「(か、可愛いっ···)」
朝起きて一番最初に視界に入ったトーマスのあまりの愛らしさに私の脳みそは瞬間的に覚醒した。
トーマスが猫の姿でいるか人の姿をしているかは彼の気分次第なのでそれは朝起きるまで分からない。
勿論人の姿でいてもいいのだけれど私は未だに朝一番から見る人間のトーマスのかっこよさにまだ耐性がついていない。
「(今すぐ抱きしめたくなっちゃうけど、···起こしたら可哀想だもんね)」
トーマスはあくまでも猫だから私達より睡眠が必要なのかもしれない、そう思って私は彼を起こさないようにそっとベッドから降りた。
しかし慎重に動いたもののトーマスの眠りを妨げてしまったらしく後ろでか細い鳴き声が上がった。
振り返ってトーマスの姿を確認するとまだ眠そうではあるが薄目を開けてこちらを見つめていた。
そしてもう一度鈴が転がるような甘い声で鳴いた。
「···ごめんね、朝ごはん用意するからもう少し寝てていいよ?」
私がそう声をかければトーマスは撫でてと言わんばかりにスッと耳を寝かせた。
それを見てトーマスの頭を撫でると私の予想は当たっていたようでそれに満足したのか私が先程まで寝ていた位置に移動してトーマスは再び目を閉じた。
「(改めてこうして猫の姿のトーマスに話しかけると猫に話しかける時赤ちゃん言葉になっちゃう人の気持ちわかるなぁ)」
再び眠ったトーマスを見てそんな事を考えながら立ち上がりキッチンに立った。
今日は休日だから急ぐ必要はない。
ゆっくり寝させてあげたいので少し時間をかけたものを用意しようと思いながら冷蔵庫を開ける。
しかし冷蔵庫の中身がそう充実しているわけではない。
買い出しに出てもいいのだがトーマスに黙って出て行っても彼が拗ねる事は想像するに容易い。
なので私は中華粥を炊く事にした。
生米からゆっくりと炊けばトーマスを寝かせてあげる時間も出来るし何よりもたいしたおかずがなくとも満足出来る。
メインのおかずの食材として使うには量が足りない鶏肉を小さく切って下味をつける。
鍋にゴマ油を入れ熱して生姜とお米を炒めればその香りにもう食欲が湧いてくるのだから面白い。
鶏肉を入れお湯を入れてしまえばもう殆ど調理の工程が完了してしまった。
「(トーマスに好き嫌いがないのは助かった)」
私自身、子供の頃は苦手なものがそれなりにあった。
両親はその辺りわりと厳しい人だったので無理をして食べていたが有難いことに母は料理がとても上手な人だったこともありおかげさまで大抵のものは子供のうちに食べられるようになり現時点で食べられないものはない。
一人暮らしを始める前から母に簡単なものを教わってはいたがまだ母の足下にも及ばない。
それでもこうして誰かに手料理を食べてもらう機会が出来た今母に教わっておいて良かったと心から思った。
鍋がぐつぐつと沸騰し始めたので火力を弱くして再び冷蔵庫を開けお茶を取り出しそれをグラスに注いだ。
それを持って部屋に戻るとトーマスはぐっすりと眠っている。
グラスを机に置いてベッドの近く腰を下ろした。
トーマスは気配に気付いているのか耳をぴくぴくと動かした。
だがまだ目は開かない。
「(トーマスが完全に人間になったらもうこんな可愛い寝顔を見ることは出来ないのだろうかと考えると少し寂しい)」
優しく優しくトーマスを撫でるとゆったりと尻尾が揺れた。
びっくりするほど可愛いがこれ以上トーマスを見ていると私が眠ってしまいそうだと思いトーマスに背を向けた。
私は読みかけで放置してしまっていた本に手を伸ばす。
最近は色々あってそれを忘れてしまっていたのだ。
栞を挟んだページを開いてそこに目を通せば途中で止まってしまっていた物語が再び進む。
それは現実世界とは違うファンタジーな物語だった。
