「そういえば君達、結婚後住むところはどうするの?」
トロンさんとひっそり行われていたお茶会は以前の喧嘩の時にトーマスにバレてしまった。
怒るとまではいかなくともあきらかに不機嫌な顔をして今度は自分も行くと言ったのでトロンさんと約束をしていた日がトーマスのオフと重なっていたので3人でお茶を楽しんでいた。
そこでふと思いだしたかのようにトロンさんがそう問いかけられたのだった。
「あー、俺は家なりマンションなり買ってもいいと思ってるけど」
「え」
トーマスの言葉に驚きの声をあげれば何に驚いているのかわからない、という顔で私を見た。
人よりかなり稼いでいるのはトーマスの時々見せるとんでもない金銭感覚を見て分かってはいたのだがそこまで貯蓄があるとは思っていなかったのだ。
「さすがに名前の部屋に転がり込むわけにもいかねぇしここに住むわけにもいかねぇだろ」
「僕は別に構わないけどね」
トーマスの言葉にトロンさんは笑顔でそう返したことに今度はトーマスが驚きの声を漏らした。
「こんなに可愛い娘が出来たんだからね、僕だって嬉しいんだよ」
トロンさんはにっこり笑って私を見た。
私はどう反応していいか困って苦笑いを溢す。
「絶対やだよ、だって名前の初こ」
「トーマス!!」
トーマスが口にしようとした言葉に気付いた私は慌ててトーマスの口を手で覆った。
しばらくそうしていると苦しいと私の手を無理やり引き剥がした。
「あっはっは····君達は本当に仲が良いね」
トロンさんは目を細めてそう言った。
姿は子供ではあるがその目はまさに子を見守る父の目だった。
トロンさんのそんな表情を見てトーマスも気が抜けたような表情になる。
「まぁでもトーマス、君に甲斐性の心配はなさそうだけど家は君にとっても名前にとっても大切な生活の基盤だ。
何か考えているならちゃんと相談しないとね」
そう言うとトロンさんはカップに紅茶のお代わりを注いだ。
角砂糖を2つ入れてスプーンで紅茶を縦に数回かき混ぜそれを一口含んだ。
「ただね、これは僕の勝手なお願いなんだけどね、最近研究の方が忙しくて実は殆ど家に帰られてないんだ。
勿論クリスも同じく、ね」
そこまで聞いてトロンさんが何を言いたいのかなんとなく気がついた。
トーマスの方を見れば私同様トーマスも気が付いたようだ。
「君達が一緒にここで生活してくれたら勿論嬉しい、でも君達には君達の人生がある。
だからここに住む事を強要なんて出来ない。
でもたまにここに来てあげてくれないかな?
···ミハエルはしっかりしているとは言えまだ子供だし、今は親と接するよりも友達と接する時間の方が楽しいかもしれない、それでも家族と接する時間も必要だと思うんだ。
僕がそれを君達にお願いするのはおかしいんだけどね····」
トロンさんのミハエル君への想いを聞いて胸が詰まった。
私としてはトロンさん達が許可してくれるならここに住まわせてもらうことは苦ではない。
元々トーマスだけではなくクリスやミハエルとも幼少期を共にしてきたのだから心を許した関係だ。
兄弟の中でも最も家族と言う存在に依存に近い感情を抱いていたトーマスはどう考えているのだろうか、そう思って再び彼の顔を見ればなんとも言えないような顔をしていた。
「あの、私は···」
「心配に及びませんよ」
私は許されるのであればここに住みたい、そう口にしようとしたその時何者かがそう言った。
「ミハエル、帰ってたんだね。
おかえり」
「ただいま戻りました。
名前姉様、お隣失礼しますね」
ミハエルが私のすぐ隣に腰かけた。
それを見ていたトロンさんは苦笑いを浮かべる。
「父様もご覧になったでしょう?
