昼休みになって届いた父から届いたメッセージに私は悩んでいた。
その内容は至って普通だ。
だが今の私にとっては難しい問題だった。
『最近あまり連絡をくれないが元気にしているか?
土曜日都合が良ければ母さんも一緒に久しぶりに会いに行こうと思っている』
両親が私に会いたいと言っているのだ。
親子仲は良好だ。
私も二人に会いたいとは思う。
だが家にはトーマスがいる。
猫の姿でいれば母は嫌がるだろうし人の姿をしていれば何も言わずに男の人と一緒に暮らしていることを咎められる可能性が大きい。
かと言ってトーマスにその間出て行ってほしいと言うのもなんだか気が引ける。
悩んだ結果父には私が家に帰ると返信した。
土曜日私がいない事をトーマスは寂しく思うのだろうか。
そう思ってくれたならそれはそれで少し嬉しいなと考えながら仕事に戻った。
「·······」
「ご、ごめんね?」
仕事を終え家に帰り扉を開けると既に玄関には猫の姿のトーマスが待機していて私を見るなり私に飛び付いて顔をペロペロ舐めるという熱烈な歓迎を受けた。
彼を抱いて部屋に戻り一度ソファーに降ろせば人の姿へと姿を変え改めておかえりなさいを言ってくれた。
コートをハンガーに掛けソファーに腰を掛ければトーマスは再び私に引っ付いて甘えた。
その姿が可愛くて一日の疲れなんてこの瞬間消え去ってしまった。
私はじゃれつく彼を撫でながら今日決まった土曜日の予定について彼に話した。
すると彼は途端に不機嫌な顔になり私に背を向けてしまったのだった。
「日曜はずっと一緒にいられるから···悪いのだけれどお留守番しててくれる?」
「···土曜もずっと一緒にいられるって思ってたのに···名前は俺の事なんてほんとはどうでもいいんだろ!」
完全にだだっ子モードに入ってしまったらしい。
イライラしてしっぽを何度も床に叩きつけている。
そのあまりにも分かりやすい可愛らしい嫉妬に顔がにやけそうになるのをぐっと我慢した。
「そんなことないよ、私もトーマスと一日中一緒にいられるの嬉しいよ。
···でもね私の両親だから····お父さんとお母さんのことも大事にしたいなって···。
トーマスにも家族がいるなら分かってもらえないかな?」
トーマスはこちらを見てはくれない。
背を向けたまま再び猫の姿に戻ってしまった。
完全に機嫌を損ねてしまったらしい。
「···トーマスに相談する前に予定を組んでしまってごめんなさい。
その代わり日曜日はトーマスのわがままなんでも全部聞くから、それで許してもらえないかな?」
トーマスを後ろから抱き抱えて胸に抱いた。
暴れられるかもしれないと覚悟したがトーマスは大人しく私の腕に抱かれていた。
このわがままも甘えているだけなのかもしれない。
「お願い、次こんな事がある時は絶対事前に相談するから····」
そう言ってトーマスの頬に唇を押し付けるとトーマスは再び人の姿へと戻って私の膝の上に跨がって抱き付いた。
「···今度勝手に決めたら許さねぇからな!!」
トーマスは眉を吊り上げながらそう言って私の顔をいつもより乱暴に舐めた。
少し痛いくらいだ。
だが彼に寂しい思いをさせてしまうことになったのは私に責任があるので甘んじてそれを受けいれた。
その日の夜は眠る瞬間まで私にぴったりとくっついて離れなかった。
「じゃあ行ってくるね」
「···ん····」
土曜日の朝トーマスにいってきますの挨拶をする。
出かけることに納得してはくれたもののまだ気に入らない気持ちがあるようで普段より見送りはぶっきらぼうな態度だった。
それでもきちんと玄関先まで見送りに来てくれたのだから嬉しい限りだ。
「お詫びにお土産、なにか買ってくるね。何がいい?」
そう訊ねるとトーマスは気まずそうにこちらを見てすぐに視線を逸らした。
遠慮しているのだろうか。
「···そんなのいらないから早く帰ってきてくれ」
