その日の授業中、私は十代の後ろの席にいた。
基本的に私は十代の隣には座らない。
十代はどうせ寝てしまうだろうし翔君や剣山君が十代の隣に座りたがる事を知っているから。
なんて言ってはみたけれど本当はもっと大きな理由が一つある。
(ああ、なんて綺麗なんだろうか)
私はそこから見える風景にうっとりしてしまう。
斜め上からしか見えない。
私は十代のうなじから肩にかけてのラインがどうしようもなく好きだった。
(そこに骨が軋む程噛みつきたい)
私がそんな危ない思想を抱いていることを十代は知らない。
「貴方目が怖いわよ」
明日香から注意が入った。
明日香にはその私の欲求を話したことがある。
あの時の明日香のひきつった表情は忘れない。
本当は首筋だけでなく関節という関節全てに噛みついてやりたいしなんだったら指とか噛みちぎってやりたいくらいに思ってるって事は言うのをやめておいた。
いや、そんな事したら十代の大好きなデュエル出来なくなっちゃうしね、本気ではしないよ、あくまで願望。
「もう少しソフトなものじゃダメなの?」
授業が終わり明日香と二人で人気の少ない外のベンチに座って私はコーヒー、明日香は紅茶を飲みながらのんびりしていた時明日香は私にそう訊ねた。
「それじゃやんない方がまし」
私はその問いに即答した。
決しておかしな理屈ではないと思う。
「目の前の美味しそうなお肉を咀嚼だけして吐き出せって言っているのと同じじゃない。
嫌よ、そんな拷問」
私の言葉にまた明日香が呆れているのが目に見えてわかる。
でも私は真剣に答えたつもりだ。
「私は確かに十代に噛み付きたいって思うくらい変態だよ。
でも私は私の性癖以上に十代が好きなの。だから我慢だって出来るしマグロだってやれるよ」
「マグロ、って貴方ねぇ····」
私の隠そうともしない下品な隠語に明日香は顔を赤くして睨んできた。
そんな顔してても可愛いんだから美人ってのはずるいんだよなぁ。
「だって私から十代になんかしたらもう無理だよね?我慢出来ないよ」
「貴方って本当に極端ね」
もう十分理解したからこの話はおしまい、と明日香に切り上げられてしまった。
明日香から聞かれたから答えただけなのになと思ったがそもそもこんな話他人に理解されることの方が珍しいのだから仕方ないかと自分を納得させた。
とりあえずこのムラムラってどうすれば処理出来るんだろうかと考える。
今まで何度も考えた事はある。
でも答えなんて一つしかない、我慢しとけって事だ。
中身が空になった缶を潰してそれをゴミ箱に放り込んだ。
「そろそろ午後の授業が始まるから行きょう」
明日香に声をかけられるもどうにもそんな気になれない。
「ごめん、私次サボるわ」
「え?ちょっと名前!」
私を引き止めようとする明日香の声を無視して私は駆け出した。
別に私の思想を否定されて腹が立った等ではない。
単純に真面目に授業を受ける気が逸れてしまっただけだ。
私は十代のように机の前で寝てしまえる人間でもないからそれなら受けない方がマシだと思っただけだ。
(さて、どうしようか)
寮に帰る気にもならず悩んでいる時私のPDAが鳴った。
誰だろうと思い確認してみるとその相手は十代だった。
(珍しい)
十代はあまりこういった機器を多用する人ではない。
まぁ私自身も学校に行けばさえ顔を合わすしその時に話をすればいいのだから基本的には必要ないものだと思っているから連絡を入れていないのだが。
十代からどこにいるのかと訊ねられたので今いる場所と次はサボると返信しておいた。
するとすぐにそれに対して返信がきた。
(俺もサボるから俺の部屋集合で)
なんだろうな、十代には私が断るかもっていう予想はしないのだろうか。
まぁするわけないことなんて分かっているのだろうけど。
(りょーかい)
そう返信して十代の部屋へと向かう。
別に十代と会いたくないわけじゃない。
ただあんな話をした後だから少し気が引けただけだ。
(取り敢えず理性を保つ努力をしよう)
我ながらいったいどんな気合いの入れ方だろうかと呆れた。
「十代ー」
部屋をノックすると中から返事が聞こえた。
どうやら既に帰っていたようだ。
「お邪魔しまーす」
了承を得たので寮のドアを開けると十代はいつもの笑顔で出迎えてくれた。
「名前がサボるなんて珍しいじゃん。なんかあったのか?」
「······まぁ、なんとなく?」
貴方に欲情していたからサボっただなんて口が裂けても言えないけどと内心思いながらも適当に誤魔化した。
「まぁ俺がとやかく言えた事じゃないけどな」
十代もそれを追及してくる事はなかった。
十代のこういう所は正直助かっている。
でもそれが冷たいって思われる事もあるんだろうなとは思う。
それが絶対的に間違ってるとは思わないがともかく私にとっては都合の良い所だと思っている。
「なぁなぁ、こっち」
十代はベッドに腰掛けて両手を広げて私を呼ぶ。
それが抱っこをせがむ幼児のように見えてなんだこいつあざといなって思ったけれどこれはどう考えても私に来いと言っているなと理解したので靴を脱いで十代の膝の上に横向きで座った。
「あ〜なんか一気に疲れが消えてく感じがする」
