俺だけを見る君が好き
「トーマスって1人でする時どんなジャンルのav見てるの?」
名前はデリカシーという言葉を知らないのだろうかとたまに叫びたくなる。
普段は可愛くてたまらない恋人だと思っている、そこに嘘はない。
だがやはり名前はコッチの話になると途端におかしくなる。
「友達におすすめされたのが寝取られ物だったんだけどトーマスも見る?」
名前は鞄からそれを取り出して笑って俺に訊ねた。
なんなのだろうか、この空間は。
「····見ねぇよ」
二人でavを見ているうちに段々盛り上がって、というプレイがしたいというのはまぁまぁ分かるし正直なところ嫌いではない。
それでも俺がそれを拒否したのはそのジャンルだった。
過去に数回見たことがあるが、寝取られ、というジャンルがどうにも俺には合わないのだ。
それをキチンと使えたことがなかった。
「胸くそ悪くて好きじゃねぇんだよ」
「そっか····トーマスって寝取られる側で見ちゃう感じ?」
名前はこの手のジャンルが好きなのだろうか。
名前はこの手の“遊び”が好きだ。
以前模倣プレイ的な事をしたことがある。
あれはまぁ、俺も普通に、いやかなり興奮したのだがこの手のモノにはどうにも気が乗らない。
「じゃあトーマスの事私が取っちゃうのってどう?」
「····正直者な所····」
それでいくと俺は別の女を愛している事になる。
そのシチュエーションが個人的には納得出来ない。
あくまでも恋人間の遊びだと仮定しても俺にはどうにも受け入れ難い。
「嫌なのね。ふふっ···私って本当にトーマスに愛されているのね」
こちらは気が狂うのではないかという程愛しているというのにその対象はなんとも余裕な表情だ。
それが悔しい。
「じゃあ今日は目一杯いちゃいちゃえっちしよっか」
名前は手に持っていたディスクを机の上に置いた。
AVを見る=見ながらセックスという流れは確定していたらしい。
「気分じゃない?」
そう訊ねられて眼をじっと見つめられた。
俺はこの眼に弱いのだ。
ならやめようか、なんてことにはけしてならないのだろう。
艶やかで情熱的な、もうこれはどうしたってこのまま何もしないなんてことはあり得ない。
「名前が気分にさせてくれたらいいだろ」
名前の唇が弧を描く。
ああ、背中がぞくりとする顔だ。
とっくに俺も期待していて気を抜くとすぐにでも俺のモノが熱を帯びそうだ。
「上手におねだり出来るよう頑張るね」
もうとっくに出来ているというのに。
まぁこれも名前にとっては前戯の一貫なのだろう。
「トーマスって出会った頃より少し体温上がった?」
何も身に包まずに布団の中で名前を抱き締めていた、所謂事後という時間だ。
人肌というものはどんな暖房器具よりも心地よい温もりを与えてくれるのだと毎度実感させられる。
最近途端に冷えたきたからこそ尚更だ。
名前の身体は本当に温かい。
「最近前より筋肉がついてきた感じがするし基礎体温が上がったのかな」
名前が俺の腕を優しく撫でた。
なんというか、こんな普通の動作一つにしたって妙に艶かしく感じてしまうのは俺が特別えろいからなのだろうか。
いや、名前の触り方のせいであると思いたい。
つい先程まで俺の全身をこの手が攻め立てていたのだ。
そんな風に思ってしまうのも無理がない筈だ。
「前のトーマスもとても可愛かったけど今のトーマスも凄く素敵」
名前はそう言って小さなリップ音を立てて俺の唇にキスをした。
可愛い、可愛い筈なのにそれだけで俺はまた勃起しそうになってしまった。
先程もういい、というまで何度も達しられたというのに。
いつも俺が達してしまう回数の方が多いのが少し情けなく感じてしまう。
「ここも変わらないから大好き」
ソコを手で撫でられた。
しそう、ではない。
もう硬くなってしまったらしい。
これは俺が異様に元気というよりかは経験、記憶の影響が大きい筈だ。
名前の性質もあって多分その辺のカップル達よりかなり様々なことをしてきている。
勿論望んだのは名前だ。
その経験があるからこそ、もう俺の身体はそれがどれだけ気持ち良いことなのだということをしってしまって、それ故にこれほどまでに容易なのだ。
「トーマスは明日早いから無理はさせるつもりないから安心して」
名前は俺のモノから手を離して笑う。
俺の気持ちなんて分かっている筈なのに。
時々名前は意地が悪い。
「移動が長いから寝られるから」
だから触って、と名前
の手を握ればそれはもう嬉しそうに笑うのだ。
