それだけの幸せ

(眠れない)

ベッドに入ってどれくらい経っただろなうか。
眠りにつく為に目を閉じたがその日は一向に眠気が訪れる気配がなかった。
目を開き枕元と時計を確認すれば時刻は3時を過ぎた頃だった。
ベッドに入ったのは1時頃だったのでもう2時間も経過していたようだ。

(こんなこと滅多にないのに、珍しい)

私の隣に目を向ければトーマスが眠っているのが見えた。
仕事を終え12時近くにうちに来たトーマスの顔には疲労の色が目に見えて感じ取れた。
食事は適当に済ませたと言うので早々にお風呂を促せばふらふらとした足取りで脱衣場へと入りすぐにシャワーの音が聞こえてきた。
本来であれば浴槽に浸かって身体を休めてほしいのが本音だが今日はそんな体力も残っていそうにない。

数分するとトーマスは出てきた。
頭にタオルを被せたままソファーにだらりと座ったので今日は私がトーマスの髪にドライヤーをあてた。
時折がくりと揺れるトーマスの頭を支えながら乾かし終えればトーマスはちらりと私を見て申し訳なさそうな顔をした。

「·····悪い、眠気が限界で····」

「え?うん、見ればわかるけど···もうお布団入っちゃおうか」

トーマスは私の言葉に渋い顔をしたまま首を縦に振った。
もう早く休ませてあげたいと思った、これは私の本心だ。



「悪い、明日は、大丈夫、だから···」

ベッドに入るなりトーマスは言葉を全て言い終える前に眠ってしまった。
一体何が言いたかったのだろうか。

私もその後すぐにシャワーを浴びて眠る支度を終えてベッドに入った。
それによりマットが軋むもトーマスは全く目を覚ます気配がなかったことに安堵しつつも少し心配になった。

だがとにかく今は私も眠ってしまおうと布団を首までかぶって目を閉じた。

それが2時間前の話だ。



(しっかり眠れてる事は良かった)

そっとトーマスの柔らかな髪を撫でた。
それでもトーマスが目を覚ます気配は全くない。
今月は忙しいとは聞いてはいたが想像以上だったのだろう。

長い睫毛の下に見える下瞼にはうっすらと隈が出来ている。
睡眠時間も足りていないようだ。

明るいところで見た顔色も少し悪かった。

そっとトーマスの唇を指でなぞった。
ほんの少しだけそこが荒れているのが分かった。


(いつも柔らかくてしっとりとしていて触れるだけで気持ち良くなるのに)


そんな風に考えて気が付いた。
私が今日眠れていない理由に。

(今日シてないんだ)

その理由に気が付かなかった事に私は心底驚いた。
大袈裟に聞こえるかもしれない、今となってはこんなことを口に出してはいけないとわかってはいるが昔は誰かと身体を合わせないとまともに眠ることなんてとても出来なかったのだ。

勿論決まった恋人のいない私が毎日セックスをする事は叶わない日も当然あったので自慰で済ませる事も何度もあった。
何れにせよ何もせずに眠りにつくという事は私には考えられない事だったのだ。
だから何も考えずとも自身を慰めてきた。

それが当たり前だったのだ。


(私今日トーマスを見てセックスしようって思わなかった?)

トーマスの顔を見て一番に口から出た言葉はお疲れ様でしたという言葉だった。
それにトーマスが苦笑いを浮かべてありがとうな、と私を抱き締めたのを受け止めて背中を撫でて早く休ませたいと強く思ったのだ。

(私ってそんな人間だっただろうか
自分の事ばかりだった気がする、自分さえ満足できればいい、そんな人間だと思っていたのに、私はトーマスと出会ってから、一体···)

少し前にただでさえ細いトーマスが痩せてしまった事に大きな罪悪感を覚えた。
あの日の私も自身の心情の変化に困惑した。

それでもトーマスは優しかった。
ずっと求めすぎる私に応えてくれていた。

(ああ、そうか、トーマスがさっき見せた複雑そうな顔は私の相手を今夜出来ない事に対して、か)

それを理解して胸が痛むと同時に喜びを感じた。
私はこんなにも大切にされているのだという事に。

嬉しくて仕方ないのに駄目な私はそれを自覚した途端目の前のトーマスに欲情した。
それでも今トーマスを起こしてまで事を行う気にはならなかったし自慰をする気にもなれなかった。

(目の前にセックスすることを許されている異性がいるのに)

少し触れたくらいでは起きそうにないだろうと判断した私はそっとトーマスを胸に抱いた。
トーマスの規則的に吐き出される息が首に当たって少しくすぐったい。
だがそれは私にとっては気持ちいいものだった。

(こんなに近くにいるのに、こんなに欲情しているのにこうしているだけでこんなに気持ちがいいだなんて)

その事に軽く感動すら覚えた。
そうしているとトーマスの方からも私の腰に腕を回して抱きついてきた。

まるで猫のように私の胸に顔を押し付けるトーマスが可愛くて再び頭を撫でた。

トーマスはやはり起きる気配は全くない。

(この感情はなんだろうか?
ああ、そうか、私を信頼して安心して隣にいれくれていることが嬉しいんだ)

今すぐ抱きたい、今すぐ抱かれたい、そんな想いが溢れそうになった。
それでも今こうしている事があまりにも幸福で私は再び目を閉じた。

(うん、今度はすぐに眠れそう)



朝起きてトーマスにおはようを言って一緒にご飯を食べて、大丈夫そうなゆったりとセックスして今度はゆっくり二人でお風呂に入ろう。



そんな事を考えているうちに私の意識は遠退いていった