」
トーマスの目はどこに行かないで、とすがっているようだった。
どうして彼がこんなに不安を感じているのかわからない。
「········」
互いに沈黙した。
それはほんの数秒の事だったのになぜか恐ろしく長い時間に感じられた。
私が今トーマスに言うべき言葉は何だろうか?
私の想いをどう言葉にしたら彼に全てを伝えられるだろうか。
いっそ私の心の全てがトーマスが伝わればいいのにとさえ思った。
硬く握られた拳は小さく震えていた。
私がその手をそっと握るとトーマスの肩が小さく跳ねた。
トーマスは私をもう少し信頼してくれてもいいと思う。
「····私もずっと一緒にいたいよ、トーマス。
だから·····貰ってやってください」
そう言って頭を下げれば先程までの震えが止まった。
私の顔を見て情けない顔を見せたと思えば緊張の糸が切れたのかソファーに倒れ込んだ。
「大丈夫?」
倒れ込んだトーマスの顔を覗きこもうとするとトーマスは自信の顔を腕で覆ってしまった。
「今こっち見んな」
覆られた腕でトーマスの表情は確認出来なかったが真っ赤になった耳で今トーマスがどんな表情をしているかは想像できた。
トーマスの意を汲んで無理に覗き混む事はせずソファーに背を預けてトーマスから視線を逸らした。
先程の男の子を、子供の頃のトーマスを思い出してあの頃から随分お互い大人になったのだなぁと染々思った。
私とトーマスが夫婦になる、そういった想像を全くしたことがない訳ではない。
だけれど付き合いは長くとも恋人としての時間はまだまだ短い。
トーマスは本当にこのまま私と結婚してしまって良いのだろうか?
トーマスは家族想いで優しい人だ。
きっと私以外でも大切に出来るしその人も幸せになれるだろう。
けれどなんというか
「····それは私が悔しいなぁ」
私が何より望む事はトーマスの幸せである筈なのに、仮にトーマスが他の人と結婚することになったことを想像するおそれがトーマスの幸せだったとしても心の底から祝福出来そうにない。
「何が悔しいんだよ?」
顔の赤みがひいたトーマスが起き上がり思わず口から溢れた独り言について私に訊ねた。
どうしようかと考えたが正直に答える事にした。
「トーマスが他の人に盗られたら嫌だなぁって」
「はぁ?」
トーマスは私の言葉に訳がわからないと眉間にシワを寄せた。
「お前たった今プロポーズした男相手に何想像したんだよ!」
そう苦言を口にしてトーマスが私の頬を指先で摘まんで引っ張った。
「ごめんごめん、浮気しないでねって事だよ」
「俺がそんなことするわけないだろ!」
私の頬をつねるのをやめてトーマスはふんぞりかえる。
まぁ勿論そんな心配はしていないのだが先程考えていたことを素直にそのまま言ってしまうともっと怒られてしまいそうな予感がしたのだ。
「お前こそ浮気すんなよ!りょ、凌牙、とか!」
「そんな目で見てないし凌牙君も私なんて見てないから大丈夫だよ」
トーマスは本当に凌牙君が好きなんだなぁと微笑ましい気持ちになる。
まぁトーマスにとって数少ない信頼できる貴重な友人の一人だ、意識してしまうのも仕方がない事だろう。
あんなことになってしまったがあの子達との事がなければトーマスは狭い世界でしか生きられなかったと思う。
家族しか信じられずにそこで縮こまっていたかもしれない。
そんな勿体ないことはないだろう、こんなにも素敵な人なのに。
「もしお前が浮気したら相手は殺すしお前も二度と外には出さない。
ずっと家に閉じ込めて二度と俺以外に会わせてやらねぇからな」
まぁ少し歪んでいることは否定できないけれど。
本当にやりそうな所が怖い。
「大丈夫だよ、心配しないで。
じゃあ私もトーマスが浮気したらトーマスに盗聴器と発信器着けてトロンさんと凌牙君達以外には会わせてあげないからね」
「それって俺になんか悪い事あんのか?」
どうしようか、まぁ勿論そんな事するつもりはないのだけれど盗聴器の下りはトーマスは聞いていなかったのだろうかと疑問に思った。
「俺は別に名前にだったら盗聴されても居場所知られててもかまわねぇ」
聞こえていない方が良かったと思った。
さすがに私にそんな趣味はないからそれをするつもりはない。
言葉に困ってただただ苦笑いしか出来ない私を他所にトーマスは妙案が思いついたとばかりに顔を明るくさせた。
「最近治安も悪いしお前に何かあった時困るからGPSの位置情報だけでもお互いに分かるようにしないか?」
なんということでしょう。
私の余計な発言がとんでもない展開を生んでしまった。
どう説得すればいいものかと思案する。
「別に常に見張ってるってわけじゃなくてさ、連絡が取れなくなった時とか、俺お前に何かあったらもう生きていけねぇから、さ」
トーマスがまるで怒られて落ち込んでいる犬のような表情をしている。
でも私はその表情が演技だということを知っている。
復讐を達成させる経過で培われた異様な演技力で以て私を言いくるめようとしている。
「名前······」
演技だと分かっているのに、私はやはりトーマスに甘くなってしまう。
私にとってトーマスは最愛の恋人でもあるが最愛の弟のようなものでもあるのだ。
可愛く甘えてくる弟を私は突き放すことが出来ない。
「わ····わかった、いいよ·····」
了承の言葉を口にすればトーマスは途端にいつもの表情に戻り嬉々として早速私のdパッドを操作している。
「(また流されてしまった)」
一瞬で普段のトーマスに戻ったのを見て内心ため息をついたがこれでトーマスが満足するならまぁいいかと思って深くは考えないようにした。
これからも長く付き合っていく相手だ。
余程の事でなければトーマスのわがままくらい聞いてあげたい。
どうしたって私にとってのトーマスは可愛い存在なのだ。
「······本当に世界一かわいいよ」
子供の頃のトーマスは、とは言葉にしなかった。
普段はあまり可愛いと繰り返せば怒るトーマスもこの日は機嫌が良かったおかげか否定することはなかった。
しかし私は少しだけもやもやするのでそれを処理してしまおう、そう考えご機嫌なトーマスに声をかける。
「トーマス、久しぶりにデュエルしよっか」
「は?なんだよ急に。まぁいいけど」
トーマスは不思議そうな顔をしつつ私にDパッドを返しトーマスも自身のデッキを用意した。
「名前にはとっておきのファンサービスしてやるぜ!」
「お手柔らかに」
そしてこの日私は墓守デッキでトーマスを追い詰めたが最後には逆転負けしてしまったのだが、その勝負に納得の行かなかったトーマスに何度もデュエルを申し込まれ夜は更けていった。
(もうそろそろやめない?)
(俺はお前を養っていかなきゃいけねぇんだから半端なままじゃいられねぇ!!)
(また余計な事をしてしまった)
騒がしくなってしまいましたがそんなこんなで私たちは今日、恋人から婚約者になりました