トーマスと付き合い初めてから大体3ヶ月と少し経った頃気が付いた、彼が以前より少し痩せていた事に。
(私は寧ろ太った気がする)
親指と人差し指とお腹のお肉を掴めば以前よりしっかり掴めてしまった事にため息をついた。
(トーマスが痩せたって多分私のせいだろうなぁ)
隣で眠る彼の端正な頬を手で撫でるも彼は微動だにしない。
それだけ疲れきっているのだろう。
(またやってしまった)
彼も疲れている筈だとは分かっていたのにいざ会えば我慢出来ずに彼の全てを食べ尽くすかのようなセックスをしてしまう。
彼がそれを拒まない事もあってついつい私は彼の優しさに甘えてしまう。
(····暫く我慢しなくちゃ)
彼にしっかり休息をとらせる事を胸に決め私も彼の隣で眠りについた。
カーテンから差す光の明るさに目を覚ますとトーマスが私の腰にしっかりと腕を回して眠っていた。
胸に寄せれた彼の幼い寝顔はなんとも可愛らしい。
その愛らしさにたまらなくなって抱き締めそうになったがそこで昨日自分が決めた事を思いだして踏みとどまった。
(今そうすれば我慢出来なくなりそうだもの)
取り敢えず朝食の準備でもしようと思いいたって彼を自分から引き剥がそうとするも彼は離れない。
そのあまりの力強さが気になって彼に話しかけた。
「トーマスもしかして起きてる?」
そう訊ねればトーマスは本当に起きていたらしくゆっくりと目を開ける。
「おはよう、ごめん、起こした?」
トーマスは顔を横に振る。
その顔はどこか不満げだ。
「起きてたならトーマスお腹減ってるでしょ?何か食べなきゃね」
そう言って頭を撫でれば私を見上げるトーマスの上目遣いが可愛くてくらりときた。
慌てて彼から目線を逸らせば横目で彼がショックを受けた顔をしたことに気付いてしまった。
彼が何にショックを受けたのかは分からないがなんとなく自分のせいなのだと理解して罪悪感のようなものに胸が痛んだ。
それに気付かないふりをしてそそくさとキッチンへと逃げた。
冷蔵庫を確認して何か無理なくカロリーを取れる献立を考えようと思うも今冷蔵庫にあるものではごく平凡な献立しか作れそうにない。
(まぁただでさえ痩せているトーマスが朝からそんなに食べられる筈もないか)
昼何かしっかりしたものを食べさせようとため息をついて冷蔵庫を閉めれば後ろから抱き締められた。
相手は勿論トーマスだ。
「ト、ーマス、ごめん、もうちょっと待っててね」
彼の手を掴んでやんわり引き剥がそうとするも彼は離れようとしない。
「なんで俺から逃げようとするんだ」
耳元で囁かれる彼の低い声と吐息に恐ろしい程胸が高まった。
抱き締められる体温と彼の香りに頭がクラクラとする。
「····なんのこと?」
「いつも朝起きたら俺の事抱き締めてくれるのに、今日はしてくれなかった」
寂しそうにそう不満を口にするトーマスがあまりにも可愛くて胸がきゅんとした。
「今日はキスもさせてくれなかった」
私は必死で我慢しているというのに今日のトーマスはどうしたというのだろうか。
彼は今計算でやっているのだろうか?
そうだとしたら随分とたちが悪い。
だが取り敢えずは彼をこれ以上痩せさせない事が最優先事項だろう。
「····ごめん、ちゃんと言うから、取り敢えず先に朝ごはんにしよう?」
そう伝えればトーマスはため息を一つ溢してわたしを解放した。
彼の顔を見ればあからさまにしゅんとしていた。
犬や猫であればおそらく耳が垂れているであろう、そんな表情だ。
(可愛くて仕方ない)
今すぐにでも押し倒してしまいたくなるほど可愛かった。
私はぐっとその甘い誘惑を堪えた。
きっと他人には理解してもらえないと思う。
彼に朝食を差し出せば拗ねた様子はそのままだがいつも通りしっかりと食べてくれた。
食欲はあることがわかり安堵した。
私はそんな時でさえトーストに噛りつく時に少しだけ見える尖った歯や赤い舌にぞくりとした。
いつもはここまで酷くはない。
我慢せればと考えれば考える程意識してしまうものなのだ。
口の中にたまった唾液を一度飲み込んで邪念を振り払うように私も食事に手をつける。
だが目の前のご馳走を我慢しているせいでその味すらも分からなくなっていた。
熱いコーヒーを勢いよく流し込めば少ししてから舌に違和感を覚えた。
どうやら火傷してしまったようだ。
「で、なんだったんだよ」
いっそ逃げ出したいとさえ思った。
簡単な朝食を済ませるのにそう時間はかからない。
いつもより時間をかけて食器を洗うもそれにだって限度がある。
その間も私をじっと見つめるトーマスの視線が痛かった。
言ってしまえば本当に呆れかえるような話だ、発情するのを抑える為だなんて。
言葉に悩んでなかなか理由を話せないでいると彼が私を手招きする。
「ここに来いよ」
足を軽く広げている。
そこに座れという事だろう。
