わからない

「え····え、むぐっ」

ベッドが大きく軋んだ。
そして目の前には私より背丈があるであろう男が突然目の前に現れたのだ。

突然のその現象にパニックを起こし叫びそうになった私の口を男が素早く塞いだ。

「大丈夫だから、落ち着け」

男は静かに穏やかな口調でそう言った。
だがそうだとしても私は目の前に突然現れた男に対して冷静になることなど出来なくて恐怖から涙が溢れてきた。

男は大丈夫だから、と何度も言って私の涙を舌で舐め取った。
初めて現れた正体不明の男に顔を舐められことに益々恐怖するも何度も何度もそうされるうちに違和感に気がついた。

男の舌が妙にざらついていたことに。

ようやく涙が引っ込んだ頃男は私の口を塞いだまま枕元に置いてあったリモコンを使って電気をつけた。

初めてはっきりと見えた男は変わったら毛色をして美しい目をした妖しい程顔の整った男だった。

「(な、····見覚えが、あるような····)」

その男とは間違いなく初対面な筈だ。
これ程特徴のある見た目をしていれば忘れる筈がない。
何故だろうと考えハッとして私は視線をキョロキョロと動かした。
先程まで隣にいた猫がいないのだ。

「お前が探している奴は目の前にいる」

男は私の事を見透かしたようにそう言った。
自分がさっきの猫だとでも言うのだろうか、そんな馬鹿なことがあるかと叫びたくなるも口は塞がれていて叶わない。
そしてそんな筈がないと思いつつも私はうっすらそうなのではないかと信じかけている。

あの猫は少し異様すぎた。
あんな毛色をした猫を私は今まで見たことがない。
こちらを全て見透かしているような目は今私の口を塞いでいる男とそっくりだった。
あの猫は人間の言葉を完全に理解しているようにしか思えなかった。

震える手で男の手をぽんぽんと軽く叩いた。
男は叫ぶなよ?と優しく言って私の口から手を離した。
私は後ろずさろうとするも腰が抜けてしまったようで起き上がることせえできなかった。

「いい子だな、名前」

「なっ、···で」

男はにこりと笑って私の名を呼んだ。
私はこんな男を知らないのにどうしてこの男は私の名を知っているのだろうか。
それは私にとって恐怖でしかない事だった。

「ああ、お前の名前を知っている理由か?
まぁそうだな、お前は有名なんだよ。
俺達にとっては、な」

俺達、とは誰の事なのだろうか。
分からない、この異常な状況に頭がパニックを起こしていて何も考えられない。
男はそれを分かっているようで私の頭を撫でながら優しく笑いかける。
しかしそこ笑顔も今の私には逆効果でしかなかった。

「まぁもうめんどくさいから直球で言うがさっきお前が部屋に入れた猫は俺だ」

けろっとした顔で話す男にそんな馬鹿なことがあるかと叫びたくなるがどこかそれを納得してしまっている自分もいて私は頭痛がしてきた。

「ああ、信じられないっていうならさっき風呂に入った時に見た名前の身体にあった···」

「い、言わなくていい!!信じる!信じるから!!」

慌てて男が口にしようとした言葉を制止した。
認めたくなんてなかったが私はどうやら本当にこの男の前で服を脱ぎ全てを晒してしまったようだ。
羞恥心で泣きそうになった。

「そんなに焦らなくていい。
名前、俺はお前に言わなくちゃならねぇ事があるから会いに来たんだ。
そしてそれを伝えるにはこの姿にならねぇと無理だ。
怖がらせて悪かった。」

「······つ····伝え、なきゃ····なら、ない、···こと?」

男は優しく笑う。
先程より恐怖を感じなくなったのは男の正体があの猫だと知ったからだろうか。

「俺はまぁ···見ての通り普通の人間でも普通の猫でもない、人間的に言えば化け猫ってやつだな」

男がさらりと言ったその事実に頭はぐちゃぐちゃになる。
それでも男が嘘をついていないことはなんとなく分かる。
普通の人間は猫になんてなれない、それは普通の猫とて同じだ。

「んでだ、····名前、お前も普通の人間とは少し違う」

「······え·····な、なにを·····言って····」

まさかこの男は私も化け猫だとでも言うのだろうか。
そんなことがある筈がない。
私は両親から普通に人として生まれてきた。
猫になんてなったことがない。
わけがわからない、一体私がなんだと言うのだ。

「焦るなよ、·····そうだな、お前昔っから異常に猫に好かれてただろ?」

「え·····あ····」

男の言うことは正しかった。
私は何故か猫に好かれやすく学校の帰り道何度も猫がすり寄ってくるものだから飼いたいと母親にすがるも母親は猫アレルギーだから、と私から視線を逸らし許可してくれなかった。
父親にせがむも父はなんとも言えぬ表情でごめんな、と私の頭を撫でたのだ。
両親が大好きな私は申し訳なさそうな二人顔を見てそれ以上我が儘を言えなかった。

「お前が猫に好かれる理由ってのはな、お前が特殊な、猫にだけ効くフェロモンを出してんだよ」

「ふぇ、フェロモン?」

どんどん話がおかしな方向に向かっている。
そもそも目の前の男が化け猫だという時点でもうおかしいのだが。

「お前が·····ぶっちゃけ性欲が涌いた時だな、その時全身からすげぇフェロモンが溢れ出してんだよ。
あとは生理の時だな。
猫に好かれ始めたのもその年頃からだろ?」

「〜!?」

男の言葉に思わず叫びそうになった。
それでも冷静に考えて記憶を辿ればそれを強く否定出来ないのだ。
思春期を迎えそう言ったことに興味を持ち始めた時期、初めてソコに触れた時からそういう事をするとき決まって外で猫が鳴いていた。
それも複数匹の猫が。
生理の日体育の授業を休んで見学していればグラウンドでもプールサイドでもやたらと猫が寄ってきて騒ぎになって何度か授業が中断したことがある。

私はあまりの事実に泣きそうになった。

「んでだ、ある時からそれが収まっただろ?
あれは俺がお前を守ってたんだよ」

男は続けてとんでもない事実を口にした。
この男が私を?と疑問を持つも確かに一時期からそれは止んだのだ。
不自然な程、ばったりと。

「俺はこれでも"化け猫”だからなぁ。
普通の猫にはない力を持っていてな···」

この辺の猫は俺の言う事には逆らえない、そう言って私の手をとって手の甲をぺろりと舐めた。
もう先程までの震えは止まっていた。
手に触れた舌はやはりざらついていてその男が普通の人間ではないと語っていた。

「お前のフェロモン、これだけ至近距離で受けたら普通じゃない俺でさえ耐えられなかった。
本当はこんなに早く正体を明かすつもりなんてなかったんだ」

「そ、そんなこと、い、言わないで、よ!」

今は人間にしか見えないこの男には私がムラムラしていたことが筒抜けなのだという事実に私は気が狂いそうになった。
そんな事を知ってこれからどうやって生活していけばいいのか分からない、そう頭を抱えこめば男は私の頭を優しく撫でる。

「要は適度に溜め込まずに吐き出せばいい、それだけだ」

「へ?」

男はそう言って私の唇に自身の唇を押し当てた。
私の思考は再び停止した。