何物にも阻止されない

「どこか調子が悪いのか?」

今日は名前が最も贔屓にしている店で食事をとっていた。
いつもなら笑顔で会話もそこそこに黙々と食事を平らげてしまう名前の箸が今日は珍しく止まっていた。

「ううん、そうじゃないんだけれど」

名前はそう言って苦笑いを浮かべる。
顔色は悪くない。
女特有の....それも先週終えたばかりだということは知っている。
だとしたらもしかしてここに来る前に何か食べてしまったのだろうか。

「もしかしてあまり腹が減ってなかったか?」

「お腹は凄くすいてるんだけどね、ちょっとここが...」

名前は自分の左頬を手で覆って気だるげなため息をついた。

「虫歯か?」

「ううん、口内炎出来ちゃって...先週バタバタして不摂生なこともしちゃったから...」

名前はわりと豪快な性格をしている。
だがそれはあくまでも決断力や行動面の話した。
生活面においての自己管理はきちんとしている方だと思っている。
それは名前を一番近くで見ているであろう俺だからこそ分かる事だ。

「晩御飯食べてそのままテレビ見ながらぼーっとしてたらうたた寝しちゃって、そのまま朝まで寝ちゃったり、恥ずかしい話だけれど。
食事も摂ったり摂らなかったり、ね」

「風邪とかひかなかったのか?
そんな寝方じゃ身体も疲れとれてないだろ」

こんな時一緒に暮らせていないことが嫌になる。
俺がいればせめて眠ってしまった名前をベッドに運ぶことくらい出来たのに、何もする体力も残っていなければ何か食べさせて風呂も俺が用意して髪も身体も洗って歯だって磨いてやれたのに。
ここまで考えてしまう俺は世間的に見れば気持ち悪い男なのかもしれない。
だがそれほど大事なのだ、俺にとって名前という存在は。

「体調面は大丈夫、ただ身体は痛いから明日にでも整体に行こうかなって思ってる。
トーマス明日は午前中だけお仕事なのよね?
終わってからまたうちに来る?」

「····行きたい」

なら午前中のうちに行っておくね、そう言って冷めてしまったトマトと豆乳のスープを一口飲んだ。
普段であれば優しいと感じるそれも今の名前には辛いらしく一瞬小さく眉間にシワが寄った。
殆ど和らいでいるトマトの僅かな酸味が口内炎を刺激してしまったのだろう。

「大好きなものを食べることを苦痛に感じるだなんて、悲しいね」

「···あまり無理はしなくていい。
なんなら俺が食べるし後で染みないものを買って帰ろう」

俺の言葉に実に残念そうな顔をしながらも頷き食事の乗ったトレーを差し出した。
俺は既に食べ終えた自身のそれと交換して食べ掛けの食事を平らげた。
軽めのものであった為多少苦しかったが無事完食して二人で店を出た。
名前はやはり少しがっかりとした表情をしている。

「何なら食べられそうだ?」

「なんだろう····あ、でもね、確か鶏肉は口内炎の治りを早くしたと思うの。
それなら今日夜お酒を飲もうと思って鶏ハムを用意してたから、だから帰ってそれを食べようかなって」

そういえば先週名前は久しぶりに飲みたいと言っていた。
酔っ払った名前のあまりの無防備さに俺がいない場所で酒を飲まないでほしいと言ったことを名前ほ律儀に守ってくれている。
飲むなら俺が付き合う、と言った約束も忘れていない。
それがただただ嬉しい。

「···今度は絶対一緒に飲もうね」

「···だいぶ疲れてたんだな」

いつもより名前が幼く見えるのはやはり疲れからなのだろうか。
こんな事を思っては不謹慎なのだが正直可愛くてたまらない。
相手が恋人なのだからそれも仕方あるまい、と自分を納得させた。



「ごめんね、あんまり片付いてないし洗濯溜まっちゃってる。
シーツだけでも換えるね」

「それくらい俺がやっとくから先に食べてていい。
さっきから腹鳴りっぱなしだろ」

気付かないフリをするものよ、と照れながらも空腹が抑えきれなかったのか名前は俺の言葉をすんなりと受け入れ冷蔵庫を開けた。


俺は寝室へと入りベッドからシーツを引き剥がした。
俺は名前が換えのシーツを何処にしまってあるのかも洋服を洗濯する際どれをネットに入れてどれを手洗いしているのかも大体理解している。
そしてそれを俺が知っていることを名前も知っている。
俺は淡々とそれをこなしていく。
もう夜も遅く外にも干せないので乾燥まで済ませてしまうことにした。
なので影響の出そうな衣類は取り除いて洗濯機のスイッチを押した。

シーツは取り敢えず替えがあるから後回しでいいだろうと考えそれを簡単に畳んで籠に入れようとしたその時、布に染み付いたその嗅ぎなれた香りが空気に舞って俺の鼻腔を刺激した。


「(···くそっ···我ながら本当に···)」

今日会う事は1週間前には決まっていた。
それはどういうことか、そう。
実に生々しい話だがこの1週間我慢していたのだ。
己の欲求を満たす為のその行為、を。

「(健全な男だからこそ寧ろこれは普通だろうと思う反面、どこかそれに罪悪感を感じてしまうのが逆にムカつく)」

俺はその欲を抑えきれずにそのシーツを抱き抱えたまま顔を埋めてしまう。
先程よりもはっきりと香る名前の匂いに頭がクラクラとした。

「(···完全に勃った)」

おそらくその行為自体にも興奮しているのかもしれない。
健康そのものの俺のモノは、それはそれは笑える程簡単に熱を持ってしまった。

「(···そりゃあ俺が望めば、いや、名前の事だから絶対今夜はシたいんだろうが····)」

そう思いながらもベッドにも入れない程疲れていた名前を抱くのはどうなのだろうかという気持ちもある。
最も優先させるべきは名前の身体だ。
情けない話になってしまうが倒れられでもしたら俺が耐えられそうにない。