だがトーマス曰く異形の者という存在がひっそりと同じ世界で共存していることを知った今、こんな世界ももしかしたらどこかにあるのかもしれない、なんて考えた。
そんなことを考え始めるとますますその物語を楽しむ事が出来た。
そしていつもより早いペースで読んでしまい最後のページを読み終え本を閉じた。
そこでタイミング良くスマホが振動した。
タイマーをかけておいたのだ。
再びキッチンの火の前に立ち鍋の蓋を開けた。
それはとても美味しそうに炊けていた。
私はそれにほっとして再び鍋に蓋をして火を止めた。
私が起きてから一時間弱経つがトーマスはどうだろうか。
「···トーマス、朝ごはん出来たけどもう少し寝る?」
出来るだけ小声で、無理に起こさぬよう声をかければ再びぴくりと耳を震わせ目を開けた。
大きなあくびを一つして私の顔を見て目を細め小さくにゃあんと一鳴き。
立ち上がりベッドからすとん、と軽い足取りで降りるとそのまま私の膝の上に乗った。
私の胸元に前足をついて私の頬をぺろぺろと舐めた。
おはようの挨拶をしてくれているようだ。
「おはよう。よく眠れた?」
再び鳴き声を一つ、そしてもう一度、今度はキスをするように私の頬に鼻をコツンとあてて人の姿になった。
「二人でいるとぬくいからよく寝られる」
ふにゃりと笑って今度は私の唇にトーマスの唇が押しあてられた。
やはり人の姿をしたトーマスにそれをされるのは照れてしまう。
「腹が減った」
トーマスがそう言うや否や彼のお腹が空腹を訴えぐぅーっと可愛らしく鳴った。
「朝ごはんにしよっか」
「ん」
もうちょっとだけ、そう言ってトーマスは私の身体を抱き締める。
私の心は朝からどきまきさせられっぱなしだ。
少しそうしていると満足したのかトーマスは私から離れたので立ち上がり鍋敷きと鍋を持ってきてそれを机に置いた。
二人分のお椀と作りおきの常備菜を並べて再びトーマスの隣に座った。
「熱いから気をつけ·····はい、どうぞ」
私はトーマスのお椀によそったお粥をスプーンで掬ってふーふーとあら熱をとりトーマスに差し出した。
トーマスはそれを当たり前のように食べた。
「初めて食べる味だけど美味いな、これ」
トーマスは笑顔でそう言ってもっと、と言わんばかりに口を開けた。
私は先ほどと同じように彼の口にお粥を運ぶ。
前まではおねだりされてからおこなっていたが最近ではもう私自らこうするようになっていた。
「有り難うな、満足したから名前も食べていい」
トーマスはそう言って私からお椀を受け取り自身の手で食べ始めた。
はじめは最後まで私に食べさせてほしがっていたものだから最近はそれを少しだけ寂しく思う気持ちもある。
「今日どうする?」
「んー···取り敢えず冷蔵庫からっぽになっちゃったから買い出しには行きたい、かな?」
私の返答にトーマスは複雑そうな顔で私を見た。
「デートしたいとかそういうのはないのか?」
「···ごめん、実はデートって何していいか分からなくって」
トーマスは私に凄く甘い。
私がいない間トーマスもデザインやら会議やらそれが家であったり何処かに出向いていたり場所は違えど仕事をしていることに違いはない。
だから疲れもたまっている筈だ。
それでも週末私の願いを全て叶えようとする。
「名前がしたいことすればいい」
「···取り敢えずお出掛けもいいけど家でトーマスとゆっくりするのもいいなって思うんだけど、どう?」
私がそう答えるとトーマスは首をかしげながらも私がそれでいいのなら、と私の提案を飲んだ。
「もしかしてトーマスは何処かに行きたかった?」
「いや、そういうんじゃねぇけど。
なんていうか人間の若い女って色々出掛けるの好きなイメージがあったから」
トーマスは私以外の人間の女性ともデートしたのだろうか?