今はとてもそんな風に接触はしたくないのだがそれを断ればまた彼を傷付けてしまうだろう。
呼吸を整え気合いを入れた後彼の足の間に座った。
同時に逃がさないと言わんばかりに彼から抱き締められた。
再び香る彼の匂いと体温にまた酔いそうになる。
「····俺には言えない事なのか?」
細身であるのにどこか安心感を感じさせてくれる腕も少し不安げな声も全てが私の細胞を刺激した。
同時にどうして私は普通の女の子になれなかったのだろうという感すら覚える。
考えた所で上手い言葉は出てきそうもない。
なので覚悟を決めてありのままの事を伝える事にした。
「····ねぇ、トーマス最近痩せたよね」
「は?」
脈絡のない言葉に彼はなんなのだと言わん顔をした。
「それってきっと私のせいだよ」
「····」
振り返ってトーマスを見れば言っている事がよく分からないといった表情だ。
「私トーマスに甘えすぎてるよね」
「何の話なんだいったい」
「私トーマスと会うと我慢が効かなくなるの、貴方の全てが可愛くて仕方なくて目が会えばキスしたくなるし匂いをかげば抱き締めたくなるしこうしていればもっと触れたくなる」
私の気持ちをストレートな言葉にして伝えればトーマスの顔はみるみるうちに赤く染まっていく。
「そんな顔を見せられた抱きたくて仕方なくなるの」
胸が熱い、下腹部がずんずんくる、まるで盛りのついた獣のような自分に嫌気が差す。
「トーマスは私の誘いを断らないよね。
それは私の為を思っての事だけどやっぱり負担が掛かっているんだと思う。
だから我慢しなきゃって思うんだけど抱き締めたりキスしたりするとどうしてもトーマスとシたいって気持ちが抑えられそうになくて、だから····不安にさせてごめんなさい」
どんなに丁寧な言い方をしたところでそれは私が我慢出来なくてごめんなさいと言っているだけの話だ。
ただただ恥ずかしい限りだ。
申し訳ない気持ちからトーマスから目を逸らそうとすればそのまま頭を抑えられてキスをされた。
「ダメだよ、トーマス、そんな風にされたら私」
引き剥がそうと胸を押すも再び強く抱きよせられ唇を奪われる。
眩暈を起こしそうになった。
「恋人にそんな風に言われて我慢出来る奴なんていないだろ」
そう言って舌を私の口内に捩じ込ませた。
私の舌を絡めとってはそれを甘噛みされて抑えこんでいた欲望がどんどん解放されそうになる。
「終わったらなんかがっつりしたもの食いに行こう。
だから今は抱かせてくれ」
トーマスのストレートな言葉にどうしようもない程胸がときめいた。
「私は寧ろ太っちゃったの。
トーマスと付き合いはじめて、毎日が幸せで凄くお腹がすいてご飯沢山食べるようになっちゃったから」
そう言ってお腹を擦ればトーマスは私を抱き上げた。
「なんでいつもいつも俺を煽るんだよ。
そんな風に言われて俺が喜ばないとでも思っているのか」
この細い身体のどこにそんな力があるのだろうかと不思議に思う。
でもその腕に抱かれることに私は何より安心してしまう。
そして再び寝室に戻りベッドの上に降ろされトーマスが私に覆い被さった。
「名前がシたいとこしたい、何でも言ってくれ。
名前が好きにやりたければそれでも構わない」
トーマスそう言って再び私の唇にちゅっとキスをした。
彼の配慮に鼻先がツンときた。
今日の私の気分なんて決まっている。
「トーマスにいっぱい愛されたい」
首に腕を回して私からもキスをすればトーマスもそれに応えるように私の頭の後ろに手を入れ深いキスをくれた。
「俺がどれだけ名前を好きでいるか、俺がどれだけ名前を求めているか分からせてやる」
作業のように行われていた食事が美味しく感じられるようになったのも
誰かを想って自分の欲望を我慢したのも
体重の変動にうんざりしたのも全て初めての事だった
トーマスと出会っていなければ毎日の食事はただ命を維持する為のものでしかなかったしセックスは自身の欲望を満足させるものでしかなかっただろう。
ただ自分の欲望の赴くままに行われるそれはいつも私に虚無感を残していった。
愛される喜びも愛する喜びも教えてくれたのは全部トーマスだった。
「だいすき」
自然と口から出た言葉にトーマスは笑って同じように返してくれる。
「間違いなく俺の方が名前にベタ惚れしてんだよ、悔しいけどな」
優しく頭を撫でてくれる手が気持ち良かった。
私はトーマスに髪を触られるのが本当に好きだ。
私にこんなにも幸せをくれた彼に何が返せるのだろうか。
私が人より自信のあることなんてセックスくらいしかない。
トーマスは何を望んでいるのだろうか。
後で聞いてみよう、今はただ彼の腕に抱かれいたい。
彼を想って我慢しようと決めていたのに私はその日溢れんばかりの彼の愛情を一身に注ぎ込まれ何よりも幸福な時間を与えられた