そんな私の腰に腕を回してぎゅっと抱き付きながら十代が言った。
「さっきまで寝てたでしょ」
「まぁそうなんだけどさ」
授業の殆どを寝て過ごしていることを指摘すると十代もそれを否定はしなかった。
分かっている、十代が大変な思いしてることなんて。
いつもいつも何かおこる度に十代は先頭きって行動しているし周りからの期待は大きいもんね。
だからせめて私は十代に期待しないって決めてるんだよ。
少しでも心を休めてほしい。
だからこんなことで十代の疲れがとれるというのであれば私のくだらない性癖なんて我慢出来る。
「なぁなぁ」
十代の声色に少し艶みが増した。
これが十代のおねだりだということを私は知っている。
私は十代の方に顔を向け、それに答えるように軽いキスをした。
すると今度は十代の方から私に何度も何度もキスをしてきた。
そうしていくうちに私を抱き締める腕にも力が込められていく。
「あーなんでこんなに名前とキスしたくなっちゃうんだろ」
十代がそんな事を言うもんだから私は内心なんで十代はこんなに可愛いんだろうかと考えた。
「なぁなぁ」
十代が私の耳たぶをあまがみした。
「続きしていい?」
何がなんでも進める気満々なくせに何言ってやがると思いつつもいいよと了承の言葉を口にした。
「さんきゅ」
すると十代は私の耳を何度もがぶがぶと噛んできた。
そして手で髪を後ろに送ると今度は私の首筋に噛みついてきた。
ハイネックを指で引き下げ普段は見えないそこに何度も何度も歯を立てる。
何かがおかしい。
目線を十代に向けると私と目が合った十代は可愛らし笑って私の手をとって人差し指の第一関節に噛みついた。
十代は普段こんなことをしない。
もしかしてと思い私は疑問を問いかける。
「ねぇ、さっきの昼休みどこにいたの?」
「さあ?覚えてねぇけど?」
妙にニコニコとした表情で答える十代に違和感の謎が解けた。
「·····聞いてたんでしょ」
十代はそれに答えようとせずに依然私の指を噛んでいる。
その行為はまるで
「煽ってる?」
そうとしか思えない。
それに肯定するように笑っている十代の表情がもう答えだ。
「俺マグロな名前も好きだけど違う名前も見てみたい」
十代は理解しているのだろうか。
明日香には言えない程の欲求を私が抱えているという事を。
「本気で言ってるの?」
「当たり前だろ」
なんだろう、十代の目がなにかおかしい。
正気でないような目をしている気がする。
もしかしたら皆の期待を背負うストレスで無意識的にもおかしくなっているのかもしれない。
だとすればどうすべきなのか。
「十代、落ち着いて」
一度落ち着かせようと離れようとするも
十代は痛いほど私を強く抱き締めて離さなかった。
力勝負になると敵わないのは分かりきっているのでどうしようかと思案するも良い案は出てきそうになかった。
「俺って美味そうなんだろ?」
そうだよその通りだよと心の中で即レスするも今の十代になんと返すのが正解かわからず思案を続ける。
「名前の好きにしてくれていいんだぜ?」
据え膳本人から許可をいただいている。
しかしこの状況で本当にそんなことをしていいものかという理性が必死で私を引き留める。
でもそんな攻防も虚しく私の理性は十代の一言で消し飛んでしまった。
「俺名前に食われたい」
私は今まで必死に我慢していた夢にまでみた十代の首にかぶりついてしまった。
「いっ、」
私の尖った八重歯が容赦なく十代の肉に食い込んでいるのがわかる。
十代はそれにくぐもった呻き声をあげるも私を引き離そうとしなかった。
だからこそ私はここだけにしておこうと思って何度もガリガリと噛んいるとやがて口内に鉄の味が広がった。
どうやら出血したようだ。
それを理解した私は噛み付くのをやめて少し出た血を吸いとった。
十代は身体の力が抜けたように私の胸に顔を寄せてきた。
「····傷口洗おう」
ここで少し我に返った。
いくらなんでもいきなりやりすぎたかもしれない、そう思って再び十代の膝から降りようとするも再び十代に引き留められた。
「····なぁ、こんだけ?」
十代が何を言いたいか分からない訳ではない。
「もっと続けてくれよ」
そう言ったときの十代の眼はわりと狂っていたように思う。
それでも私はそんな十代を見て
(ああ、今初めて本当に十代を好きになったのかもしれない)
そう思った。
その時今まで抱いていたぬるい感情が消し飛ぶ程の衝撃が私の心を襲った。
「十代、大好きよ」
だから貴方の指を噛みちぎったりしないから安心してね、そう言って十代がしたのと同じように十代の指に噛みついた。
「デュエルも出来ないくらいのじいさんになってからなら噛みちぎってくれてもいいぜ」
私とその年齢になるまで共にいてくれるということだろうか。
これからどうなろうともおそらく今後これ程までに強烈な殺し文句を聞く事はないだろう。
「なら予約しているわ」
まるで婚約指輪だと言わんばかりに十代の薬指の根元に歯を立てればそこに細い赤い線が滲んだ。
十代はそれを見てとても純粋そうな笑みを浮かべている。
でもそれは私にはやはりとても狂ってみえた。