ペットショップで会計を済ませ店を出た。
結局買ったものはおやつと首輪だけだった。
「服とかって、どうする?」
「ああ、それは俺が自分で買う」
トーマスは財布を取り出した。
化け猫の彼がどのようにしてお金を手に入れているのか気になるところだ。
「大丈夫だ、真っ当な金だから」
トーマスには何を考えていてもすぐバレてしまうようだ。
しかし真っ当だとい言われると逆にどのようにして手に入れたものなのか気になる。
「そのうちちゃんと話すから、あ、首輪のお礼に俺が名前に服プレゼントする」
「えっ?そ、そんなの気にしなくていいから!」
彼の提案を断ろうとするも私の言葉なんて聞きもしないで手を繋いでぐいぐい進む彼に引っ張られるようについていく。
こういうところはまるで子供みたいだと思った。
「俺が買いたいんだよ!だからほら!」
トーマスに促されて入ったお店は随分と可愛らしいデザインのものを取り扱う店だった。
基本的に無難でシンプルなものしか買わない私には少し勇気がいるような。
そしてゼロが1つ多かった。
「ト、トーマス、こ、これは流石に、私には勿体無いというか····」
トーマスは私の身体に可愛らしいワンピースをあてては何やらぶつぶつと一人言を呟いている。
どうやら私の話を聞くつもりはないらしい。
いつの間にかやって来た店員さんと二人で当事者である私そっちのけで服の相談をし始めた。
それに圧巻していると結論が出たらしく店員さんに試着室まで案内されて服を手渡されドアを閉められた。
私はそれに抗うことはせずに覚悟を決めその服に着替えた。
良い服を着ていると心までシャンとするというのは本当らしい。
鏡に写る私はいつもより背筋が伸びているように見える。
「いかがですか?」
コンコンと試着室をノックされ私はおそるおそるドアを開けた。
ドアの向こうにはトーマスも立っていて私の姿を見て満足げに微笑んだ。
私はその笑顔にドキっとしてしまう。
「これ履いてみろ」
今度はシンプルだが可愛らしいパンプスを手渡され、店員さんはすかさず私に椅子を用意してくれた。
まるで店員さん二人がかりの接客を受けているような錯覚を覚えた。
そのパンプスは私の足に怖いほどぴたりと合っていて立ち上がってみてもとても楽だった。
「んで後はこれな」
トーマスは私の髪をささっとハーフアップにしてそこにヘアアクセサリーを付けた。
そしてネックレスとイヤリングを着けて再び私を試着室の鏡の前に立たせた。
「似合ってる」
今まで生きてきて初めて見る自分の姿だった。
こんなにも“女の子”な装いをしたのは初めての事だ。
私は見慣れない自分の姿に照れて鏡を直視出来ずにいると後ろで店員さんが私の着ている服のタグを外し始めた。
「えっ!?あ、あのっ」
「お連れ様からもうお代金を頂戴しております。
とてもよくお似合いですよ。
今日は素敵なデートをお楽しみくださいね」
試着というかこれは着替えだったらしい。
店員さんは素早く私の着ていた服を丁寧に畳んでお店の袋に入れてくれた。
明らかに高級そうなお店の紙袋だなんて感想を持った私は実にこの店にそぐわない小市民なのだろう。
店員さんからその袋を手渡されると当たり前のようにトーマスがそれを受け取った。
再び手を握られる。
深々とお辞儀をする店員さんに会釈をして私達は店を出た。
「結局私の方が高価なもの貰っちゃったじゃない」
「俺がしたくてしたことなんだから別に良いだろ」
総額を計算するのも恐ろしいプレゼントをされてしまったことに罪悪感を覚えこれほどの額は出せないが何かお返しをさせてほしいと言ってトーマスがなら、とおねだりしたのはよくあるチェーンのカフェの飲み物だった。
全然私の言いたい事を理解していないとげんなりするも先程から慣れない事の連続で妙な緊張感に喉が渇いていたのは事実だったので取り敢えず私達はそこに入店した。
トーマスは期間限定の甘い飲み物を注文し私はとにかく喉を潤したくて大きなサイズのカフェラテを購入した。
時間が既に夕方を迎えていたこともあってか店内は比較的空いていたので私達はゆったりとした席に着くことが出来た。
席に着いてすぐに私はカフェラテで喉を潤した。
そこでやはり自分が思っていた以上に気を張っていた事を自覚する。
こんなにカフェラテを美味しく感じたのは初めてかもしれない。
「名前って分かりやすいよな、ほんと」
トーマスはそんな私を見て笑う。
彼がその飲み物を飲んでいる姿はあまりにも絵になっていてまるでその姿がその商品のポスターのようだと思った。
きっと何をやらせても様になるのだろう。
「ほら」