「(···そういやぁ···そうか、つまり今日は名前とキスも出来ないってことか?)」

それに気付いてあまりのショックに自身のそれが徐々に萎えていった。
名前が悪いわけではない。
というか何も悪くないのだ。
強いて言えば仕事、ただそれだけだ。
だがその仕事だって名前が望んだ仕事だった。
だからこそそれを俺が悪く言うわけにはいかないのだった。

なんとかおさまったそれに安堵のため息をついて今度こそ籠にそれをふわっと投げ入れた。

浴室のドアを開ける。
見る限りどうやら暫く浴槽は使われていないようだ。
軽くシャワーで浴槽内を濯いで栓をしてからお湯はりのスイッチを入れた。

そこに脱衣場の扉を開けて名前が入ってきた。


「お風呂の用意までしてくれたの?
ありがとう」

なんとか空腹を満たせたことで余裕が出来たのか先程よりも明るい顔になっていた。
ありがとう、の笑顔を見られただけで何でもしてやりたいと思う俺は心底名前に惚れているのだろう。
それは俺にとっては誇れる感情だ。

「お風呂上がったらお茶淹れるからね」

名前は歯ブラシに歯みがき粉を搾り出し早速歯磨きを始めた。
少しでも早く治したい一新なのだろう。
そんな名前を真似て俺も今歯を磨いてしまうことにした。
当たり前のように隣に置かれていた俺用の歯ブラシを手に取り並んで歯を磨く。
それはおそろしく幸せな時間だ。


しっかりと磨き終え口内をゆすいだ頃には浴槽の湯が張り終えていた。
なのでそのまま自然とお互い服を脱いで浴室に入った。
二人の時は一緒に入るのが当たり前になっているので名前も何も言わない。
こういう時恥ずかしがる姿を見せる恋人とそそるのかも知れない。
それでも俺は名前が名前であったのならそんな反応の違いはどうでもいい。

「二人だとどうしても狭くなっちゃうんだけれど、私はトーマスと入るの気持ちよくて、トーマスは逆に疲れちゃわない?」

「···そんな事感じたことないの知ってるだろ」

湯船に浸かった名前があまりにも可愛い事を言うものだから俺はそれが堪らなくて堪らなくて、ぎゅうぎゅうと抱きしめた。

名前は笑って俺の頬に唇を寄せた。

「移っちゃうから···今日は仕方ない、ね」

悲しそうな顔をする名前
に先程落ち着いたそれが再び熱を帯びていくのを感じた。

「···えっと、口は無理だけど、手なら大丈夫だけど、それでも良い?」

ぴったりとくっついている名前には当然それがバレている。
もう完全に勃ち上がったそれは名前の太股に当たっているのだから。

「シてもいいのだけれど···トーマスってキス我慢出来ないよね?」

名前の言葉に気恥ずかしさでいっぱいになった。
それは顔にも出ているかもしれない。
確かに俺はそういう最中しつこい程に何度も何度もキスをねだっているかも知れない、いや、実際のところ自覚している。
だがこれは名前が異常な程上手い事も要因だ。
あまり思い出したくはないのだがその相手が恋人でなくとも女を抱いている間唇を合わせれば興奮は増していた。
だがその興奮も名前とのキスに比べればくすぐったい程度の感覚だった、そう思い知らされるほど名前とのキスは気持ちが良いのだ。
名前にキスをされながら自身を刺激されればみっともないほど早く達してしまう。
名前はそんな俺を見て可愛い、と笑っているが男としては恥ずかしいやら情けないやらで本当に複雑だった。

「····なぁ、俺、さっき名前の食べかけの飯食ったよな?」

「·······あ····」

名前は俺の言葉に、しまった、という顔をした。
そして申し訳なさそうに謝罪する。

「···ごめん、移しちゃった、かもしれない····」

興奮状態にある俺はもう落ち込んでいるその表情さえ興奮材料になってしまっている。

「···中は····出来るだけ、我慢するから、···抱きたい····」

ぎゅうぎゅう、と骨が軋みそうな程名前を強く抱きしめ耳にキスはをすれば名前は身体を震わせた。
見も蓋も無い言い方になるが名前の“スイッチ”を入れるのは面白いくらいに簡単な事だ。

「···ベッド、行きたい」

名前は俺の背中に腕を回し鎖骨にちゅうっと吸い付いた。
可愛い、恐ろしい程可愛い。
甘えているとしか思えない名前を今すぐめちゃくちゃに抱きたくて堪らない。

名前の身体を支え湯船から出て身体をタオルで包んでやった。
顔が火照っているのは逆上せたわけではないだろう。

名前のソコはきっともうじんわりと湿り始めていてそれはじきに洪水のようになって俺を求めて鳴くのだろう。

「···満足、させてあげられなかったらごめんね」

名前の言葉に内心笑ってしまった。
俺がどんなに頑張ったところでこの後の展開は見えている。
痛みすら忘れる程に快楽に溺れた名前に俺は翻弄されてしまうのだ。

「···触れあっていられたらどうだっていい」

優しく唇を押しあてた。
名前の胸の先端は既にツンと立ち上がっている。


「···大好きよ、トーマス」

この日の夜もいつもと何ら変わらぬ夜だった。

ただただ互いが互いを求めあう、そうして夜は更けていった