あたりまえ

その日目が覚めたのはやはり真夜中だった。
それもお腹が空いて目が覚めるというなんとも色気のない話だ。
今日はトーマスの方が先に起きていたようで私が目を開けるとにこりと笑って頭を撫でてくれた。

「···トーマス···ずっと起きてたの?」

目が覚めた時が自然とそうしてくれた事が嬉しくて私はぎゅーっと彼に抱き付いた。
トーマスはそんな私を抱き締めて額にキスをしておはようと挨拶をくれた。

「昨日は眠れなくてな···嬉しくて」

何が嬉しかったのかなんて聞かなくてもわかる。
嬉しくて、そんなの私だって同じなのに自分は眠ってしまったことがなんだか悔しい。

「····またご飯食べ損ねちゃった」

「ん、さっき名前の腹が鳴ってたな」

「そ、そういうのは聴こえなかったフリをしてよ! 」

自分が眠っている間にしでかしてしまった失態に慌ててお腹を隠せばタイミングよく再びお腹が鳴った。
そのあまりのタイミングの良さにトーマスは笑った。

「まぁあんだけヤりゃあ腹も減るだろ。
俺も減った」

トーマスはそう言って私にぎゅーっと抱き付いた。
ぺったんこのお腹が肌に触れる。

「あれ···服あの後脱いだの?」

昨日はトーマスは服を着ていたままだった。
なのに今彼は何も身に付けていなかった。

「汗だくになったからシャワー浴びた」

そう言われてみれば彼から石鹸の良い匂いがした。
そこで私自身も凄く汗をかいてしまっていたことを思い出し途端に恥ずかしくなってシャワーを浴びようと思い至り起き上がろうとした。
しかしそれはトーマスの腕に邪魔をされ叶わなかった。

「あ、あの、トーマス、私もシャワー浴びたいんだけど」

「名前の事はちゃんと俺が綺麗にしておいたから大丈夫だ」

後始末をしておいてくれたということだろうか?
それにしたって完全にそれは落としきれていないだろう。
それに気付いてしまった今早くシャワーでさっぱりしたいのにトーマスはそれを許してくれない。
彼が良い匂いをさせているからこそ早く綺麗になりたいのだというのに。

「それでも、その、一度すっきりしたいのだけれど····駄目?」

「なら俺が綺麗にする」

トーマスはそう言って私に覆い被さった。
そしてペロペロと私の身体を舐め始めてしまった。

「ちょ、ちょっと待って!!!」

トーマスにとっては猫の毛繕いと同じなのかもしれない。
それでも私にとってはもうトーマスのそれはそうではないのだ。

「そんなに嫌なのかよ」

頬を膨らませ不満を隠さないトーマスは可愛い。
でもそうだとしてもそれとこれとは話が別だ。

「嫌とかじゃなくて!····今トーマスにそういうことされると、変な気持ちになっちゃうから····」

「···へぇ····」

トーマスは妖しく笑って私に乗り掛かる。
嫌な予感はあった、だから拒絶したというのに。

「変な気持ちになってくれて構わない。
いくらでも付き合ってやるよ、俺達恋人同士だろ?」

その言葉に胸がときめいてしまう。
私達は昨日までとは違うのだ。
もう飼い主と主人では、いや、そもそもそれ程主従関係があったわけではないのだけれど。

トーマスは私の胸に顔を擦り寄せる。
そこをふにふにと触れられた。

「ご、ごめんなさい···その···正直な所腰がつらくって····今日は···」

本当に嫌だという気持ちはない。
ただ身体の方は違った。

「まぁ···冗談だって」

トーマスはそう言って私を抱き締め腰を擦ってくれた。
半分その気になりかけていた私としてはなんとも複雑だ。

「···トーマスって意地悪なところあるよね」

基本的にトーマスは私に優しい。
それもとびきりに。
甘える姿は可愛くて仕方ない。
ただ、こう···そういうことをする時だけは少し違う。

「まぁ、なんだろうな。
名前ってなんか、こう、いじめたくなるというか」

「···な、なんで」

「そりゃあ、お前が可愛くて仕方ないからだろ」

狡い人だと思う。
そんな風に言われてしまえば私は何も言えない。

「俺は名前からフェロモンなんて出てなくたって欲情すんだよ。
····だから襲われたくなけりゃそんな顔するな」

「そ、んな顔って···」

私から言わせてもらえばそんなの此方の台詞だ。
トーマスのどこまでも優しくて私を慈しむ視線は私を欲情させる。
私の頭を撫でるその手の体温がもっと欲しいと望んでしまう。

