どうしたの

「ええっ!!??」

翌朝目を覚まして驚いた。
昨日は猫の姿で眠っていた筈のトーマスが人間の姿で私を抱き締めて眠っていたのだ。

どくんどくんと大きな音を立てる私の心臓にやはり寝起きの状態ではまだ彼を受け入れられる余裕はなかったと実感した。

まだ目を覚ます様子のない彼の顔をじっと見つめた。
やはりこちらが虚しくなるほどその顔立ちは整っている。

「(····私、こんな人に、だ、抱かれた、んだよね?)」

改めて自分でそう考えて私の心拍は落ち着くどころか早く鳴り始めた。

「(トーマスは人間じゃないから自分とのことは経験として換算されないなんて言ってたけど、···あんなにしたのにそれを無かったことになんて····)」

自慰の経験があった。
だからこそある程度身体の開発は出来ていたのだと思う。
それにしたってあの時の事は段違いだった。

「(あんなに、···気持ちいいなんて···)」

その時の事を思い出して身体は熱くなった。
その時、眠っていた彼が目を開いた。

「っ、お、おは、おはよう?っひゃあっ!?」

動揺して呂律が回らなくなった私にトーマスがのし掛かった。
突然のそれに私は魚のように口をパクパクと開けたり閉めたりしてしまう。、

「名前····分かってる、よな?」

「っ、な、」

とぼけてしまいたかった。
それでもトーマスがイヤらしく腰を撫でるものだから私は言葉を飲み込んでしまう。

「今自分が発情してるの、自分が一番分かってるだろ?」

服の裾から手を入れられてお腹を撫でられた。
くすぐったいけれどそれだけではない。
普段なら平気なのに私は彼にこんな風に触れられてしまうと全身が敏感になってしまうらしい。
これもフェロモンとやらのせいなのだろうか。

「この間散々ヤッた分今日はまだマシだな···でも俺の方が抑えが効かないから一回だけヤるぞ」

「えっ、な、ななんで?」

トーマスはちゅっちゅっと音を立ててキスをした。
そして笑って言うのだ。
その笑顔はやっぱり少し意地悪だった。

「俺も本質は猫だからな····誘いを受けてそれに抗うことは難しいんだよ。
ましてや名前、お前が相手ならな」

「んっ···ど、どういう、意味、?」

それは私のフェロモンが特別だからというだけの意味だったのかもしれない。
それでもトーマスが何かを含んだような物言いをしたのでその意味を訊ねてみるも彼はただ妖しく笑うだけで答えを教えてくれなかった。

そうして私は再びトーマスに骨抜きに成る程快楽を与えられたのだ。







「トーマスといるとなんだか駄目人間になりそう」

「どういう意味だよ」

散々気持ちよくされた後、私はトーマスに抱き締められてベッドで寝転がっていた。
トーマスは私の頭を撫でながら私に聞き返す。

「····こ、こんなことばっかり···」

「人間だって交尾するだろ?なんなら毎日してる奴だっているんだから問題ねぇだろ」

トーマスの直球すぎる表現に言葉を失う。
彼はどちらかと言えば動物寄りの考え方らしいし他意はないのだろうけど。
それでもこちらは反応に困ってしまう。

「まぁ本当に気にするなよ。
俺はこの体質を持ったやつが名前で良かったと思ってる」

「···どうして?」

「分かってんだろ?俺がどう思ってるかなんて」

トーマスは額と額を合わせてじっとこちらを見て笑う。
私は居たたまれなくなって目を逸らせばトーマスは可笑しそうに笑った。

「可愛いなぁ、名前は」

トーマスはなんで私をこんなに褒めてくれるのだろうか。
わからない、でも彼にそう言われると嬉しくて、どうにかなってしまいそうになる。

日曜日の午後はゆっくりと過ぎていく。
私達はそのままだらだとして、眠くなったら昼寝して、お腹がすいたとせがむトーマスにご飯を作って、やはり彼は食べさせてと私におねだりした。
私にとってとても幸せな休日だ。