だとしたら少し妬ける、と思った私はやはり嫉妬深い女らしい。
「···それも楽しいけど今日はトーマスと一緒にいられたらそれでいいかな、って」
それをトーマスに悟られたくなくてそう伝えるとトーマスはにこりと可愛らしく笑う。
「まぁそれは俺も同じだ。名前と一緒にいられたらそれだけでいい」
トーマスは既に自分の分を食べ終えていた。
空になったお椀を机に置いてごちそうさま、と言って再び猫に姿を変えて私の膝に乗った。
私がまだ食事を終えていないがくっついていたくてそうしたのだろう。
トーマスは私の膝の上に座ってリラックスモードだ。
「後で沢山撫でてあげるから少し待っていてね」
トーマスにそう言って喉を撫でるとトーマスは目を細めてごろごろと喉を鳴らした。
本来の猫というものはどのようなものなのだろうか?
トーマスは人間の言葉を理解しているからこそ私は彼に困らされた事はない。
「(トーマスが完全に人になった後猫を迎えるのも楽しいかもしれない)···ごちそうさまでした」
お椀を置いて使った食器を重ねた。
早々に洗ってしまおうとも思うが私が食事を終えたのを見てトーマスは私に期待に満ちた視線を向ける。
「···トーマスおまたせ!」
そう言ってトーマスの前足の下に手を入れ抱き上げるとトーマスはなんとも甘い声で鳴いた。
こんな声を聴いてしまえばもう後片付けのことなんてすっかり頭の隅へと追いやられてしまった。
トーマスを抱いてそのまま床に寝転がって美しい体毛をその流れに沿って何度も何度も撫でる。
トーマスは上機嫌で私の顔をぺろぺろと舐める。
前足の肉球をふにふにと親指で触る。
トーマスはそれを嫌がることもせずに好きにさせてくれる。
「ねぇ、トーマスが完全に人になっちゃったら猫ちゃんお迎えするのもいいなって思うんだけどどうかな?」
トーマスにそう訊ねる先程まで機嫌良く私を舐めていたトーマスが動きを止めた。
そして次の瞬間トーマスは人間の姿に戻った。
「と、トーマス?」
そして私の上に覆い被さっている。
人の姿をしている時にこの体勢はやはり恥ずかしい。
トーマスの胸を押して少し距離をとろうとするもその手をトーマスにとられて手首を握って床に押し付けられてしまった。
「名前にとっての猫は俺だけだろ?」
そう言って何かを含んだような笑みを浮かべるトーマスは妙に色っぽかった。
「俺は名前だけの猫だ、それだけは人間になっても譲れない」
重ねられた唇、もう彼としたこの行為の回数は覚えていない。
ただ唇を合わせるだけのその行為がこんなにも甘く感じられるのは私の彼への想いが原因なのだろうか。
「今日はゆっくり、だったよな?
だったらベッドでゆっくり···も良いってことだよな?」
私はトーマスの言葉の意味を理解出来ない程子供では無くなったしそれを嫌とだという気持ちは当然持ち合わせなくなってしまった。
だから恥ずかしくとも彼の言葉に頷いてしまう。
それはそれは恥ずかしくてたまらなくなるのだがそうした後見せてくれるトーマスの嬉しそうな表情が堪らなくて、一時の羞恥心なんてどうでもよくなってしまうのだ。
「食器片付けるからちょっとだけ待ってて?」
「嫌だ」
トーマスはそれを即却下して私を抱き上げベッドに放り投げてしまった。
そして逃がさないとばかりに私の上に覆い被さった。
「俺が後でちゃんと洗うから今すぐシたい、駄目か?」
私がそれを拒めなかったことなんて今更言う必要もないことだろう