·ハロウィーン
「今月はハロウィーンだね」
「ああ」
10月に入れば街の風景はすっかりハロウィーン仕様に変わっていた。
俺も今月はイベントに乗っかった遊び要素を含んだ仕事がいくつか入っている。
「トーマスはかっこいいし可愛いから何着ても似合うだろうなぁ」
にこにことそう話す名前。
元々女のファンが多い俺はそういう褒め言葉を日頃から言われ慣れてはいる。
だがやはり自分の好きな女に言ってもらうと違ってくる。
「狼男、吸血鬼、ミイラ男····ふふっ、全部美味しそう」
敢えて美味しそうと表現した名前が何か厭らしいことを考えているのだということは言わずともわかる。
まぁそれも含んだ上で付き合っているのだから問題はない。
「あぁ、でもやっぱりあれかな、インキュバス」
妙案が思い付いたと言わんばかりに良い笑顔を向けてくる名前に顔をひきつらせた。
「私もサキュバスになるからどっちが勝つか勝負しよっか?」
妙な話になってしまった。
そんなの勝負になるわけがないのに。
間違いなく名前が勝つに決まっている。
だが名前のサキュバス姿は見たいので俺は勝てる筈のないその勝負に乗るのだが。
「沢山衣装用意するからいっぱい楽しもうね」
もはやハロウィーンなど関係なしな名前に苦笑いしか出なかった。
出会った頃の彼女はもっと大人びて見えたのに今ではただ人よりえっちが好きな俺の可愛い恋人だ。
懲りない俺は当日とんでもない衣装を用意されて顔をひきつらされることになることを予測出来なかった。
·もはや拷問
仕事に行かなければ行けない時刻が迫っている。
昨晩から名前の家に泊まっていたので今日はここから直接仕事に向かう。
だがどうにも名前の態度が落ち着かない。
もしかして自分が出ていくことが寂しいのだろうか、そうだとしたらなんて可愛い恋人なのだろうかと勝手に妄想してにやにやした。
だがやはりと言っていいだろう。
名前は常識に当てはまらない女だった。
俺の手に自身の手を絡ませながら名前は言う。
「えっちな気分になっちゃった」
その言葉に俺は固まった。
名前の目は言葉通り熱を持っていてその言葉が嘘で無いことを物語っている。
その厭らしさに生唾を飲み込むも俺には時間が無い。
「····お、終わったらまた来る、から····我慢、出来るか?」
そう訊ねるも名前は首を横に振った。
本音を言えば今すぐベッドに引き返したい。
だがそんな訳にはいかない。
なぜこのタイミングなんだと怒りすら覚える。
そして名前は俺にとんでもないお願いをする。
「ひとりでするから、電話繋いでてもいい?····トーマスは聞いてるだけでいいから····」
「はぁあ!?」
今までで一番ぶっ飛んだお願いに俺は思わず大きな声を出してしまった。
それでも時間が迫っていたのもあって辛そうな名前に根負けしてそれを了承してしまった。
『····ひぁっ、····ト、ーマス····気持ちいぃ····もっと』
仕事先へと向かうタクシーの中で俺はイヤホンから聴こえてくる名前の厭らしい声を聴いた。
なぜ俺はこんな生殺しのような時間を過ごしているのだろうか。
決して興奮などしないように必死で頭を空っぽにして耐える。
『ああっ····おねがい、一度だけでいいから、んっ····なまえっ、呼んで····?』
名前の声と一緒にくちゅくちゅと言う水音まで聴こえてきた。
もうどうとでもなれだ。
「····名前」
イヤホンのマイク部分を口元に近づけそれを手で覆って小さな声で名前の名前を呼んだ。
『ットーマス、好きぃ····んぅっっ』
するとそのすぐ後に名前は達したらしく少しして荒い息遣いが聴こえてきた。
少しして息を整えた名前が俺にお礼を言う。
『ありがとう、トーマス。
····帰ってくるの待ってるね』
満足した名前は電話越しにちゅっとリップ音を鳴らして電話をきった。