トーマス兄様は弟である僕が名前姉様の隣に座っただけで嫉妬するんです。
こんな状態で共同生活だなんて無理ですよ」
「なっ!!??」
トーマスの顔を見れば顔を真っ赤に染めていてミハエルの言った言葉が図星であったことを証明していた。
「····まったく君は···ふっ、」
トロンさんは呆れた顔でそう言いながらも堪えきれず笑いだしてしまった。
「う、うるせぇな!しょうがねぇだろ!!」
「ちょっと、トーマス!」
照れ隠しなのかなんなのかトーマスは私を抱き寄せた。
私としては人前で過剰にべたべたするのは苦手な所があるので引き剥がそうとするもトーマスはそれを許そうとしない。
「心配なさらずとも名前さんは僕の姉様ですから。
トーマス兄様から取ったりしませんよ」
ミハエルは私の手を取ってその甲にキスをした。
その姿はあまりにも様になっていて本当に大きくなったのだと改めて実感した。
「なっ!?ミハエル!!てめぇ!!」
「トーマスやめて!!」
耳元で大声をあげるトーマスを強く制止すれば腕の力が弛んだのでそこから抜け出した。
「お前もいっつも父さん達の味方ばっかりしやがって名前!!」
トーマスは私に恨めしい視線を向ける。
そんなトーマスにため息を一つ吐き出してミハエルの方を向き直って今度は私がミハエルの手を握った。
「私の事そんな風に言ってくれてありがとう。
····私にとってもミハエルは大切な弟だから、たまには会いにきてもいい?」
「はい、勿論、名前姉様」
後ろからトーマスの視線がちくちくと刺さっている感覚が伝わってくる。
とりあえずトーマスの機嫌を取るのは後回しにしようと考えてその視線は気にしない事にした。
「トーマスは本当に良い子を好きになったね」
トロンさんはトーマスの前に立って頭を抱き抱えた。
「なっ、と、父さんっ!?」
トーマスはそれに慌てながらも引き剥がそうとするわけでもなくその手は宙を漂っていた。
「ねぇ、名前、ちょっと落ち着きのない所もあるけど僕の自慢の息子なんだ。
·····トーマスを宜しくね」
トロンさんは優しい優しい表情で私を見てそう言った。
その笑顔を見て私は3人の中でトーマスが一番トロンさんに似ているなと改めて思った。
私に無条件で向けられるその笑顔が。
「····私の方こそ、宜しくお願いします」
姿勢をただして深々とトロンさんに頭を下げれば今度はトロンさんが私を抱き締めてくれた。
この小さな身体にこんなにも安心感を感じるのはやはりトロンさんが3人の父だからなのだろうか?
私からも抱き締め返し数秒してお互い離れた。
再び視界に入ったトーマスはやはり少し不機嫌な顔をしてはいたが先程ほどの苛立ちは感じ取れなかった。
「···ミハエル、どっちにしろ近くには住むからなんかあったら、···何もなくても連絡しろ、俺でも名前でもいいから、····俺もお前の兄貴だからな」
ミハエルはトーマスのその言葉にきょとんとした表情になるもすぐに笑った。
「はい、頼りにしていますね、トーマス兄様」
ミハエルの素直な言葉にトーマスの方が照れて顔を逸らしてしまった。
本当に良い家族だと心から思った。
その家族に自分が認めてもらえている事がとても喜ばしく思う。
夜には出掛けていたクリスも帰ってきてその日は5人で早めの夕食を食べてトーマスと二人で家を出た。
トロンさん達は泊まっていく事を勧めたがトーマスがそれを断固として拒否したのだ。
「ったく、可愛げなく育ちやがって」
「あんなに可愛い子滅多にいないと思うけど?」
帰り道そんな風に悪態つくトーマスにそう言えばじろりと此方を睨んだ。
「名前もトロンもミハエルに甘いんだよ」
子供の頃からトーマスはお父さん大好きっ子だったもんなぁと昔を思い出して懐かしく思った。
私が考えている事を察したのかトーマスは更に眉間にシワを寄せた。
「今日絶対寝かせねぇから覚悟しとけよ」
「え、な、なんでそうなるの?」
「俺がそんな気分になったからだよ」
トーマスはどうやら自分の味方をしなかった事を根に持っているようだ。
それでもしつこく責めてこなくなったところは以前より落ち着いたのだろう。
それが二人の信頼関係によるものなのだとしたら私は嬉しい。
「優しくしてね」
「いつも優しくしてるだろ」
なぜそんな事を自信満々に言えるのだろうかと笑ってしまった
もう少しすればトーマスの帰る場所は当たり前のように私の元となる
トロンさん達には申し訳ないが私はそれをとても幸せに感じてしまう
「君は本当に大丈夫?寂しいんじゃない?」
「全く寂しくないと言えば嘘になりますが····一緒に住んで万が一鉢合わせたら、と考えますと正直···」
「····ああ、名前に関しては我慢の効かない子だからね····」
「遊馬達といるのが楽しいのは本当ですしそれに僕だってもう父様のお役に立てますよ」
「君はもうそんな事気にしなくていいんだよ?」
「なんの事ですか?これは僕の意思です」
「····まったく、本当に僕の息子達は僕の子とは思えない程良い子ばかりだよ」