幼稚な遊び

「何かこうロールプレイ的な事がしたい」

俺が本を読んでいる隣でとくに何をするでもなくぼーっとついていたテレビを見ていた名前が一人言のようにぽつりとそう呟いた。
俺は視線を読んでいた本から名前に移した。

「それは、···ゲームでもしたいって事か?」

「ゲーム····うん、ある意味そう。
こう、なりきりプレイ、的なの」

おそらく名前の言うプレイというものは、····まぁ言うまでもなくそういう事なのだろう。

「どんなことがしたいんだ?」

本を閉じそれを机に置いて名前の方に身体を向ければ至って真面目な顔でこう主張した。

「トーマスのママになりたい」

「·····はぁ?」

名前の言葉の意味が分からない。
いや、分かりたくない、が正解なのかもしれない。

「·····ママというのは、その···新婚さんごっこ的な、あれか?」

そうであってほしいと願った。
しかしおそろくそうではないことを薄々気付いていた。
案の定名前は首を横に振ってそれを否定する。

「そうじゃなくてトーマスのママになりたいの、トーマスが赤ちゃん」

ズバリはっきりと口にされてしまった。
まぁ答えを先伸ばしにしたところで名前の気持ちが変わるわけではないのだからそれを焦らされる事に意味なんてないのだが。

「実はもう用意してあるの」

俺の意見なんて初めから聞くつもりなんてなかったのだ。
どうにも名前は自分がお願いすれば俺が最終的に折れると思っている節がある。
····まぁそれを否定出来ないのだが。

「だめ?赤ちゃんなトーマスよしよししたい」

簡単な話だ、嫌だと言えばいい。
たったの三文字の言葉だ。
なぜそんなシンプルな言葉がスッと口から出てこないのか。
俺はノーと言えない日本人ではない筈だ。
寧ろ人より我が強い性格をしていなかっただろうか?

「トーマス····」

「·····今日だけ、だから、な」

なぜ俺は本心と真逆の言葉を口にしたのだろうか。
所謂惚れた弱みというやつなのだろうか。
それにしたって恋人に赤ん坊になれだなんて異常だ、常軌を逸している。
そんな事をして何が楽しいというのだろうか、まるで分からない。

「ありがとう、トーマス大好き」

俺は頭が弱いのだろうか。
名前が笑ってお礼を言っただけでまぁいいかお全てを許してしまった。
もう諦めよう、いっその事全力でなりきってやろうではないか、そんな風に考える程に。

しかしそこで考える。
今まで散々演技を続けてきた俺だがそれはあくまでも紳士という誰にでも分かる定義付けされたキャラクターだった。
赤ん坊になりきる?
そんなことが可能なのだろうか。
いったいどうすれば、そんな事を考えていれば名前が何やら色々なものが入った紙袋を持ってきた。

「取り敢えず着替えようか」

名前はそう言って猫の着ぐるみパジャマを取り出した。
成る程、まぁ赤ん坊用の服の大人サイズなんてある筈がないか、まぁそんなもの普段なら拒む所だがすでにそれを許容してしまった後だ。
そのくらい着てやろう。

「ああ、わかっ······おい、いや、まさか·····は?、え、嘘、だよな?」

名前が手にしたそれに俺は激しく動揺した。
なぜ俺はそれを予想出来なかったのだろうか。
なぜ俺は名前の提案に乗ってしまったのだろうか。
慌てる俺を気にする様子もなく名前は俺に現実を突き付けた。

「赤ちゃんなんだからオムツするのは当たり前じゃない。安心して?
ちゃんと大人用だから、ね?」

なにを安心しろというのだろうか。
俺が、お、オムツ?
なんというか、そんなの、そんなものはもはや、

「····介護じゃねぇか···」

自分で口にした言葉にダメージを受けた。
だが名前はそれにも表情を変えない。

「ロールプレイングに恥なんて持っちゃ駄目だよ。
赤ちゃんは皆オムツしてるでしょ?
トーマスは赤ちゃんなの、オムツしてて当たり前なの」

頭が痛くなってきた。
名前は既に俺の服に手をかけている。
それを振り払う事なんて簡単だ。
動作もない、なのに、なぜ俺は逆らえない?
気付けば俺はベッドに連れて行かれそこに寝転がされていて下着一枚のところまで脱がされていた。
既に下着に手をかけられている。

「大人しく出来ててえらいね」

そのままそれを剥ぎ取られ丸裸にされた。
名前はぺりぺりとテープを剥がしオムツを広げている。

「すぐ終わるからね」

名前は上機嫌で俺の下半身を持ち上げて広げたそれを尻の下にひいた。
そして黙々とそれを俺に着せている。

「うっ·····」

そのあまりにも情けない姿に目頭が熱くなった。
こんなのいっそ裸の方がよっぽどましだと思った。

「終わったからね、良いこに出来てて偉かったね」

名前にそう言われて頭を撫でられた事で涙が溢れてしまった。

「どうしたの?お腹すいた?」

名前はそう言って俺の目尻にキスを落とす。
俺をこんな気持ちにさせているのはまぎれもなく名前だというのに抱き締められて優しいキスをもらっただけで嬉しくて胸が締め付けられてしまう自分が憎い。
俺はどれだけ名前の事が好きなのだろうか。

「お洋服着ようね」

もう今日は本当に好きにさせよう、これ以上の辱しめなんてもうあるはずがないのだから。
二度目の覚悟を決めた頃には俺は服を着せられていた。
着ているものはともかくとしてオムツが視界に入らないのであればもうそれでいい、と自分を納得させた。