「そういうばトーマス、私明日からまた仕事だけれど、お昼はどうしてるの?」

「ん、俺も出かける」

明日の予定を訊ねればトーマスはそう答えた。
一体どこに行くのだろうか。

「えっと、じゃあこれ渡しておくね」

ちりんと鈴が鳴る。
小さな鈴のついた鍵を彼に差し出せば嬉しそうに受け取った。

「明日は夜になるから迎えにいくから一緒に帰ろうぜ」

「え、あ、うん···ただ私明日何時になるか分からなくて···連絡手段が···」

基本的に残業の有無は当日の仕事量次第だ。
余裕を持って終われる日もあれば終電を逃す日もある。
最近はどちらかというと忙しい時期で明日もおそらく残業になることが想像出来た。

「大丈夫だ、お前のことは匂いですぐ見つけられるから」

「ぅ····私の匂いって、そんなにするの?」

「安心しろ、それは俺もお前も特別だからだ、それに俺にはすげぇ良い匂いなんだよ」

複雑な感情を露にすればトーマスは私をぎゅーっと抱き締めて首筋の匂いを嗅いだ。
そんなに強い匂いならこんなに至近距離で嗅いでは不快ではないのだろうか。


「     」

「え?ごめん、聞こえなかった。
なんて言ったの?」

抱き締められたまま小さく小さく呟かれた言葉を私は聞き逃してしまった。
もう一度とせがむも彼はなんでもない、と笑って私にキスをした。

当たり前のように行われるその行為に慌てて口を塞ぐもそれはもうされてしまった後のことなのでなんの意味もない。

その後も昨日同じくトーマスと一緒にお風呂に入った。
やはり身体はぴったりと寄せられていて。
恥ずかしくて仕方ないのにどんどんこのおかしな生活を受け入れてしまう自分がいる。
それは彼が猫だからなのだろうか。

それを考えるのは一体何度目だろうか。
どこかでそうであってほしいと願っている。
胸の中で小さく存在するそれが気のせいだと思いたいと願っている。

トーマスにおねだりされて彼の髪を洗った。
恥ずかしいから後ろを向くように言ったのに彼はそれを拒否して私を抱き締めて胸に顔を埋めている。

とても恥ずかしい。
でもそうしている彼を可愛く思う。
飼い主故の母性本能だろうか?

「···お湯、流すから少し離れて?」

トーマスは素直に離れて目を閉じている。
この時彼にキスしたくなった、なんて。
その気持ちに気付かないふりをして彼の髪についた泡をお湯で洗い流した。






「なんだかこの土日はあっというに過ぎちゃった」

お風呂を済ませた後私達は早めに布団に入って電気を消した。
トーマスは猫の姿で私にぴったりとくっついている。
彼の背を撫でるこの時間がとても幸せな時間に思える。

「まぁ、色々あったからかな」

トーマスが私の言葉に返事代わりに頬を舐めた。
トーマスは人の姿でいる時でも私の事をよく舐める。
これは彼なりの、猫としての愛情表現の一つなのだろうか。

「···でも、ここ最近の中で一番楽しかったかもしれない」

同じ猫の彼も人間の姿をした彼も同一人物だとは分かっている、けれど猫の彼の方が素直に気持ちを吐き出せてしまうのは彼が言葉を話さないからなのだろうか。

「貴方も楽しいって思ってくれてる?」

トーマスは目を細めて前足を私の手に乗せた。
私はその前足を握る。

「···まだ分からないことが沢山あるけど、これから話してくれるんだよね?」

全てを今話してくれなかったのはきっと何か理由があるのだと、そう信じたい。

「トーマスの目ってとっても綺麗ね」

初めて見た時から思っていた。
人の姿をしていようが猫の姿だろうがそれは変わらない。
まるで宝石のようにキラキラと輝いている。
その目に見つめられて柔らかくて低くて優しいその声で名前を呼ばれたら。

「こんな変な気持ちになったの初めて」

トーマスは私の言葉に首を傾げた。
今回は私が何を考えていたか分からなかったようだ。

「おやすみなさい、トーマス」

悟られたくない私はそこで話すのをやめて目を閉じた。

今夜もよく眠れそうだ。