「お客さん、着きましたよ」
タクシー運転手の言葉で俺は強制的に現実に引き戻された。
タクシーを降りた俺は盛大にため息をついた。
俺は何故今から仕事などしなければいけないのだろう、何故名前はあんなにも厭らしいのだろう、と。
人としての尊厳を守る為に必死で抑え込んだソレは少しでも気を抜けば簡単に硬くなりそうだった。
「····帰りてぇ····」
だがそんなわけにもいかないので俺は鋼の意思でその日の仕事に挑んだ。
なんとか堪えぬいてそれが終わって家に帰れば玄関先でまだまだ元気が有り余っている名前に襲われて溜まった鬱憤を全て吸いとられた。
·浮気
俺は目の前の光景に固まっている。
名前が知らない男と腕を組んで歩いているのだ。
付き合う前複数の男と関係を持っていた事は知っている。
だがそれもなくなったと思っていたし何より俺が名前を信じていた。
真実を確かめるのが怖い、胸がムカムカする、憎い。
裏切られているかもしれないと考えると腹が立ってきた。
唇を噛み締めれば口のなかに鉄の味が広がった。
信じたい、信じたいなら名前に声を掛ければいいのにそれが出来ない。
泣きそうになっていたその時dパッドに通信が入った。
『今信号のむこうにいるのわかる?もしも時間があるなら弟といるから紹介させてもらっていい?』
俺はその言葉を聞いて手からdパッドが滑り落ちた。
安堵から一気に涙まで零れ落ちてしまう。
それを見ていた名前
は驚いた顔をして急いで俺に駆け寄ってきた。
「トーマスどうしたの?具合悪い」
「な、なんでもない、大丈夫だから」
袖で情けなく出た涙を拭いすぐ近くに来た二人を見比べる。
姉弟と言われて納得する程よく似ていた。
一気に羞恥心が湧いてくる。
「顔も赤いし今日は早く帰った方が良さそうだね」
額に手を当てられそう提案される。
違うのだがなんと言い訳していいか分からない。
そんな時名前の弟が口を開いた。
「姉貴か浮気してたとでも思ってたんじゃない?」
その言葉に俺は勢いよく噎せ込んだ。
「え?そうなの?」
「あ、いや、ちがっ」
焦ってそれを否定しようとするも上手く言葉が出てこない。
名前の弟は愉快そうに笑っている。
どうにもタチが悪そうな男だというイメージがついた。
「取り敢えず会えたしプロデュエリストのIV様の意外な素顔も見られたから俺は今日は退散するよ。
姉貴はしっかりフォローしてあげなよ。」
弟は俺を見て笑った。
その笑顔が馬鹿にしているわけではないが良い玩具を見付けたという感情を含んでいたものであることに気付いた俺は背筋が凍った。
「う、うん、じゃあまたね、お母さん達にも宜しくね?」
名前は弟に別れをつげて手を振った。
弟も俺にも頭を下げてその場を去っていった。
この姉弟の組み合わせはヤバいと本能的に察した俺は顔をひきつらせる。
「····トーマス、私が浮気してるって思ったの?」
名前は俺にそれを聞いた。
それに対する答えはイエスなのだがそれを本人に言ってしまうのはやはり後ろめたかった。
「いいよ、はっきり言ってくれて。
私みたいな人間は疑われない方が不思議だから」
仮に浮気をしていても何度でも連れ戻すと言っていたのにいざそうかもしれないという状況を見ただけでこのザマだ。
名前の顔は普段と変わらないように見えるが何処か諦めているだけのようにも見える。
「それでもそんな私と付き合ってくれてありがとう」
俺が何か言う前に名前はそう言って笑った。
その笑顔が本当に幸せなものに見えて俺の胸は締め付けられる。
「····名前の家に行きたい」
「うん、帰ろっか」
今すぐに名前を抱きしめたくなった俺はタクシーを拾い乗り込んだ。
車内で気持ちを抑えきれず強く手を握れば名前は嬉しそうに笑った。
帰ったら疑ってしまったことを沢山謝って沢山愛を伝えよう。