「名前!」
マンションの最寄りの駅について誰かに名前を呼ばれた。
同名の誰かかもしれないと思うもその声にはどう考えても聞き覚えがある。
「トーマス!もしかして迎えに来てくれたの?」
声のした方に目をやればその声の主はやはりトーマスだった。
私に駆け寄ってぎゅっと抱き付いた。
まだ時刻は夜になりかけた頃で駅には人がそれなりにいた。
私は彼の手を引いてそそくさとそこから移動する。
「あ、あの、迎えにきてくれてありがとう!
でもここは人が沢山いるから、家に帰るまで我慢して、ね?」
トーマスにそう伝えると少し不服そうな顔をしたが頷いて私の手に指を絡めさせた。
所謂恋人繋ぎという繋ぎ方だ。
それに少し照れを覚えるも今日は極力彼のしたいようにさせてあげたいと思いそれ以上何も言わずに歩を進めた。
途中何か美味しいものを食べて帰るかと訊ねるもそれより早く家に帰ってくっつきたいと言われた。
改めて申し訳ないという気持ちが芽生えた。
「お迎えありがとうね」
家に帰るもすぐに猫の姿になったトーマスが私に飛び付いた。
私は彼を抱いてソファーに腰をかける。
寂しかったといわんばかりに身体に顔を擦り付けては甘えた声で鳴いた。
父にはああ言われたがこんなに可愛い子を甘やかすな、など無理な話だ。
「そうだ、結局あげてないよね」
トーマスを抱いたままキッチンに行き戸棚から先週買った猫を虜にするおやつを取り出した。
トーマスは嬉しそうに目を輝かせる。
そもそも人間の姿になれるのだから食べたければ自分の手で食べられる筈なのに食事にしたってトーマスは私の手から食べさせて、とせがむ。
「はい、どうぞ」
再びソファーに座り膝の上でそれをぺろぺろと舐めるトーマスはとてつもなく可愛いかった。
写真を撮っては怒るだろうか?と不安に思いつつも私はスマホのカメラを起動して彼の写真をパシャりと一枚。
トーマスは気にせずにおやつを食べていたので怒ってはいないようだ。
食べ終えるとトーマスは再び私の身体にすりついた。
私はこの間買っておいた猫用ブラシで彼の身体をといた。
トーマスは特に触れられて嫌なところはないらしくわたしの膝の上でリラックスモードだ。
「トーマスってあまり毛が抜けないよね。どうしてあの時制服にトーマスの毛がついてたんだろう」
それはトーマスが特別な猫であるがゆえか、彼の身体ブラシをかけても殆どブラシに毛は絡まっていなかった。
それを見て疑問を抱く。
トーマスは私の言葉になんの話だと目線を向けた。
「ほら、不思議な男の子に会ったって言ったでしょう?
あの時その子が私の服にトーマスの毛がついているのを見つけたの。
それで最近猫を飼い始めたって話をしたの」
そういえば結局あの子はトーマスにとってどんな存在なのだろうか。
よく知った存在だとは聞いたがそれ以上の事を聞いていない。
そんな事を考えていればトーマスは人間の姿に戻って眉間にシワを寄せた。
「···トロンの奴···名前から俺の話を聞き出す為にわざと俺の体毛を名前につけやがったな」
「え?そ、そうなの?
···もしかしてトーマスの事話すのまずい人だった?」
あの男の子はトロンというらしい。
トーマスの反応から私はしてはいけない話をしてしまったのかと不安を抱くもトーマスは首を横に振る。
「別にそういうわけじゃねぇ。
ただそのやり口が回りくどくてイラついただけだ」
「···えっと、トーマスとその子がどんな関係なのか、聞いてもいい?」
トーマスは一つため息をついて口を開く。
「···俺の父親だ」
「え···」
なんとトーマスとあの男の子は親子だったらしい。
完全に子供だと思っていたのに、いや、特殊な存在である彼らにとって見た目はあまり関係ないのかもしれないが。
「···トーマスのお父さん···あの、トーマスはお父さんと一緒に暮らさなくていいの?」
トーマスは私の問いに再び眉間にシワを寄せる。
「俺をガキ扱いするな」
どうやら私はトーマスを怒らせてしまったらしい。
いや、怒らせた、というの少し違う。
どちらかというと拗ねているように見える。
そう認識するとやはり可愛いと思ってしまう。
「···オイ、顔がにやけてるぞ」
「あ、ちがっ···」
ムカつく、そう言って私の首筋を一噛み。
噛んだとは言っても甘噛みだ。
本気で彼の尖った歯で噛まれていたら血が出ていただろう。
トーマスは私を傷付けることはしない。
短い間ではあるが彼と暮らしたことでそれは分かりきっている。
「俺が何年生きてると思ってんだ。それに年数云々関係なしにしても俺は名前と暮らしたいんだよ」
なんだか嬉しいやら恥ずかしいやらで反応に困った。
この際だから彼の事を色々聞いてみれば答えてもらえるだろうか。
「えーっと、トーマスって何年くらい生きてるの?」
「確かもうすぐ100年になる筈だ」
「ってことはトーマスのお父さんはもっと、なんだよね?」
「ああ、詳しくは知らねぇけどな」
丁度100歳を迎える時だと聞いて、白のちゃんちゃんこでも用意しようか、なんて思ったが絶対に却下されるだろう。
ただ猫の姿のトーマスが着ている姿は想像しただけでも可愛らしいのがわかるので是非見たいと思ってしまった。
とは言ってもさすがにそれをお願い出来る度胸はないのでこの願望は胸に秘めておこう。
「家族はお父さんとお兄さんの3人なの?」
「いや、弟が一人いる。兄貴も弟もクソ真面目で従順だから俺はよく比較されたな」
男の子3人兄弟、トーマスのお兄さんと弟さんならさぞかし見た目も麗しいだろうし目の保養になる兄弟なんだろうと思った。
しかし疑問は感じた。
「どうして?トーマス凄く素直で良い子じゃない。
いつも優しくて思いやりがあって、私は感謝してるけど」
「う·····、そっ、そりゃあ、名前が相手なら····嫌われたくねぇし···」
トーマスのその返事に今までで一番ときめいてしまったかもしれない。
可愛くて顔をみたいのにトーマスは顔を伏せてしまっている。
ただ耳は赤くなっていた。
普段はこちらが恥ずかしくなるほど愛情表現をくれる彼とは大違いだ。
そしてやはり私はどちらの彼も好きだと思った。
「···あの、トーマス」
「···なんだよ」
トーマスはまだ照れているのかいつもより返事はぶっきらぼうだった。
それがまた私の母性本能をくすぐった。
「ぎゅってしてもいい?」
「···そんなのいちいち聞かなくてもすりゃあいいだろ!」
トーマスは私を力強く抱き締めた。
いや、これは抱き付いたと表現する方が正しいかもしれない。
どちらにせよ私は彼と抱き合っていることが好きだ。
それは文字通り、そちらの意味もあるのだろう。
甘えてしまいたい、そう願えばそれは自然と滲み出てきた。
私はその感覚を今しっかりと自覚する。
「名前」
抱き締められていたトーマス手が肩を握った。
私は彼の胸に埋めていた顔をあげ目を閉じる。
そうしてからほんの数秒、私の唇は塞がれた。
いつから私はこんなにも勇気がある人間となったのだろう。
もうきっと戻れはしない