「ごめんなさいトーマス、私色々考えてはみたのだけれど、どうしても良い案が浮かばなくて」
レストランで食事中名前は申し訳なさそうな顔で俺にそう言った。
一体なんの話だろうかと聞き返す。
「良い案?」
「うん、もうすぐ一年経つしトーマスの誕生日でもあるでしょう?
本当はこっそりお祝いの準備、なんて考えていたんだけれどどうしても答えが出なくって。
もう相談した方がいいかもってなったの」
名前の言葉が予想外で俺は何も言えずに数回ぱちぱちとまばたきをした。
正直期待していなかったのだ。
名前が俺の誕生日、付き合った日を覚えているなどと。
いや、覚えてはいても少なくとも名前は交際記念に何か特別な事を、なんて考えるタイプだとは思っていなかった。
「トーマス?ごめんね、がっかりした?」
何も言わない俺に名前は申し訳なさそうな顔をした。
別に怒っているわけでもショックを受けたわけでもない、寧ろ喜んでいるのだが。
「い、いや、そういうんじゃねぇけど···寧ろ嬉しい、し」
「本当に?···ならいいのだけれど。
一応貯金もそれなりにあるからよっぽど高いものでなければ用意出来るから、トーマス何が欲しい?」
出会ってから一度も金欠だ、なんて言葉を聞いたことはない。
それほど浪費するタイプでもないのも知っている。
部屋も若い女の一人暮らしにしてはわりと良い部屋だ。
おそらく平均以上の収入を得ているのだろう。
一体名前にとってよっぽど、とはどのくらいの金額を言うのだろうか。
勿論これ幸い、と名前に高価なものを要求しようなどと微塵も考えていないのだが。
「俺は貰えるならなんでも嬉しいけど」
「···なんでもいいが一番困るのよ。
···ごめんね、アイデア力がなくて」
名前はフォークを皿に置いた。
怒ったわけではない、皿が空になったのだ。
俺も全て平らげ名前に続いてフォークを置いた。
「ねぇ、もうお腹に余裕ない?
良かったらデザート、行かない?」
「ああ、大丈夫だ」
名前の誘いに了承すれば名前は嬉しそうに笑ってお礼を言った。
コートを着てレジに向かう。
会計は俺持ちだ。
これは俺がかなり強引に最初に決めたルールだ。
外食は俺が払う、名前の家で食事をとる場合は名前が材料を買って料理を作ってもらう。
作ってもらうのだから材料費も俺が出すと言ったが名前はそれは逆に面倒だから、なんて言って却下した。
申し訳ないではなく面倒だから、名前は俺の操作が上手いと思う。
きっと申し訳ないと言われていれば俺も引き下がっていなかっただろう。
「ありがとうトーマス、ご馳走さまでした。美味しかったよ」
「ん···近いのか?」
「うん、すぐそこ。
デザートっていうかホットチョコ。
今日は凄く寒いってわけじゃないからきっと外で飲んだ方が美味しいと思う。
だからね、トーマスはそこで席取りしてて?お店はあっちだから」
店を出て少し歩いた場所にある公園。
しっかりと整備された綺麗な公園だ。
そして名前が指差した場所には落ち着いた外観のカフェがあった。
一緒に行くと申し出るも名前はいいから、と俺をベンチに座らせた。
「こんなに近いんだから大丈夫、ね?」
俺はしぶしぶ了承した。
まぁ確かにここからでも名前に何かあればすぐに気が付くことが出来るしいいか、と俺は首を縦に振った。
名前は急ぎ足て店に入っていった。
「おまたせ、はい、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
名前からドリンクを受け取りふーふー息を吹きかけ一口すすった。
それはシナモンが利いたスパイシーな大人向けの味だった。
「この前飲んで美味しかったから、トーマスとも飲みたいなって思ったよ」
名前は分かっているのだろうか。
俺が今どれ程喜びを感じているのか。
俺がいない間に名前が俺の事を考えてくれている、それがどれほど嬉しいか。
「何か欲しいもの思い付いた?」
名前は先程の話の続きを口にした。
俺は本当に今さら欲しいものなんて、といった感じなので相変わらず答えられずにいた。