「え」
トーマスの飲んでいたものを私に差し出された。
飲めということなのだろうか。
だがそれは彼の飲みかけのもので、どうしようかと決めかねているとトーマスは呆れた顔をする。
「今更間接キスくらいで悩むか?」
彼の言葉に昨晩の出来事が頭の中で鮮明に蘇る。
私はそれを払拭するように勢いで彼の飲んでいた飲み物を口に含んだ。
それは今の私には甘すぎた。
「フェロモンなんてなくてもあてられそうになるな、名前といると」
もう飲み物が甘かったのか彼の存在そのものが甘いのか私には分からなかった。
晩御飯をどうするかと訊ねるとトーマスは私のご飯が良いと即答したのであの後食材を購入して帰宅した。
家に帰るなりトーマスは再び猫に戻り先程買ったペットショップの袋を私に差し出した。
おやつが欲しいのかと思いそれを取り出すも違うと首を横に振る。
袋に顔を突っ込んで首輪を咥えて私に手渡した。
どうやらこれを早く着けて欲しかったようだ。
私はタグをハサミで切り取ってトーマスの首に巻いた。
トーマスは急いで鏡の前に飛んでいき鏡に写る自分の姿に満足げな表情を浮かべていた。
その姿は先程までの彼とはまるで違っていた。
「本当にオムライスで良かったの?」
「ああ!名前がよく食べてたろ?俺も食べてみたかったんだ」
私の料理が食べたいと言うので一応何か希望はないかと訊ねてトーマスから返ってきたリクエストはオムライスだった。
私が作るオムライスなんて至ってシンプルなケチャップを使ったものなのだが。
「よくって····もしかしてお弁当?」
「ああ、外のベンチで食べてたろ?あ、ケチャップ俺の分ハート書いて」
確かに私のお弁当の定番はオムライスだった。
理由はオムライスであればとくにおかずはいらないだろうという実に現実的な事情によるものなのだが。
私は出来上がったオムライスに彼の希望通りハートを書いた。
「名前の分は俺が書く!」
トーマスがそう言うのでケチャップを彼に手渡せば同じように大きなハートを書いた。
まるでバカップルのようだと恥ずかしさでいっぱいになった。
「いただきます!」
「いただきます」
二人並んでオムライスを口に運んだ。
いつもはお弁当用として作っているので薄焼き玉子で包んでいるが今日は玉子を贅沢に使っているからふわふわだ。
出来たてだということもありいつもより美味しく感じられた。
「美味い、俺ずっと食べたかったんだ」
もぐもぐとそれを口に運んでは飲み込んでまた口に運んで、彼は夢中で食べていた。
こんなものでこれ程喜んでくれる彼が側にいるからこそ今日食べたオムライスはこんなに美味しく感じられたのかもしれない。
「名前、名前」
名前を呼ばれ彼の方を見れば朝と同じように口を大きく開けた。
食べさせてほしいのだとすぐに理解したのでスプーンで一すくいして彼の口元へと運んであげればぱくりとそれを口に含んでもぐもぐと咀嚼する。
「名前に食べさせてもらったらもっと美味い」
やはり私は可愛い彼にとても弱いようだ。
食事を終え食器も洗い終えた頃、事前にお湯を溜め始めていたお風呂の準備が出来た。
私は手を拭いてエプロンを洗濯機に放り込みクローゼットから着替えを用意する。
彼は再び猫の姿に戻っていてソファーの上で夢心地だったので声をかけずに脱衣場へと移動し扉を閉めた。
するとすぐにばたばたと足音が聞こえて開けた扉が開かれてしまった。
「え、な、なに?どうしたの?」
先程までとはうって変わって不機嫌そうな顔で私を睨むトーマスに後退りをすればその分彼は私に詰め寄った。
「あ、あの、私お風呂に入るから···」
出ていってほしい、と目で訴えると彼はとんでもない事を口にした。
「昨日名前が言ったんだろ!
これからは一緒に入ろうって!」
「えっ···」
昨日の記憶を辿る。
確かに私は昨日彼にそう言った事を思い出した。
だがそれを今になって掘り起こされては困る。
昨日と今日では全く状況が違う。
昨日は彼がただの猫だったからこそ口にした言葉だった。
人間とは違うとは言われたところで彼の今の姿は人間そのもので男性特有の身体をしている。
彼が男だということは昨日嫌というほど理解したのだ。
そんな彼と改めて風呂を共にするなんて出来る筈がない。
「約束破るのか?俺の事そんなに嫌い?」
「き、嫌いなんて、言ってない、けど」
「俺は名前とずっと一緒がいい、二人でいるのに一人は嫌だ」
眉を下げて寂しそうに目を潤ませてその声は震えている。
向けられた視線が身体に突き刺さる。
結局私は抵抗虚しく彼のおねだりに負けて一緒に入浴することになってしまったのだ。