「ただいま」
仕事を終え家に帰ればトーマスは笑顔で私を出迎えてくれた。
おかえりなさいと抱き締めてくれたその直後、彼の身体がぴくりと強張ってそして猫に姿を変えてしまった。
「あれ、どうしたの?」
トーマスが猫の姿になったのを見たのは久しぶりのことだった。
猫になったトーマスは此方にちらりと視線を向けるもすぐにそれを逸らして私に背を向け部屋の中へと軽やかに駆けていってしまった。
「(どうしちゃったんだろう)」
私は取り敢えず洗面所で手を洗いながら気が付いた。
もしかして以前スーパーで不機嫌になった時と同じではないのか、と。
今日は以前と違ってトロンさんに何度も触れられているから彼の匂いがより濃くついているのかもしれない。
「(嫉妬されるってなんだかこそばゆいものなんだね)」
自分の父親が相手でさえ妬いてしまうトーマスが可愛いと思った。
そしてそれほど彼に愛されている自分が如何に幸せ者であるかということに喜びを覚えた。
部屋に足を向けるとあからさまに私に背を向けて壁の方を向いて丸まっている。
イライラしているのか尻尾は忙しなくぱたぱたと動いている。
私はもう一度洗面所に戻ってお風呂のスイッチを入れた。
「あの···トーマス、今日はお風呂先にしようかなって···」
トーマスの耳がぴくりと動いた。
そして忙しなく動いていた尻尾もぴたりと止まってゆっくり床に落ち着いた。
「···えっと···じゃあ、入ってくるね?」
まだ此方を振り向いてはくれなかったが少し落ち着いてくれたようなので安心した。
当然のように毎日入浴を共にしていたがさすがに私の方から一緒に入ろう、と声をかけるのは恥ずかしくて出来なかった。
洗面所、脱衣場に戻って服を脱いで浴室に入る。
お湯はまだたまりきっていないので先に身体を洗おうとシャワーの蛇口を捻る。
髪も洗って身体を洗い終わった頃には浴槽にお湯も張れていたのでお湯につかる。
ちらりと浴室のドアに視線を向けるとそこにはトーマスのシルエットが見た。
今日は猫の姿のままだった。
「···トーマス···おいで?」
少し躊躇しながらもトーマスに声をかけ扉を開けてあげるとトーマスはばつが悪そうな顔をしながら浴室へと足を踏み入れた。
さすがに猫の姿をしているトーマスを浴槽に入れるのは危ないので初日と同じように風呂桶にお湯を張りそこに入れようと抱き上げようとした瞬間トーマスは人間の姿に戻った。
「あ、えっと·····は、いる?」
人の姿に変わったトーマスは今日は服を着ていなかった。
もしかしてその辺りは自由に操作出来るものなのだろうか?
常識では図れない彼を測れる物差しを私が持っている筈がないのだ。
きっと私が知らない秘密がまだまだ沢山あるのだろう。
トーマスは黙ったまま浴槽に入って私を抱き締めた。
「あ、あの、これはさすがにちょっと恥ずかしい····んだけれど····」
普段は後ろから私を抱き締めるトーマスに今日は正面から抱き締められた。
私の身体はトーマスの膝の上に乗せられていて完全に身体がぴたりと密着させられてしまっている。
トーマスの胸をやんわりと押そうとすればトーマスは私の額にキスをした。
「(ああ···やっぱり私の自惚れというわけではなかったのね)」
やっと交わった視線、トーマスは怒っているわけではないがどこか拗ねているように見えた。
「気付いているんだろうけど今日トロンさんにお会いしたの」
「······トロンの奴····絶対わざと面白がってやってやがる。
トロンはそういう奴だ」
トーマスは先ほどより強く私に抱き付いた。
それは私に甘えていると分かっているのでなんだか可愛く思える。
「トロンさんにはトーマスは良い子だからこれからも仲良くしてあげてって言われただけだよ。
きっとトーマスもお父さんのこと大好きなんでしょう?」
「····もうそんな事言う歳じゃねぇよ」
トーマスは私の肩に顔を埋めてぐりぐりと擦り付けた。
その仕草はとても幼く可愛らしく見えたがそれは口には出さずに背中を撫でた。
「私は私のお父さんの事大好きだよ、だからトーマスも同じなのかなって思ったの、ごめんね」
「····別に名前が謝るようなことじゃねぇよ」
トーマスは顔を上げると今度は唇にキスをした。
やはりそれはそれで恥ずかしくて顔に熱が集まってしまう。
「名前はすぐにそんな顔をすっから不安になるんだよ。
人間の常識で考えると親子間で···なんてこと考えらんねぇだろうけど猫の感覚では兄妹だろうが親子だろうがそんなの関係なく発情しちまうんだから」
「えっと···と、トーマスはトロンさんと私が····って事を心配してるの?」
トーマスは眉間にシワを寄せながら頷いた。
トロンさんは猫だなんて思えない程理性的な人に見えた。
きっと亡くした奥さんの事をいつまでも想い続けているのではないか、そんな風に見えた。
だからトーマスの心配は考えすぎなのではないかと思っているのだが、どうにも彼にとってそれは拭いきれない不安なようだ。
「名前は父さんの事まだよく知らないからそんな顔をしてるんだ。
母さんの事を本気で愛していた事は間違いない、でも父さんは欲しいと思うものが出来ればどんな手を使ってでも手に入れる、あの人はそんな人なんだよ」
「···私を相手にそんな心配しなくても大丈夫だと思うんだけど···」
トーマスは私の言葉に頬を膨らませる。
やはりその幼い仕草は可愛い。
「こんな雌の匂いさせてるやつ相手にどんだけ俺が我慢させられてると思ってんだ!
言っただろ!お前は特別だって!!」
「あっ、ま、待って!」
トーマスはがぶりと私の肩に噛み付いた。
人より鋭い歯が肩に食い込んでピリッと鋭い痛みが身体に走った。
「フェロモンだけじゃねぇよ、俺はお前の全部に魅せられてる、その存在に。
俺はもうそれを手に入れたんだ、だからそれを別の奴に触れられるのはムカつくんだよ」
トーマスのあまりにも直球の愛の言葉に胸がきゅんきゅんしてしまう。
このままではまずいと彼と距離をとろうとするもトーマスはそれを許さない。
「もう自覚してるよな?
名前、今お前がどうなっているかを」
「っ、ご、ごめん、なさい···」
私のソコに硬くなったトーマスのモノがあたっている。
きっと私は今フェロモンとやらを出してしまっているのだろう。
心のときめきがそのまま彼を誘うものになってしまうだなんて、なんて不便な体質なのだろうか。
トーマスは真っ直ぐに私を愛してくれている。
その感情を受け流してしまえる程私は恋愛というものに慣れていない。
その度にこんな風になっていて、果たして私の身体は持つのだろうか?
「お前の身体が俺を求めて発情してんだ。
だから俺もそんなお前に発情しちまう」
「うっ···」
私のせいにするのだろうか。
そんなの絶対に違う、トーマスがあんなこと言わなければ、全部分かってて言っているくせに。
トーマスはこんなときやはり少し意地が悪い。
「このまま抱くが、文句なんて言わせねぇからな」
それでも私はそんなトーマスも大好きで、そんな彼の言葉を拒むことなんて出来ない。
きっと私の心も身体も彼に染め上げられてしまったのだろう。
気付けば私は首を縦に振っていた。