おみおくり

目が覚めたのはアラームが鳴る10分前だった。
隣ではすやすやと気持ち良さそう眠るトーマスの姿が。
起こさないようにそっとベッドを出てキッチンに立つ。

少しだが早く起きられたので今日は簡単なおかずなら作る余裕が出来た。
ありきたりではあるがそれなりに形になったお弁当を冷ましながら朝食の用意に取り掛かる。

そういえば今日彼が何時の出かけるかを聞いていなかった。
あまりにも気持ち良さそうに寝ていたので少し可哀想に思うが一度起こすべきかと思いベッドに近付いた。

私がいなくなったことで寒くなったのかトーマスは先程より身体を丸めて眠っていた。
その姿があまりにも可愛らしかったので私はスマホのカメラを起動させて写真を撮った。

するのトーマスの耳がピクピクと動いた。
どうやらシャッター音のせいで起こしてしまったようだ。
なんだか申し訳ない気持ちになったが起こすと決めていたので私は彼の話しかけた。

「トーマス、起きてる?私はもう少ししたら出るのだけれど貴方はどうする?」

眠たげに開けられた目が此方にちらりと視線を向けた。
私を認識すると彼はのそのそと立ち上がり私に近付いた。
そして人の姿へと変身して私に抱き付いた。

「ん····まだ出ないけど、起きる···」

すりすりと頬擦りをして甘える彼はやはり可愛くて心が和んだ。
しかしいつまでもそれを堪能していられる時間はない。
彼を座らせて私は再びキッチンに戻った。

トーマスは大きな欠伸をしながらも此方に視線を向けている。
それでもまだ眠気眼のままぼーっと座っていた。

やはり猫の彼はまだまだ眠り足りないようだ。

「お握りを握っておいたから食べたい時の食べて?」

「····名前と一緒に食べる」

まだ完全に目が覚めていない彼が食事を摂ることは難しいかと思ってそう伝えるも彼は今食べたいと返事をした。
なので私は二人分のお握りをテーブルの上に置いた。

トーマスはいただきますと言って大きな口でお握りを頬張った。
寝ぼけながらももぐもぐとお握りを食べる姿癒されながら私もお握りを頬張った。
彼と共に食べる食事はなんだか特別のように感じられた。



「えっと、じゃあ戸締まり宜しくね?」

身支度を終え私は玄関に立った。
靴を履き振り返れば後ろでトーマスが立っていた。
彼の用は午後かららしいので私は一人で家を出ることになったのだ。

「ん···いってらっしゃい」

トーマスは私の唇にいってらっしゃいのキスをした。
こういうものは恋人同士であるからこそ行われるものだと思うのだがそれをした当人はなんでもないような顔をしているので私はそれに何も言えなかった。

「う、うん···いってきます」

なんやかんやと寝ぼけた彼にじゃれつかれてしまい時間が少し押してしまったのでとりあえずはそのまま家を後にした。

ドアを閉める直前なんとなく彼の顔がしょんぼりしているように見えたがそれに気付かないふりをして扉を閉め職場へと歩を進めた。
今日は出来るだけ早く帰ろう、そう強く誓った。








「(今頃彼はどうしているのだろうか)」

昼休みを迎え天気が良かったので私は会社のすぐ側の公園のベンチでお弁当を食べていた。
気合いを入れていたこともあり今日はいつも以上に仕事の進みが早い。
残業せずに帰れそうだという事もありお弁当はいつもより美味しく感じられた。

「(晩ごはんはどうしようか)」

そんなことを考えていた時だった。


「ねぇねぇ、お姉さん」

私の隣に変わった身なりをしている子供が座って声を掛けてきた。

「····えっと····こんにちは。どうしたの?」

今日は平日でこのくらいの年齢の子であれば学校に行っている時間だ。
不信に思うもデリケートな問題があるかもしれないので初対面の私が気安く聞いていいことではないだろうと判断してとりあえず挨拶をした。

「こんにちは。ねぇ、お姉さんって何かペット飼ってるの?」

その男の子は唐突にそんな質問を私に投げかけた。
一体なんなのだろうと不思議に思ったが小さな子供というのは突然脈絡のない事を言ってこちらも困らせる、と歳の離れた姉弟がいる友達が言っていたのどこれがそういった類いのものなのかもしれないと思い正直に答えた。

「最近猫を飼い始めたの。でもどうして?」

「お姉さんの服に変わった色の毛がついていて、あきらかに人間の髪の毛じゃないように見えるから何を飼っているのかな、って気になったんだ!
こんな色の猫もいるんだね!なんていう品種なの?」

男の子は私の肩に触れそれを指先で掴んで私に見せた。
それは黄色と紫色の、猫の姿をしていた時のものであろうトーマスの体毛だった。

「えっと···そうだよね。私も初めて見た時はびっくりしたの。
野良だった子を拾ったから品種とかはちょっと分からないんだねど····」

男の子はにこにこと私の話を聞いている。
私の曖昧な答えに特に追及するようなことはせずにそうなんだ、と納得した。

「お姉さんはその子の事好き?」

男の子のごく普通に問いに私の心臓が大きく鳴ったのは何故だろう。
私はその一瞬の動揺で言葉を詰まらせてしまった。

「その子はあまり可愛くないの?」

男の子は答えなかった私にそう訊ねた。
私は慌ててそれを否定する。

「そ、そんなことないよ!本当に可愛いなって!
·····その·····可愛すぎて、少し困ってるくらいで······」

私は何故今顔が熱くなっているのだろう。
このたった数日間の間で彼に芽生えた感情は複雑だった。
彼の事を猫として、自身を飼い主として、それだけで割りきれるような関係ではもはやなくなってしまったのだ。

「ならお姉さんはその子と一緒に暮らすのが辛いの?後悔してる?」

男の子は私の目をじっと見てそう問い掛ける。
男の子の目はキラキラと輝いていて、トーマスの髪色に似たそれは彼同様に宝石のように煌めいていた。

「後悔なんて全然してないよ。
その····い、色々と不慣れなところがあって心がいっぱいいっぱいになっちゃうけど毎日が楽しくてキラキラしてるの。
だからずっと一緒にいられたら、って思ってるよ」

なぜ初めて会った男の子にここまで赤裸々に自身の気持ちを伝えているのだろうか。
その理由は分からないのだが何故か男の子の目を見ていると私は心に芽生えていた想いを正直に話してしまったのだ。
不思議な男の子だった。

男の子がにこりと笑って私の手をとった。

「その子はお姉さんの事が大好きなんだろうね。
これからも大切にしてあげて」

男の子は私の手の甲にキスをした。
髪色や目の色から男の子が日本人ではないということは何となく気付いてはいたがあまりにも自然とおこなわれたそれに少し驚いた。

「じゃぁね、お姉さん····近いうちにまた」

男の子は愛想よく私に手を振って走ってその場後にした。
一体なんだったのだろうと思いながら腕時計を確認するばもう戻らなければいけない時間だったので私はお弁当箱を鞄にしまってそこを後にした。

会社への歩を進めながらふと疑問が浮かぶ。

「(そういえば今日は朝起きた時にはもうトーマスは人の姿でいたし会社に着いたら制服に着替えたのにどうしてトーマスの毛が付いていたんだろう?)」

昨晩髪の毛にでもトーマスの毛が絡まっていてそれを全て落とせていなかったのかもしれない。

もしかしたらコートにでも付いていたのかもしれないし。

トーマスの猫用ブラシも帰りに買って帰ろう、そう考えながら私は再びデスクについた。