あまりにも破壊力のあるおねだりに私は手に持っていた両親へのお菓子を落としそうになった。
それこそ予定を取り止めてこのまま彼を抱き締めしまおうかと思う程の衝撃だった。
それでもこんなぎりぎりになって予定を変更するわけにはいかない。
私は今すぐトーマスを抱き締めたいという気持ちをぐっと押し殺して家をでた。
「久しぶりだな、名前」
「久しぶりね、元気にしてた?」
久しぶりに会う父と母は笑顔で私を迎えてくれた。
暫く会っていないこともあってか普段以上に二人の顔が嬉しそうに見える。
「会えて嬉しいよ」
父がそう言って私の頬に唇を寄せようとした瞬間、その動きがピタリと止まった。
「···お父さん?どうしたの?」
「······名前、お前·····いや、なんでもない·····」
父はぎこちなく笑って私の頬に唇を寄せた。
私も同じように挨拶を返した。
「ご飯もうすぐ出来るから、貴方も早く上がって手を洗って来なさい」
母は父を見て苦笑いを浮かべながらそう言った。
何がなんだかわからなかったが取り敢えず私は靴を脱ぎ家に上がって洗面所に手を洗いに行った。
そしてリビングに行くと父が額に手をあてうつ向いて何やら考えこんでいるような体勢で座っていた。
纏っているオーラはなんだか暗い。
「お父さんどうしたの?何かあった?」
半分項垂れているような姿の父にそう訊ねると父は私の顔をじっと見て口を開いた。
「···名前は今幸せか?」
脈絡のない言葉に首を捻るもその問いに対する答えは明確だったのではっきりと答えた。
「うん、すっごく幸せ」
その幸せの元がなんなのか、それを私は重々自覚している。
私はけして不幸だったわけではない。
それでも前よりずっと、今私が幸せなのは彼のおかげだとはっきり理解している。
トーマスに出会えて本当に良かった。
「······そうか···いや···ああ、お前が幸せなら、それが一番だ···」
父は依然複雑な顔をしていた。
それでもそう言って私の頭を撫でてくれた。
「お父さんは寂しいのよね」
母がにこやかにそう言いながらリビングにやってきた。
食事が出来たから一緒に食べましょう、という母の一言で私達は久しぶりに3人揃ってテーブルに付いた。
今頃トーマスが1人でご飯を食べているのかと考えると少し申し訳なさを感じたが今は両親と久し振りの食事を楽しむことにした。
「もっと連絡を寄越しなさい」
「そうね、電話でもなんだっていいから···貴方が元気でいることが分かればそれでいいから」
両親は私を近くの駅まで送ってくれた。
別れ際そんな風に言われて私は本当に恵まれていると改めて実感した。
「うん、ありがとう。····あのね、実は最近猫を飼い始めたの····お母さんが苦手なの知ってたから今日は家に帰ってきたのだけれど···その····」
別に謝る必要はなかったと思う。
もう私も1人で食べていけているのだから。
それでも両親は家を出た私を気に掛けてくれている。
だからこそ離れた場所に住んでいる私の家族の話をしたくなった。
私の告白に母ではなく父が顔をしかめた。
母はそんな父を見て苦笑いを浮かべている。
もしかして猫が苦手だったのは本当は父だったのだろうかと考えた。
父は小さくため息をついて私に言った。
「···私がくれぐれもよろしくと言っていたと伝えておきなさい。
······それとだ、これは名前、お前に向けてだが、あまり甘やかしすぎないように」
なんだろうか、この違和感は。
父の助言に疑問を抱きつつも電車の時間が迫っていた私はそれにわかったと返事をして二人に手を振り改札の中へと入った。
振り返ると二人はまだ私を見ていてくれたのでもう一度手を振ってホームに入った。
丁度電車が到着したので私はその電車に乗り込んだ。
席に座り鞄からスマホを取り出し、LINEを開いてトーマスにメッセージを送信した。
今電車に乗ったからもうすぐ帰ります、と。