「決まらない?まぁまだ少し時間あるし、私も考えるけどトーマスも何か浮かんだら教えてね」
名前も今急かしたところで答えは出ないと察したのだろう。
そう言って先程買ったホットチョコを飲んだ。
息が白い、冬本番とまではいかなくともやはり夜は冷えてきた。
「寒くないか?」
「うん、大丈夫」
ここで寒いと言ってくれたら抱き締められたのに、なんて。
別に理由がなくとも俺達は恋人同士なのだから抱きしめることなど許されているのに。
女々しくもそんな事を考えていた時だった。
「あ、そうだ。
来週なんだけどね、ちょっと残業になるかもしれなくて。
待たせることになると思うからよかったら先に入ってて」
「え」
名前は鞄の中をごそごそとあさりそこから取り出した鍵を俺に差し出した。
名前の鍵はキーケースについている。
当然ながら合鍵だろう。
「···トーマス?」
「あ、ああ···」
なかなかそれを受け取ろうとしない俺に名前は首を傾げた。
俺は慌ててそれを受け取った。
「この時期はどうしてもバタバタしちゃって嫌ね」
名前はごくごくとホットチョコを飲んでいく。
そしてそのまま飲み干してしまった。
立ち上がり近くのくず入れにそれを捨てた。
「どうしたの?」
先程名前に貰った鍵を手に持ったまま固まっている俺を名前は不思議そうな表情で見た。
もう冬だというのに俺は今背中を汗が伝っている。
公式の大会でもあるまいし、何故俺はこれほどまでに緊張してしまうのだろうか。
「······名前、その···これ、じゃ駄目、か?」
「ん?何が?」
「···こ、これ······」
俺は左手を、左手に持った鍵を名前の前に差し出した。
先程手渡されたばかりのそれを。
「え?····鍵?······ああ、うちの合鍵が欲しいの?」
「···」
俺は首を縦に振った。
声も出せぬ程緊張しているだなんて、自分の事ながらあまりにも情けなくて恥ずかしくなってきた。
「別にいいけど、これじゃってどういう意味?」
「···俺の誕生日、これ、欲しい···」
我ながら言っていて恥ずかしくて仕方ない。
どうして名前の前ではこんなに惨めでカッコ悪くなってしまうのだろうか。
何千人という観客がいたところで俺は普段と何も変わらずデュエルが出来ていたのに。
たった一人の女を前になぜこれほどまでにみっともない姿を晒してしまうのだろうか。
「鍵はあげるけどさすがにこれが誕生日プレゼントは却下ね。
んー····、じゃあもうキリがないから旅行でもしよっか。
スケジュール組むの難しいから近場だけどその分奮発しちゃおう、ね?」
名前は俺の手を両手で握ってそう言って笑う。
名前も内心では俺に呆れていたりしているのだろうか。
だとしても仕方のないことなのだが。
「長居しすぎると風邪ひいちゃうかもだしそろそろ帰ろっか。
トーマスは明日も仕事だしね」
名前は俺の頭を軽く撫でた。
優しい優しい、その表情。
甘えていいよ、なんて優しく言ってくれているようなそんな笑顔に俺はいつになったら慣れるのだろうか。
「名前···」
名前の手を握る。
「なぁに?」
優しくて甘くて、なのにどこか刺激的な。
「···今日、まだ帰りたくない」
ついさっき飲んだホットチョコのように、優しい刺激を俺に与える。
「···ふふっ、私もおんなじ気持ち」
もうとっくに外気で冷えて冷たくなったそれをぐいと飲み干した。
「“うちに”帰ろっか、ね?」
先程まで嫌な汗を伝っていた背中が今は冷たい。
この冷えた身体もきっとすぐに温まるだろう。
空になったカップを名前と同じようにくず入れに捨て俺は名前の手を握った。
相変わらず名前の手は俺より温かい。
悪いなと思いながらもしっかりと握り返してくれる名前に俺は甘える。
手から伝わる体温だけで胸が満たされていく。
「旅行楽しみだね」
去年からやはり俺はツいている。
今年も最高の誕生日を迎えられそうだ。
どうか、どうかこの幸福がこれから先永遠に続きますように。
神頼みなんて柄じゃない、でも俺は今本気でそれを願った