その笑顔が可愛くて堪らなくて、そんな笑顔が見られるからそんな意地悪も嬉しくなってしまうのだから悔しい限りだ。
どんな時も幸福を噛み締める
「降ってきちゃったね」
「ああ」
その日は朝方から雨が降っていた。
今日は久しぶりに二人で出かけるつもりでいた。
名前は今日新しい靴を下ろすと1週間前から楽しみにしていた。
「靴は汚れるものだけれど、でもやっぱり初日からあからさまに汚れるのは嫌ね」
何度か名前の買い物に付き合ったことはある。
今日履こうとしていたものはそこまで身を飾るものに金額をかけない名前にしては珍しい額の靴だった。
それを見た時一目で名前が気に入ったのだと理解した。
それほど目を輝かせていたのだ。
傍に添えられた値段を見てこれほど気に入ったのであれば俺からの贈り物にしようかとも考えた。
しかし靴は洋服と違ってきちんとサイズを確認しなければ購入するわけにはいかない。
面と向かって俺が買うと言えば名前は拒むだろう。
だから取り敢えず試着するよう促した。
普段の名前であれば一定の金額を越えれば一度持ちかえって考える時間を設ける。
だから取り敢えずサイズを確認させて後でこっそり購入してしまおうと考えたのだ。
だが今日はいつもと違っていた。
名前は店員に自分のサイズを出してもらいそれを履いて鏡の前に立った瞬間
『こちらいただきます』
と店員に声をかけたのだ。
そうなってしまえばレジに向かう前に自分がプレゼントすると名前に伝えた所で名前は首を縦に振ることはなかった。
俺は無理強いすることも出来ずにそのまま引き下がるしか無かった。
別に貢ぎ癖があるわけではない。
だが俺にはそれほど恋愛経験があるわけではないのだ。
純粋に愛する相手に想いを伝える手段をそう持ち合わせているわけではない。
だから安易と思われるかも知れないと思いながらも贈り物をしたいと望んでしまうのだ。
『お待たせ』
支払いを終えた名前は紙袋を片手に心底嬉しそうな顔で俺に声をかけた。
その顔を見ればやはり俺がそれをプレゼントしてその表情をさせたかったと思ってしまった。
『喉が渇いたからそろそろお茶にしようか』
名前は俺の手を握る。
荷物を持とうかとも思うが普段であれば素直にそれを渡す名前も今日ばかりはそれを拒むだろう。
それが予測出来る程機嫌が良いのだ。
『次にトーマスとお出掛けする時にこれ履こうかな』
『ん、楽しみだな···』
「タクシー呼んで今日はどっか屋内に行くか?」
名残惜しそうに窓から空を見上げる名前にそう提案すればううんと渋い顔をした。
「これを履いてね、トーマスと沢山楽しい事がしたかったの。
私トーマスと一緒に歩くの好きだから」
名前はそう言って寂しそうに笑った。
いつもより幼く見えたその表情に俺はどきりと少し大きく心臓が鳴った。
「どからね、今日は履かない。
これは次の楽しみにとっておく」
名前は玄関に出しておいた新しい靴をシューズボックスに戻して代わりのものを取り出した。
「今日はこっちを履くからこれに併せる服選ぶの手伝ってくれる?」
名前はそう言って笑う。
その笑顔はもう先程までのように憂いを帯びていなかった。
「···なら俺が贈ったあれが良い」
「ああ、そうだね。
あれと併せたらきっと凄く可愛い」
それは名前が俺に見せた靴を履いていた時に名前に贈った服だった。
あれは俺が一目で気に入って名前に着てもらいたいと思い購入したものだった。
購入した時まだ夏だったこともあり秋から冬にかけて着るのがベストであろうそれを着た名前とはまだ出掛けられていなかった。
雨の巧妙と言えるのかもしれない。
「実はね、トーマス。
あっちの靴を履いたとしても私今日はトーマスに貰った服を着ようって思っていたの」
名前の言葉を聞いた俺はきっとぎこちない笑みを浮かべていただろう。
それを聞いた瞬間今日は出掛けるのはやめて今すぐ名前を抱きたいと思ってしまったのだから。
「···取り敢えず準備するぞ」
「うん」
きっと俺がそれを口にすれば名前は2つ返事で了承するだろう。
でも俺は名前が俺と出掛けるのが好きだと言ってくれたのも嬉しかった。
名前に出会う前適当に女と付き合っていた俺にはなんの感情も持ち合わせていない女と意味もなくうろつくなんてことになんの喜びもなかった。
だが名前と出会って世界が色を変えたのだ。
それは名前も同じようなものだということも知っている。
「髪セットしてくれる?」
「そのつもりだ」
変わっていく名前を傍で見られるこの幸福を噛み締めて俺は今日も心の底から名前と過ごす時間を大切にしよう。