じっくりと味わう

『今から行ってもいいか』

1日の仕事を終え今まさに帰ろうとしていた、その時だった。
トーマスからそうメッセージが届いたのは。

今日は会う約束はしていなかったが特に他に用があるわけでもなかったので私はそれに二つ返事で了承した。

私は今から帰るところだと伝えれば、それならば途中で合流したいと返信が来た

それに分かったと返信すれば待ち合わせ場所を指定するメッセージが届きそれを確認した所でやり取りは途絶えた。

急いでコートを着こんで外に出た。
吐く息は既に白く刺さるような寒さを感じた。

(トーマスは寒がりだから早く行ってあげないと)

そう思って少し駆け足気味で待ち合わせ場所へと歩を進めた。
寒空の下を歩いている最中、ふと視界に入ったビルの大きなモニターにトーマスが映し出された。
どうやら何か大きな大会があるらしい、それのプロモーション映像のようだ。
画面の中のトーマスは私の前ではあまり見せないような笑顔を浮かべている。

(まるで別人みたい)

私はデュエルをしないこともあり顔くらいは知っていたもののプロとして活躍するトーマスの事を殆ど知らなかった。
トーマスと初めて身体を重ねた後に至っては彼をテレビで見かけた際にはチャンネルを変えていた。
自らの意思で視界から消していたのだろう。
今思えばその理由等考えるまでもないのだけれど。







「ごめん、待たせちゃったね」

待ち合わせ場所に着けばやはり既にトーマスはそこにいた。
見るからに上質だと分かる厚手のコートを着てはいたが鼻先は寒さで赤くなっていた。

「いや、いきなり悪かった」

「ううん、嬉しいよ。
ねぇトーマス、手貸してくれる?」

トーマスはよく分からないといった表情を見せつつもポケットに突っ込んでいた手を私の前に差し出した。

「ありがとう」

トーマスの手を両手で握った。
やはりその手は私より随分冷えていた。

「冷たいだろ」

「私の手は暖かいでしょ?お裾分け」

そう口にすればトーマスは少し照れたような表情を見せた。
トーマスのこういった所を本当に可愛らしく思う。
異性に対してこんな風に思うのもこんな事をしたのもトーマスが初めてだ。

「クリスマスプレゼントに手袋でもあげようかな」

「····いや、いい」

手袋は苦手?と、訊ねればトーマスは首を左右に振ってそれを否定した。
そしてこう言った。

「名前が握ってくれたらそれでいい」

トーマスのその言葉に思わず胸がキュンとしてしまった。
トーマスは私に本当に優しい。
色々な面で私の為に随分頑張ってくれている、それをきちんと理解している。
そんな所をカッコいいと思う。
けれど私にとってトーマスはそれ以上に可愛いのだ。

「····今すぐトーマスの事食べたくなっちゃった」

今の気持ちをストレートに伝えればトーマスは更に顔を赤くして気まずそうに顔を逸らした。

「····俺も、その、今日一日ずっと名前とシたいって、考えてたら我慢出来なくて」

だから約束してなかったけど来てしまった、そう言った。
私にとってその言葉は本当に嬉しいものだ。
照れた仕草もたまらなく可愛らしくて私の頬はだらしなく緩む一方だ。

「····帰ろっか」

トーマスの手を引き二人で家への道のり歩き始めた。
あまり会話はなかったけれど心はとても浮かれていた。

「今日晩御飯何食べようか。
何か食べて帰ってもいいしリクエストがあれば作るけど」

「····」

「トーマス?」

トーマスは何とも言えない顔でこちらを見つめている。
どうしたの、と再び訊ねれば申し訳なさそうな顔でこう言った。

「····今、そういうの全然考えらんなくて、その、····名前の事しか····悪い」

トーマスの言葉に全身の毛穴がぶわっと広がるような感覚を覚えた。
こんなに自分を求めてくれた人が過去にいただろうかと身震いした。
私はトーマスの言葉で空腹感などどこかに消し飛んでしまったのだ。

「····タクシー拾うね」

もう余裕がなくなっていた。
悠長に歩いて帰る気など失せてしまった。

私は言うや否やすぐにタクシーを止めてトーマスを押し込んだ。
運転手に自宅の住所を伝えればすぐに車は走り始めた。
私達は手を繋いだままただ黙ってタクシーが自宅に到着するのを待った。

横目でトーマスの顔を見ればトーマスも同じように私を見ていて目が合った瞬間すぐさまその視線を逸らした。

耳まで赤くなったその横顔にガツンとキてたまらず唾を飲み込んだ。

下腹部の疼きが止まらない、子宮が彼を求めて脈打っていた。
早く家に着いてほしい、そう焦る気持ちを落ち着かせるように窓の外を見た。

窓にトーマスの顔がうっすらと映っている。
先程逸らした目は再び私を見つめていた。
私はそれに気付かないフリをした。

そうしていないと今すぐにでもその熱を食らってしまいそうだったから。

あと5分もすれば家に着くだろう。
楽しみはすぐそこまで迫っている。

トーマスが私を求めてすがっている。
ああ、なんという幸福だろうか。

焦らなくていい、そう自分に言い聞かせて目を瞑り視界からトーマスを消した。


あの目に見つめられて続けて平然としていられる程私がまともにはなれる日はきっと永遠に来ないだろうと思わず自分自身を嘲笑った