「···猫の時はあんなに甘えん坊さんなのに···」

「俺はいつだって名前に甘えていたいって思ってるけどな」

半ば皮肉のように私が口にした言葉をトーマスは否定しなかった。
そして胸元に顔を埋めてゆっくりと鼻から息を吸った。
そんなトーマスに羞恥心を抱きながらもやはり愛しさが溢れて胸がつまる。

「···トーマス·······」

「ん······」

トーマスの頬を撫で視線を送れば彼は私の気持ちを察してくれたようで顔を上げた。
そしてゆっくりと目を閉じた彼にキスをした。
私からするのは初めてのことだったので内心爆発するのではないかと心配になる程心臓が大きく鳴った。

「こんなんじゃ長生き出来ねぇから早く慣れろよ」

ほんの数秒で離れた彼の唇が弧を描く。
なんと美しいのだろうか。

「きっとずっと慣れないよ」

恋なんて初めて知ったのかもしれない。
こんなに激しい初恋はきっと皆が経験しているものではないだろう。

大人になるにつれ人は臆病になるという。
私はそれに含まれているだけなのかもしれないが。

もう一度、今度はトーマスの方からキスをくれた。
夜の激しさなんて夢だったのではないかというくらい優しいキス。

「···あー····俺もやばいかも」

そんな直後にトーマスのお腹がぐるるると鳴った。

「とりあえず何か軽く食べよっか」

「···ん、そうだな」






「いつも簡単なものばかりでごめんね」

「名前が作ってくれるものはなんでも美味いからいい」

まだ起きるには早い時間だ。
きっともう少しすれば再び眠ってしまうだろうからあまり胃に負担をかけてはいけないだろうと思い温かいにゅうめんにした。
時間も時間だったので麺は一人前を半分こにしてたまごはたっぷりに。

「やっぱり熱いの苦手?」

「普通の猫に比べたらそれほどでもない。
ちょっと苦手ってくらいだな」

ふぅふぅと息をかけて冷ましながら食べるトーマスが可愛かった。
それを見ながら食べる素朴なそれをいつもより美味しく感じられることは本当に幸せだ。

「トーマスは普通の量にしても良かったかもね」

トーマスは一般的に見てもかなり細身な方だと思う。
余分な肉など少しもない、痩せすぎなのではないかとすら思う。
それでもそんな細身な彼に易々と押さえ込まれてしまうのだからなんとも不思議な話だ。
それは彼が男で私が女、それを強く意識させられてしまう。

とても恥ずかしい話だ。

「お前こそちゃんと食えよ。体力つける為にもな、これからの為に」

トーマスはそう言って私の腰を撫でた。
彼が言いたい事を理解した私の顔がかぁーっと熱くなった。

「なんだ?やらしいこと考えてんのか?」

トーマスは私の反応を面白がっている。
どうにもこういう時意地悪な所だけはなんとかしてほしい。

「まぁ名前が考えたそれもだけどな、······その先の話な」

「···その先?」

なんの話だろうと聞き返して返ってきた言葉に私は目を見開いた。
そんなこと考えたこともなかったのだから当然な話だ。



「俺の子供生んでもらうんだからな」



ただ決定事項を読み上げただけ、そんな顔でトーマスは笑ったのだ。
私は驚きのあまり何も話せずぱちぱちとまばたきを繰返すだけだった。

トーマスは優しい表情で私を見つめる。


「俺と名前の子供だ、きっと世界一可愛い子供が生まれる。
今すぐにとは言わない、でもいつか俺にそいつの親になる権利を与えてほしい」

つい最近まで彼氏すらいなかったのだ。
それはおろか男友達すらいない私にトーマスにかけられた言葉はあまりにも非現実的なお願いで。

「今は俺の事だけ見ててくれりゃあそれでいい」

戸惑う私にトーマスはそう言って再びキスをする。
触れた唇から溶けてしまいそうだ、なんて感じる程彼の唇は熱かった。