「みゃおん」
仕事を終えマンションに帰宅して今まさに部屋の鍵を開けようとしたその時だった。
私の足に何か柔らかいものが触れたのは。
「え?あ···ねこちゃん·····どうしたの?」
下に視線を向けそこにいたのは変わった毛色をした猫だった。
猫は私の足に何度も何度も身体を擦りつけている。
「甘えん坊さんなのかな?」
その場にしゃがみこんで頭を撫でるとその猫は気持ち良さそうに目を細めた。
首輪はついていないが野良猫とは思えない程綺麗な毛並みをしていた。
体型は少し細めかもしれない。
「迷子さんかな?」
そう話しかけると猫は首を左右に振った。
偶然ではあると思うがあまりにもタイミングがよく、まるで私に返事をしたかのように錯覚した。
「まさかね···ねぇ、可愛いねこちゃん、うちに来る?」
返事など帰ってこないとはわかりつつも私はその猫にそう訊ねてみた。
すると不思議な事にその猫は今度は首を立てに振って嬉しそうに小さく一度鳴いたのだ。
「·······ぐ、偶然、だよね?」
顎のあたりを指先で撫でれば猫は気持ち良さそうに目を瞑る。
やはりただの猫なのだろう、そう安堵のため息をついて私はその猫を抱き抱えた。
「本当に大人しい子だね」
抱き上げてもなお猫は大人しくしていた。
それどころか寧ろ私の胸にすり寄ってきたのだ。
随分人慣れした子だと思いながら私は部屋の扉を開け中に入った。
ペット可のマンションに住んでいて良かったなぁと思った。
部屋の鍵もチェーンをかけ靴を脱いで部屋に上がる。
電気を付けエアコンのスイッチを入れ、ソファーの上に柔らかなブランケットを敷いてそこに猫をおろした。
「一応貴方が迷子か確認する為に明日動物病院や保健所に問い合わせないとね」
暖かいお湯でタオルを洗いそのタオルで猫の足裏を拭いた。
抵抗して暴れる様子はない。
かなり人間慣れしているのか物凄くおっとりしているのか果たしてどちらだろうかと考えた。
「あっ、貴方のご飯用意しなくちゃね」
と言っても当然だがわが家にキャットフードはない。
買いに行くべきかと悩むも今日はどうしても疲れてしまっていて気のりしない。
「···ごめんね、今日だけね」
冷蔵庫に今夜サラダに使おうと下茹でしておいたささみがあったのでそれを小さく裂いて猫に差し出してみた。
猫はすぐにそれを食べ始めたので安心して器に入れて猫の前に差し出した。
しかし猫はそれを食べようとせずにこちらを見上げてにゃーんと鳴いた。
「どうしたの?やっぱりご飯買いに行ったほうがいいかな?」
そう一人言のように呟けば猫は私の手をチロチロと舐めた。
それは甘えているようにしか見えなかった。
「え···もしかして····」
まさかとは思いつつも私は先程と同じように手に鶏肉を乗せて猫に差し出した。
すると猫は再びそれを食べ始めた。
無くなるとまた一鳴きしてそれをせがむので同じようにそれを何度も繰り返し結局全て食べ終えるまでそれは続いた。
「····本当に甘えたさんなねこちゃんね」
食べ終えて満足した猫は私の手の甲に頭を擦りつけた。
撫でてとせがまれているように感じとれたので私は再び猫の頭を撫でた。
猫はやはり嬉しそうに鳴いた。
「私はお風呂に入ってくるから待っていてね」
自身も簡単な食事を済ませそう声をかけて立ち上がると猫も同じように立ち上がった。
脱衣場まで行くも猫は同じように着いてくる。
「貴方本当にお利口さんで甘えたさんね」
もう一度しゃがんで猫を撫でた後服を脱いで洗濯機に放り込んだ。
そして浴室のドアを開ける。
一人にされるのが不安なのだろうか、猫は嫌だと言わんばかりこちらを見上げて鳴いている。
「ごめんね、少しだけ待っていて?」
そう言って浴室のドアを閉めた。
シャワーで身体をお湯で流し髪と身体を洗う間も猫は扉のすぐ後ろで鳴いていた。
可哀想に思うも身体が疲れていたので少しだけ湯船に浸かりたい気持ちがあったので身体を洗い終えた後湯船に浸かる。
依然猫は鳴いている。
「ごめんね、もう少しだけ待ってて?」
顔が見えなくて不安なのだろうかと思い扉を少し開ければ猫は浴室に飛び込んできた。
「貴方、全然水が怖くないの?」
猫は私に向かって自信ありげな顔で鳴いた。
私はどうしようか迷って洗面器に温めのお湯を張り猫を入れた。
そうされても猫は嫌がる素振りを見せない。
「本当に変わった子ね」
身体をマッサージするように洗ってみてもそのお湯は濁らなかった。
見た目の印象通り本当に綺麗な子だったらしい。
「お風呂も好きなのね」
お湯を張り替えた洗面器に再び猫を入れれば気持ちよさそうに猫は目を閉じた。
今日数時間で私の中の猫のイメージがガラリと塗り替えられたように思う。
「もし迷子さんじゃなかったらこれからは一緒に入ろうね」
そこでまた猫は返事をするかのように一鳴き。
まるでアニメか何かに登場するような不思議な猫だった。
お風呂から出て身身体にバスタオルを巻いてから猫をタオルで包んで抱き上げた。
ソファーに座り膝の上で猫の身体を拭きながら思案した、果たしてドライヤーはどうなのだろうか、と。
ある程度乾かし終えたところで恐る恐るドライヤーのスイッチを入れた。
しかしやはりと言うべきか猫はケロリとしていた。
「···でもやっぱり騒音ってストレスになるみたいだしこの機会に音の静かなドライヤー買うからね?」
だから今日は我慢して、そう話しかければ猫は満足げな顔をしたように見えた。
猫の身体を完全に乾かし終えた後自身の髪も乾かした。
猫はずっと私の膝の上に乗ったままだった。
「迷子さんじゃなかったらちゃんと貴方のお布団も用意するから今日はここで寝てね」
猫にそう言って再びブランケットの上におろすも猫は私の身体にすり寄ってきた。
居たたまれないと思いながらも私はベッドに入って布団に潜り込んだ。
すると猫は同じようにベッドに登って私の顔をぺろぺろと舐め始めたのだ。
「····一緒がいいの?でも潰しちゃいそうで怖いんだよね····」
大丈夫だと言わんばかりに猫はぺろぺろと私の顔を舐める。
結局私はそのおねだりを拒否出来ずに猫を布団に迎え入れた。
「おやすみ、ねこちゃん」
最後にもう一撫でしてそう挨拶をすれば猫は目を閉じた。
枕元に置いてあるリモコンで部屋の電気を消し私自身も眠りにつこうと目を閉じた。
しかしその日は中々眠りにつくことが出来なかった。
理由は分かっている。
あまり大きな声では言えない、だいたいの生物が持ち合わせている"あの”欲求のせいだった。
「(····週末だから、シようって思ってたから·····ペットを飼ってる人ってこういう時どうしてるんだろう)」
私は今まで動物の類いを飼ったことがなかった。
母が動物が駄目な人だったのだ。
子供の頃はペットを飼っている家の友達を羨ましく思っていたがまさか自身がこんなことで悩むだなんて思いもよらなかった。
「(····最近出来てなかったから····)」
そっと自身の下腹部に指が触れた、その時だった。