「貴方、彼女の事いいの?」
明日香は心配そうな顔を俺に向ける。
明日香は気付いているのだろう、俺が名前を忘れてなどいない事を。
「ああ」
そう、あいつは俺なんかと関わらない方がいい、そう思うようになったからこそ家を出たんだ。
最初は都合の良い関係だった。
それでもだんだんと情のようなものが湧いて、次第に俺がそこにいる理由が変わっていった。
それが本当はどういった感情だったのかは正直な所俺にはわからない。
ただ働きづめで帰ってきても名前は俺を見るとたちまち元気になった。
布団に入ると泥のように眠る名前は本当に疲れていたのだと思う。
夜中俺がベッドを抜け出そうが身体に触れようがあいつは一度だって目を覚ます事がなかったのだから。
俺といる為に名前は必要以上の仕事を受け入れている事を知った。
その分俺の懐は潤ったし快適な生活を送らせてもらっていた。
それでも、そこに名前がいないことをなんだか虚しく感じるようになっていった。
俺におかえりと言われるだけで名前は水を得た魚のように元気になった。
俺にいってらっしゃいと言われる為に名前はどんなに具合が悪そうでも会社に出勤した。
どんなに疲れていても俺には笑顔を向けていた。
そこで気付いた。
俺の存在が名前を傷付けているのだということを。
「ねぇ、十代。貴方彼女の事好きなのでしょう?」
明日香は俺にそう言った。
好きか嫌いかで言えば勿論嫌ってなどいない。
好きかと言われたら少し考えてしまう。
そんな感情なのだろうか。
そもそも俺にとっては明日香や万丈目達に対してだって俺は所謂好きという感情を持っている。
だが名前に対してはそれとは違う気がする。
「嫌いではないけど、明日香達に対する感情とはまた違う気がする」
そう答えると明日香は俺の回答にため息をついた。
「貴方って本当に鈍いわね。
つまり貴方は彼女の事を愛している、そういう事じゃないの?」
俺にその問いに対してyesと言う資格があるのだろうか。
資格云々は別としても今名前に俺の勝手な気持ちなど伝えるべきではないと思う。
「俺はあいつを好きになる資格なんてない。
きっとあいつもそのうち俺みたいな奴を想っていても仕方ないって気付くさ
」
俺のその言葉に明日香は眉間に皺を寄せ呆れた表情で言った。
「本当に貴方は何も変わってない、馬鹿な男ね。
何があったか知らないけれどどうせ卒業する時と同じように勝手に姿を消したのでしょう?
貴方が彼女の為を思って何も言わずに離れた事なんて貴方の自己満足でしかないわ。
何があっても貴方と離れたくない、きだと彼女はそう願っていたと思うわ。」
まるで見ていたかのように話す明日香に言葉が詰まった。
俺のしたことは自己満足でしかないのだろうか?
俺を思い出して悲しむかもしれない名前の心情を危惧して名前の部屋に置いていた俺の物は全て持ち出した。
俺自身も名前を思い出したくなくて必要最低限の物以外持ち出したものは殆ど処分してしまった。
「でもね、十代。
今はここにいるけれどきっと貴方はまた時が来たら何処かに行ってしまうのでしょう?」
俺が今ここにいるのは今自分がやるべきことがここにあるからだ。
その為に名前を利用していたにすぎない。
それだけだったんだ。
「貴方を待つことが苦痛かどうかは貴方が決めることではないと思うわ。
それを決めるのは彼女ではないかしら?」
明日香の言った言葉に息が詰まった。
俺はまた間違えてしまったのかと。
「貴方の態度を見るかぎりきっと彼女とはあまり人には言えない付き合い方をしていたのでしょうね。
でも貴方は今その時の貴方とは違うんじゃない?」
明日香は決して俺を逃がそうとしない。
見たくなくて蓋をした俺の心を無理やり抉じ開けようと容赦なく鈍器で打ち付けてくる。
「貴方の未来まで私が指図する気はないわ。
それでもただ真っ直ぐに、相手の都合上なんてお構い無しに自分の本心をぶつけてくる、それが遊城十代の悪い所でもあり良い所でもあったと私は思ってるわ」
学生時代を思い返す。
随分勝手をさせてもらったと思っている。
3年間で色んな事があった。
関係がギクシャクしたこともあった。
それでも今俺は明日香とこうして友人でいられる。
それはなぜだろうか。
その答えを明日香が教えてくれた気がする。
「明日香、お前は最高な女だよ」
いつまで経っても子供な俺の背中を目一杯押してくれる。
そんな頼れる友人が出来た事に心の底から感謝した。
「今更知ったの?
貴方も惜しいことをしたわね」
卒業後こっそりと入れられていた手紙から明日香の俺に対する気持ちはなんとなく理解した。
それでも数年後こうして再び再開した明日香の指にはシンプルだが高級感のあるリングがはめられていた。
明日香はなんの影も落とさずとても幸せそうに笑って近々結婚するという事を俺に報告した。
俺もそんな明日香を心の底から祝福した。
「俺はあいつも明日香のように幸せになって欲しかったんだ。
でもあいつは明日香じゃないんだよな」
名前からすれば身勝手に消えた俺が突然心変わりしただなんて受け入れられないかもしれない。
今更だと怒るかもしれない。
「貴方は他人を振り回す効果魔法を持っているわ。
思う存分発動させてしまいなさい」
「それで反射罠を受けるのか?」
「そう、貴方はボコボコにされる為に行くのよ」
明日香は笑った。
そう、確かに俺はそうだった。
「じゃあその効果最後に一度だけ使ってぶん殴られてみっか」
俺はなぜか名前に殴られたいと思った。
だから相手の都合なんてお構い無しな子供の頃の俺でもう一度だけ名前にぶつかってみよう、そう決めた。
そして今度は俺がフられて万丈目達も呼んで明日香にもう一度説教をしてもらおう。
「じゃあな明日香!いってきます!」
名前の家に向かって走り出した俺の背中に明日香がエールを送った。
しっかりやりなさい、と。
走り出した身体は昔のように軽かった。
そう感じてしまうほど俺は名前の事が好きだったのだ。