「気持ちいいな、名前」
「うぅ···あ、あまり触らないで···」
トーマスは私を後ろからぎゅうぎゅうと抱き締めている。
それは子供がお気に入りのぬいぐるみを誰にも渡さないと強く抱き締めるように。
勿論お風呂の中なのでお互い裸だ。
昨日はわけもわからぬうちに食べられてしまったのであまり彼の身体を見ることはしていないのだが今はしっかりと見える。
抱き寄せられている胸板は硬く肩幅も私よりしっかりしている。
太股は贅肉なんて殆どなくて肌に触れる所は私よりずっと硬い。
腕はさほど太くないのにその腕を振りほどくことが私には出来ない。
何度も何度も繰り返し彼が男だということを見せつけられる。
「安心しろよ、名前がフェロモン出してない時は襲わないから」
彼はそう言ってペロペロと私の頬を舐める。
彼のこの行為にも慣れはしてきたのだが今この状況でのそれは勘弁してほしい。
それにその言い様もだ。
それではまるで私が誘っているように聞こえる。
確かに私はあの時むらむらしていたのは嘘ではない。
それでもそんなの生き物なら当然の欲求だと思う。
どうして私だけがそんな特殊な体質を持って生まれてきたのだろうか。
「また不安になってるのか?」
トーマスはちゅっと音を立てて私の頬にキスをした。
彼に考えていることが筒抜けになってしまうのもなかなか困った話だ。
「····ねぇトーマス、····私みたいな人って他にもいるの?」
「ああ、凄く稀にだがな。
·····気付かないか?お前の側にもいたんだよ、“そういう”奴が」
トーマスはそう言ってフッと笑った。
そして私の側に私と同じ人がいただなんて衝撃的な言葉をさらりと口にした。
「え、だ、誰が、え?誰なの?」
「どうしても分からなきゃそのうち教えてやるよ、だから自分で考えてみろよ」
ずっと優しかったトーマスが私に初めて意地悪な事を言った。
それに少し不満を抱きつつも私は必死で記憶を辿ってみた。
私の交友関係はそこまで広くはない。
それでもそんな狭いコミュニティの中でそれに属している人に思い当たる人はいなかった。
「ま、ゆっくり考えてみろよ。
このまま考え続けたら逆上せそうだからそろそろ出ようぜ」
トーマスは私の頭を撫でてそう言った。
答えを教えてくれなかったトーマスに不満を抱きつつも私は頷いて風呂から出た。
今日はトーマスは人間の姿をしていたので自分で身体を拭いていたので私も自身の身体を拭きそそくさとパジャマに着替えた。
昨日はうっかりおろさかにしてしまった肌の保湿ケアをしてドライヤーで髪を乾かし完全に乾いた頃にはやはりと言うべきかトーマスがこちらを期待した目で見つめたので私は何も言わずに彼の髪を乾かした。
「それにしても本当に変わった髪色だね。
お父さんやお母さんもそうだったの?」
口にしてから気が付いた。
化け猫という特殊な存在の彼に当たり前に親はいるのだろうか、と。
不躾な質問をしたかもしれないと胸がざわつくも彼は至って普通だった。
「俺の家族は髪色自体は変わった奴が多いけど、まぁそうだな、こんな風に色が2色ってのは兄貴と俺くらいだな」
「····お兄さんがいるの?」
彼に兄がいると聞いてなんとなく納得した。
彼の甘えん坊な所は弟気質なのだと言われたらしっくりくるから。
「ああ、いけすかねぇ野郎だけどな。
いつも俺のやることなすことケチを付ける嫌味な奴だ」
その話を聞いてきっとトーマスのお兄さんは真面目で心配性な人なのではないだろうかと思った。
トーマスの事を大切に思っているからつい口煩くなってしまうのではないか、なんて。
私のお父さんがそんな風だからそれを重ねているだけなのかもしれないけれど。
「····名前と家族はどうなんだよ?」
「うち?うちはね、お父さんとお母さんと私の3人家族。
あ、うちはお父さんが外国人でね、私ハーフなんだ。
そういえば私のお父さんもちょっと変わった髪色なの。
うちのお父さんもちょっと口煩いかもしれない」
でも凄く優しい、そう伝えるとトーマスは少しだけ拗ねたような表情を見せた。
「俺の方が名前のことずっと大事に出来る」
「うぇっ!あ、ありがと、う?」
まるで愛の告白のようなストレートな言葉に私の顔は再び熱くなる。
一体これで何度目だろうか。
「····名前は父親の事好きか?」
「え?あ、うん····自慢のお父さんだって思ってるよ」
大人になればなるほど両親の厳しさが私を想っての事だったと理解した。
きっと子供の頃より今の方がずっと二人を好きでいると思う。
さすがに面と向かってそれを伝えることは出来ないけれど。
「···俺はやっぱり気に入らねぇな、ったく苛つく兄貴だぜ!」
トーマスは何かを思い出したのかイラついた表情で不満を述べている。
その姿はやはり駄々をこねているように思えて微笑ましかったので私は彼の頭を撫でた。
「···ガキだと思ってんのか?」
「そういうわけじゃないけど···ごめん、嫌だった?」
「···嫌なんて言ってない」
トーマスは恥ずかしかったのか再び猫の姿に戻って私の膝に乗った。
そういえば首輪は人間の姿になっている間は消えてしまうらしい。
猫の姿のトーマスにはちゃんと今日購入した首輪が付けられたままだった。
動く度にチリンチリンとなる鈴の音がなんとも猫らしくて心地良い音色だった。
歯を磨き眠気で意識がうとうとしてきたのでそろそろ眠ろうとソファーから立ち上がればすぐ隣で眠っていたトーマスも目を覚まし立ち上がった。
私より先にベッドに飛び上がり私に早く来いと視線を送る。
微笑ましい気持ちで私はベッドに上がり布団に入った。
掛け布団を少し捲れば彼はスルリとそこに入り込んで顔だけ布団から出して私にぴったりとくっついた。
「おやすみなさい、トーマス」
最後にもう一撫でして部屋の明かりを消した。
今日は驚く程早く眠りについてしまった。
名前が眠りについて暫く、真夜中に俺は目を開ける。
再び人間の姿になって隣で安心しきった顔で眠る名前の顔を覗き込んだ。
「お前にとっての一番は誰なんだろうな」
小さく呟かれた言葉に返事はない。
すべすべとした柔らかい肌に触れる。
この身体がどんなに柔らかいのか、本当の意味で知っているのは俺だけなのだと自覚するとそれにどうしようもないほど幸福感を覚える。
「本当はいつだってお前を抱きたい、今この瞬間も」
呼吸で上下する胸の谷間に顔を埋めて肺いっぱいに名前の香りを吸い込んだ。
その匂いは俺にとってはフェロモンなんて関係なしに俺を欲情させる。
「俺の方がずっとお前を想ってる」
その嫉妬を誰に向けているのか、それを名前が知ったらどんな反応をするのだろうか。
「····絶対に誰にも渡さねぇから」
確実に名前を手に入れる為に必死で自身の欲望を抑えつけた。
「····100年近く生きてきてこんな感情を抱いたのはお前が初めてだよ···名前····」
最後にそっと触れるだけのキスをして俺は名前を抱き締めて眠った。
その身体の柔らかさに溺れるように。