「トーマスお口開けて?」

「····」

名前の手に持たれたそれに顔がひきつりそうになるのを必死で我慢して小さく口を開けた。
そうすれば俺の口におしゃぶりがの先端が押し付けられた。

「すっごく可愛いね、似合う!」

成人した男がおしゃぶりが似合うと言われて喜ぶ奴がいるのだろうか。
名前がおかしいのだ。
惨めな俺を馬鹿にして笑う風でもない。
本気で俺を可愛いと想っているのが目を見れば分かる。

「今ミルク用意してくるからいい子にして待っててね」

名前は今度は哺乳瓶を取り出してベッドから降りた。
しかしなんだろうな。
こういうプレイって母乳欲しいとか言って胸吸ったりしてそこからえろい事するもんじゃないのだろうか。
俺は正直それを少し期待したからこそ名前のお願いを聞いたというのに、まさかここまで本気でやらされることになるなんて誰が想像出来ただろうか。

やはり名前は俺の想像の斜め上を行く女なのだろう。

「おまたせ、泣かなかったの偉いね」

帰ってきた名前は俺の両頬を掌でぎゅーっと包んで自身のおでこを俺のおでこにあてた。
俺が可愛くて仕方ないと言わんばかりに。

「いい子なトーマスにミルクだよ」

名前は俺の背とベッドの間に腕を差し込み上半身を起こさせた。
完全に介護だと思う。

名前は俺の横に座り俺を自身にもたれ掛けさせた。

「どうぞ!」

おしゃぶりを取られれば当然のように差し出された哺乳瓶。
俺はそれを当然のように咥える。
そうすれば名前は哺乳瓶を傾けて俺にそれを飲ませていく。

さすがに中身は粉ミルクなどではなくホットミルクなようだ。
ホットミルクをこんな風に飲んだ事は勿論初めてのことなのでなんとも不思議な感覚になった。

「ちゃんと飲めて偉いね」

おそらく目が死んでいる俺とは正反対に名前の表情は明るい。
恥ずかしい、早く終わりにしたいと思っているのに強く吸った所で哺乳瓶から出る量は知れていた。

「お腹減ってたのかな?減るの早いね」

「····」

それをまるで俺が夢中になってそれを咥えていたように言われてしまった。
こんなの本当にただの羞恥プレイではないか。

「全部飲めたね、えらいね」

その羞恥プレイに必死に耐えて瓶の中身を全て飲み終えた俺を名前は俺をぎゅうっと抱き締めた。
そして背中をとんとんと叩いて俺の頭をを撫でる。
うん、こういうのは、····ぶっちゃけ悪くない。
俺も名前に甘えるように抱き付いた。
そうすれば名前は更に可愛い可愛いと俺を強く抱き締める。
オムツをつけて猫の着ぐるみを着た成人男性になぜそんな感情を抱けるのかきっと俺には一生分からない。

「いい子でいっぱい飲めたから次は絵本読んであげるね」

俺は再びベッドに寝ころがされた。
名前も隣にうつ伏せに寝転がり絵本を開く。
柔らかい声色で名前はそれを読み上げていく。
俺はそれを聞きながら名前を見た。
いつかここに本当に赤ん坊がいて三人でこうした時間を過ごす時が来るのだろうか?

俺はそうなればいいと思っている。
でもなんとなく名前はそれを望んでいないような気がする。
別にそれはそれで構わない。
隣にずっと名前がいてくれるのなら俺はもうそれでいい。

名前は人より変わっているとは思う。
でもそれはそれで面白い母親になるのではないかと思う。
だから本音を言えばほんの少し残念にも思う。

俺に絵本を読む名前の横顔に幼い頃にいなくなった母さんの事を思い出した。
顔はあまりしっかりとは覚えていない。
それでも名前と全く似ていない事だけはわかる。
それなのにどうして今名前を見て母さんの事を考えたのだろうか。


「····名前」

俺は名前を自分の元に抱き寄せた。
と言っても寝転がっていた位置のせいで俺が名前の胸に顔を埋める形になってしまったのだが。

「どうしたの?トーマス、眠くなっちゃった?」

名前は俺の頭抱き抱えるようにして髪に優しく手ぐしをいれるように撫でた。
心底気持ちいい。

「じゃあお昼寝しよっか?」

眠くなって甘えたわけではなかった。
ただ抱き付きたくなったのだ。
その理由を名前に話すのはあまりにも恥ずかしい。
だから俺は名前の言葉に首を縦に振った。

「トーマスは本当にいい子だね、おやすみ」

なぜ名前は俺が昔あんなに欲しかった、望んでいた言葉をこんなにくれるのだろう。
ずっと褒められたかったあの頃。
あの頃とはいったいいつの事だろうか?

もうとっくに幸せだった。
だからなんの不満もなかった筈なのに。
なぜか今も少し胸が痛い。

そんなことなんて何も知らない名前。

その上で与えられる愛情が心地よかった。


「オムツしてるからトイレ行きたくなったらそのまましてもいいからね?」


·····これさえなければ、そう思ってしまうのは俺が幸福に慣れ欲張りになっているからなのだろうか?

いや、健康そのものにも関わらず成人済みの人間がオムツに用を足せと言われたら萎えてしまう人間が圧倒的大多数な筈だ。

おそらく俺はこの後どんな手を使ってでもそれをせざる終えない状況を作られるのだ。

それが分かっていてなぜこの場から逃げ出さないのか。
逃げ出さないのではない、逃げられないのだ。

俺は今赤ん坊で名前は母親なのだ。
母親が嫌いな赤ん坊などそうそういないだろう?
そう思うようにした。



俺はこの後本当に眠ってしまい次に起きた時には本当に赤ん坊のように泣きじゃくることになった。

しかしその後とても赤ん坊には出来ないような厭らしい事も沢山されて二度泣かされたのは言うまでもないことだろう