余す事なく召し上がれ

食べる事とセックスには通じるものがあるというのは今や有名な話だろう。
それを昔聞いた時はくだらない眉唾だと少しも興味なんて沸かなかった。
それを今になって何故、言うまでもない。
俺にとってセックスが食事と同じくらい生活の一部になったからだ。

「昨日の夜に煮込んだから一晩寝かせてよく味が染みてるね」

野菜たっぷりに煮物は口に運ぶ楓の箸使いはいつもと変わらず綺麗だった。
前にそれを伝えれば毎日使っているものだから、名前はそう言った。
俺は家でも外食でもナイフとフォークを使う事の方が多い。
だが仕事関係の食事会等で割烹や料亭を利用することも度々あった。
だからそんな時恥をかかぬよう箸を使う練習をした時期があった。
少し苦戦したが恥ずかしくない程度に扱えるようになれば他人の箸の扱いにも目が行くようになった。
位の高い人間は大抵所作が美しかった。
だが全員ではない。
スポンサーの中には金に物を合わせ権力を振りかざす者の中にはどんなに高級店を貸し切ろうがその当人がお粗末な人間は少なからずいた。
そういう人間は金の使い方も食事の取り方も下品だった。

「トーマスはいりこだしとかつお節のおだしどっちの方が好き?」

今日の味噌汁はいりこだしでとったものだった。
名前の作る味噌汁はいりこだしでとったものはだしをとるだけではなくそれも味噌汁の具として残されていた。
もともと味噌汁を飲む習慣は無かった。
朝はトーストやクロワッサン、寧ろ食べない日も少なくは無かった。

それでもこうして名前と一緒に暮らすようになってからは朝帰りをして今すぐ寝てしまいそうになっても夜遅くなろうとも家にいる限りは朝食の時間には起きて名前の用意してくれた食事をとるようになった。

そんな日は食べ物を受け付けなかった筈なのに今では名前の味噌汁とご飯を食べなければなんだか物足りない気分になってしまったのだから人生どこで何が変わるかわからない。

「俺は···どちらかと言えばかつお節の方が好きだけどこっちも嫌いじゃない」

「やっぱり、なんとなくそうかなって思ったの」

今日はいりこだしの味噌汁だ、両方好きだと言うのがマナーとして正しかったのかもしれない、
それでも正直に答えたのはそんな事で名前が怒ることはないという事を重々理解していたからだ。
勿論先程の言葉通り今日の味噌汁が嫌だというわけではない。

もう古い文化なのかもしれないが日本人のプロポーズの台詞には《毎日俺の為に味噌汁を作ってくれ》というものがあるらしい。
俺はそれが凄く良い言葉だなと思った。
今時女が当たり前のように毎日料理を作るなんて、と批判する人間も多少いる。
それでも俺にはその言葉に安息を感じるのだ。
自分が帰る場所、自分が出掛ける場所は2人で住む場所なのだと、それが当たり前だと言っているようで。
だから別にそれが味噌汁でなくてもいい、俺が作ったって、それを2人で食べられるなら。
素の俺を知る奴が聞いたらきっと柄じゃないと笑われてしまうような話だろう。








「トーマス、疲れてない?」

名前が俺の上に覆い被さって俺の前髪を手櫛で横に鋤いて額に唇を寄せた。
鎖骨には柔なものが触れる。
先端はまだ柔らかくてのスイッチが完全に入っているわけではない。
それでも俺がgoサインを出せば名前のスイッチはすぐに切り替わるだろう。

「大丈夫だ。明日も休みだし俺もシたい。」

そう言って白い二の腕に触れれば名前はにっこり笑ってもう一度額にキスをした。

「辛くなったら早めに言ってね」

顔を包むように添えられた手、額から始まって瞼、鼻先、頬、耳と優しく優しく顔中に浴びせられるキス。
優しすぎるその行為に焦れったくなった頃名前は分かっているという顔で俺の唇を塞いだ。

「トーマスのその顔大好き」

俺だって名前のその顔が好きだと言いたかった。
この時だけじゃない、どんな表情をしていたって愛しくて堪らない。
ちゅっちゅっと小さく鳴るリップ音。
軽く吸っては焦らされるように逃げられて、でもすぐにまた吸われてぬるりと生暖かな舌が俺の唇をなぞる。

その快感を覚えてしまっている俺の身体はぴくりと反応してしまう。
名前は先程よりも体重をかけて俺の唇を塞ぐ。
胸に触れている柔なそこは先ほどとは様子が違っていた。
俺同様、それ以上に名前ももうスイッチが切り替わっているのだ。

深く深く攻め込まれる刺激、まだ唇にしか触れられていないというのに身体はもう完全に熱っている。

絡められた舌が熱い。

夕食の後歯はちゃんと磨いた。
それでも隅々まで執拗に舌を這わせられれば磨き残しはなかっただろうかと不安になる。
最も名前はそんな事を気にしない。
俺だって名前が相手なら気にする事はない。
それなのにそれを気にしてしまうのは焦らすように丁寧に丁寧すぎる刺激を与えられているからだろう。
何も考えられなくなるような激しいものではない。
大切に、大切に。


名前は食事に時間を掛ける方だ。
無論時間さえあれば、だが。
時間の掛かる調理も美味しいものが食べられるなら、と楽しんで取り組んでいる。
そして食べる量も多い。

快楽を得られるのなら、美味しさで満たされるのなら。
名前は手間を惜しまない。
じっくりと時間を掛けて米粒一つ残さぬよう綺麗に平らげる。


「そろそろ苦しくなってきちゃった?」


服の下でパンパンに腫れ上がったそれを布越しに撫でられた。
この分ではきっとまだまだ直接は触れてもらえないのだろう。
辛くなったら、という言葉はきっと俺がそういう意味で限界を迎えた時にしか出てこない。

名前は俺の胃袋を食事で変えさせた。

名前は俺の熱をその身体で変えさせた。

食事とセックスは通じるものがある。
俺は身を持ってそれがあながち間違っていないのだという事を思い知らされた。