「····何やってんだよ」
「····ご、ごめんね」
トーマスは私をベッドに寝かせてうちわを扇いでくれている。
あの後いざことを行おうとした、その時私は視界が揺らいでしまい一瞬意識が飛んでしまったのだった。
「死ぬほど焦ったんだからな」
「ごめんなさい····」
その眩暈を起こした原因は分かっている。
今日朝食を食べてから食事をとっていなかったせいだ。
その証拠に私の胃袋は先程からぐうぐうと悲鳴をあげている。
「····謝らなくていい。なぁ、今日飯が食えないくらい調子が悪かったのか?」
トーマスは不安げな顔で私を見た。
私はどう返事をしていいかと思案するも適当な言葉が浮かばなかった。
「体調は、大丈夫。ただちょっと食欲がなかっただけなの····心配かけてごめんなさい」
結局私はまた謝罪の言葉を口にする。
トーマスは呆れたようにため息をついた。
「····本当に身体は悪くないんだな?
取り敢えずなんか食うもん買ってくる。
今日はゆっくり休んでろ」
トーマスはベッドから降りて上着を羽織った。
「あ、ま、待って!大丈夫、自分で用意するから···」
彼を静止しようと手を取ればまたもため息をつかれてしまった。
だがその後まばたきを一つして再び私を見たトーマスの表情は柔らかいものだった。
「こんな時くらい甘えてろ。
悪いな、俺は料理なんてしねぇからお前みたいに作って食わせてやることは出来ねぇんだ。
すぐ帰ってくるから良い子で待ってろよ」
そう言って頭を撫でられた。
普段とは逆だ。
彼に頭を撫でてもらえるのは私だけなのかもしれないと考えると心臓の鼓動が速く鳴りはじめた。
それが少し恥ずかしい。
「····ごめんね、気を付けて行ってきてね」
トーマスは返事代わりに私の額にキスをして出ていった。
久し振りに一人きりになった部屋は妙に静かに感じなんだか寂しい気持ちになってしまった。
私は目を閉じた。
自然と瞼に浮かぶトーマスの笑顔にもう彼がいることが当たり前のように思っているのだと自覚した。
「····まるで子供みたい」
つい先程私の為に出掛けたトーマスに早く帰ってきて、なんて願ってしまった。
もう一人暮らしも慣れていたし子供の頃から留守番なんて何度もしていたのに、今こんなにも心細く感じてしまうのは何故なのだろうか。
いや、わかっている。
彼は私にとって安らぎなのだ。
手持ちぶさたになって布団を抱いた。
そこにはトーマスの残り香がほんのりと香り途端に安心して瞼が落ちそうになったその瞬間
ピンポーン、と来客を知らせるチャイムが鳴ったのだ。
時計を確認するともう既に22時近い。
もしかしてトーマスが財布でも忘れたのだろうかと思いテレビ付きインターホンで来客者を確認するとそれは予想外の人物だった。
「え、お、お父さん?どうし、て?、え、なんで、トーマス、と?」
玄関の向こうにいたのた父だった。
そしてその隣にはトーマスが如何にも不機嫌であるということを隠すつもりがない表情で立っていた。
何が起こっているのかは分からなく軽くパニックを起こしてはいたがとりあえず私は慌てて玄関に向かい扉を開けた。
「ど、どうしたの?お父さん····えっと····」
なんと言っていいか分からずにトーマスに視線を送ればトーマスはすぐに私に抱き付こうとしたが父に首元を掴まれてそれが叶わなかった。
「てめぇ!何しやがる!」
「お前こそ誰に向かって言っている」
トーマスは父に敵意丸出しの視線を送り父もトーマスに厳しい視線を向けていた。
父は厳しくはあったが理不尽に怒鳴りつけたりする人ではなかったのでこんな顔を見たのは初めてだった。
一体二人に何があつたというのだろうか。
「名前、身体は大丈夫か?
こんな時間にいきなり尋ねて悪かった。
少し上がらせてもらう」
「え、あ、は、はい」
父はトーマスの背中を押して早く上がれ、上がらないのならどこかに消えてろと言った。
トーマスはふざけるなと怒りながら靴を脱いで部屋に上がった。
取り敢えず3人分のお茶を用意しようとポットを取り出すも身体が万全でないときに無理をするなと止められてしまったので私は冷蔵庫から麦茶を取り出しそれをグラスに注いだ。
気遣いは有難いのだがなにぶん理由はただの空腹なのでなんとも申し訳ない気持ちで内心もやもやした。
父はありがとうと言ってそれを受け取った。
そしてとにかく楽にしていなさいと私をソファーに座らせた。
トーマスは床に正座させられている。
「·····名前、もう改めて確認するまでもないだろう。
····トーマスが人間でないこと、いや、ただの猫でないことは知っているな?」
「っ·····な、····ん、で·····」
父はどちらかというと堅物すぎると言われる程、真面目な人だった。
少なくとも冗談何て殆ど言えない人だ。
そんな父が事実とは言えこんなことを口にするだなんて一体なにが、とトーマスを見ると彼は私にすまない、と謝っているような表情を見せた。
「もう隠さなくていい、本当はもう知っていた。
お前から嫌というほど染み向いたトーマスの、弟の匂いがそれを私に教えていた」
「·····え、な、···おと····え?なに?」
父が言っていることに頭が追い付かない。
トーマスが弟?
そんな、なら父は、そもそも私とトーマスの関係は、頭がこんがらがってパニックを起こしている私の手を握ったのはトーマスだった。
「名前、落ち着け。
お前が不安になることなんて何もない。
俺はお前を愛していてお前は俺を愛している、ただそれだけだろ?」
真っ直ぐ見つめられた目が、表情が、声色が、その全てが優しくて嬉しい筈なのに涙が込み上げてきそうになった。
私を見て柔らかく笑うその表情につられて笑いかえせば隣で父が小さく咳払いをした。
「名前···お前のことは何処に出しても恥ずかしくないように育てたつもりだし親という贔屓目を無しに見てもお前は魅力的な人間になった。
お前を幸せにしてくれる人間とこれからいくらでも出会えるだろう。
···それでも弟が、トーマスを選ぶというのか?」
父はそう言って眉間にシワを寄せた。
それが怒っているのではないということはなんとなく分かる。
きっと私を心配しているのだ。
人ではない、化け猫のトーマスを選んだことを。
私の手を握るトーマスの手に力がはいる。
先程までとは違いまるで捨てないで、と訴えているような目だ。
今すぐ抱きしめてあげたい。
「ありがとう、お父さん。
私がそんな大人になれているのだとしたらそれはきっとお父さんとお母さんのおかげだと思う。
でもそれに今初めて気付けた私はきっとお父さんよりまだまだ子供なんだろうね」
父トーマスも何も言わずに私の言葉を聞いてくれている。
なんだろう、これじゃまるで今から嫁入りでもするみたいだ。
「トーマスの、化け猫という存在を私はまだ理解しきれていない部分があると思う。
でも、でもね、私トーマスの事が大好きで、···できたらずっと一緒にいたいって、そう思っているの、お父さん」
そう言いきると父はぐぐっと目を瞑り眉間にシワを寄せたが数秒そうした後ゆっくりと目を開けて笑う。
いうもよりぎこちなくはあったがそれは私の知る優しい父の顔だった。
父はいつだって私に愛情を注いでくれていた、それを忘れた事はない。