再会を祝って

「久しぶり、十代」

それはもうすぐ日付を跨ごうとする時間、背後から声をかけられ俺は振り返る。
その声の主を俺は顔を見ずとも知っていた。

「久しぶりだな」

なんとなく今日は名前と会えるのではないかと思っていた。

「今日は奢るから今から一杯どう?」

名前からの誘い、断る理由もとくに無い俺はそれに首を縦に振った。


名前に連れられて来た店は落ち着いた雰囲気のバーだった。
店内に俺達の他に客は数人、カウンターの向こうで穏やかそうな初老のバーテンダーがグラスを丁寧に磨いていて俺達に挨拶をした後名前に久しぶりだねと声をかけ、名前も和やかに返事をしていた。
どうやら名前はここの常連らしい。

「何にする?」

「名前のおすすめで適当に」

酒を嗜むようになって暫く経った。
特別味に煩くない俺は名前と飲む時はいつもオーダーを名前に任せていた。
だから名前は俺の言葉をすぐに了承してバーテンダーに酒を注文する。

「私はバックス·フィズを、彼にはキールをお願いします」

にこやかにその注文を聞き入れ流れるような美しい動作でカクテルを作る男の姿は同性の俺から見ても魅力的に見えた。

シェイカーからグラスに注がれた鮮やかな赤とオレンジにまだ子供だった頃の俺達の姿を見た。

「とりあえず乾杯ね」

「ああ」

グラスを手にとり互いに小さく上に翳しゆっくりと一口流し込んだ。
酒の味を覚えてどれくらい経つだろう。
いつからこうして名前とこんな場所で飲むようになったのだろう。

学園にいた頃予想だにせぬ事件の連続で時が経つのがとても早く感じた。
しかし卒業してからはそれすらもゆったりした時間のように感じられる程目まぐるしく景色が変わっていく。

体質なのかなんなのかはわからないが今でも俺は何かとトラブルに遭遇することが少なくない。
それは俺が普通の人間ではないからなのだろうか。
根なし草のように世界を駆け回る日々の中で沢山の人と出会い束の間の時間を共有しそしてまた違う道を歩みだす、その繰り返しだった。

そんな日々を過ごしている自分だからこそ今もこうして昔と変わらず名前と繋がっている事が不思議だった。

「これ皆から十代にって」

名前が俺に紙袋を差し出した。
中身は分からないがそれがどういった意図を含んでいるかは説明されずとも理解している。

「なんで皆俺が今日名前と会うって知ってたんだよ」

約束なんてものはしていない。
なのに俺は今日名前に会える気がしていた。

「なんてだろうね、でもね、私も何となく十代に会えるんじゃないかって考えながら歩いてたんだよね」

皆からのプレゼントはいつ引き受けたのだろうか。
今日でないのなら名前はいつ俺に会ってもいいようにそれを持ち運んでいたのだろうか。

「まぁ出会えなければ電話すればいいし遠くにいれば宅配便で送ればいいだけの話だから」

そう言って名前は笑う。
ロマンの欠片もないが名前のこういう所が俺は好きだ。
よく晴れた夏の空のような、そんな所が。

「出会えてラッキーだったな。
日本には今日戻ってきたんだ」

少し疲れた俺は休息を取るつもりで慣れ親しんだこの国に帰ってきていた。
だからこそそんなタイミングで名前に出会えた事は本当に運が良かったのだ。

「グラス、空になっちゃった」

「ああ、そうだな」

名前は次はどうしようかと考えている。
どちらかが帰ろうと言うまでは最後まで名前が適当に選んだものを俺も飲んでいたのだが今日は違った。

「ねぇ、····今日は十代が決めて?」

一緒に酒を飲めるようになってから初めての事だった。
俺に柔らかく笑いかける名前。
その笑顔を見て名前は一体いつからこんなに大人びた笑顔をするようになったのだろうと考えた。

変わらないと思っていた、そんな事はあり得ない話だ。
昨日の俺に二度と戻れぬようにもう二度と今日の名前に会う事は出来ないのだから。

「····アメリカンレモネード、連れには····カンパリオレンジで」

バーテンダーは先程と同じく穏やかな笑みで短く返事をしてシェイカーに酒を注いでいく。
らしくないことをしていると自覚している。
名前はどう思っただろうかと横目でそちらを盗み見るが名前は変わらず穏やかな表情をしていた。

再び差し出されたグラスを手に取り口へと運ぶ。
先程よりも強いアルコールにクラリと来た。
その強さが何故か今日は心地よいものに感じた。

「初めて一緒に飲んだ時はカクテルの名前なんて知らなかったのにね」

「···名前に鍛えられたからな」

片手で数えきれる程だが卒業してからも何度か翔や万丈目達と飲んだことはある。
だがそれは宴会のようなものだった。
その場ではビールや日本酒を飲んで笑ってデュエルしてと大騒ぎの宴だった。
それもまた楽しい時間だったのだが。

最初に二人でこうして飲んだのはそんな飲み会の後だった。
少し静かに飲みたいから良かった一緒にもう一件どうかと名前から声をかけられた事がきっかけだ。

あの日下心が無かったかと問われれば否定は出来ない。

きっと、いや、俺は名前が好きだった。
名前の隣は居心地が良かった。
名前も同じように思っていてくれたと思う。
自惚れだと笑われるかもしれない。
それでも俺達は自然に一緒にいた。
まるで共にそこにいるのが必然的な事であるかのように。

「ねぇ、十代は知っててこれを選んだの?」

名前は酒を一口飲んでそう言った。
主語等なくても名前が何を聞いているのか等理解している。

返事をしない俺に自身の質問に肯定しているととったのか名前は笑って口を開く。

「私ね、十代の事大好きよ」

名前の突然のストレートな告白に俺の心臓か大きく鳴った。
名前はグラスの中のグラデーションをぼんやりと見つめている。

「子供の頃はそれがよく分からなかったの。
気付いたのは箱庭を飛び出した後だった」

そこまで言って名前は俺を見た。

「今でも貴方にとって私はこのカクテルと同じかしら?」

そう言って名前はグラスの酒を飲み干した。
それを追うように俺も残りの酒を流し込む。

「······俺にはライラを、彼女にはモーニンググローリーフィズを」

俺がそう言ったのを聞いて名前は小さく声を出して笑った。

「大丈夫?この後潰れちゃわない?」

名前の軽口が心地いい。
こんな話をしている時点で俺も名前もとっくに酔っているのだろう。 

「おかしいね、十代とこんな話をするだなんて」

全くだと心の中で同意した。
だが俺はそれを嬉しく思う。

「私はね、多分誰かに縛りつけられる事は無理なんだと思う」  

名前がそう言った。
そんなことは理解している。
だからこそ自分の気持ちに気付いた後も名前にそれを伝える事はしなかった。

「そうだな、俺が一番よく知ってるさ」

自惚れと笑われようが名前を一番理解していたのは俺だと思う。
逆もまた然り、俺という人間を誰よりも知っていたのは名前だったと思う。

「でもね、だからこそ十代とは上手くやれるんじゃないかって思うよ」

「それは俺と特別な関係になってもいいってことか?」

名前は笑って俺の手からグラスを奪いその酒を飲み干した。

「今夜の宿は?良かったら私が案内しましょうか?」

そう名前に提案されたので今度は俺が名前のグラスを手に取り中身を喉へと流し込んだ。

「ああ、宜しく頼む」

名前の顔が赤い。
だがこれはおそらく照れている訳ではないだろう。
きっと強い酒に酔っているだけだ。

「どうぞ」

それに気付いたバーテンダーが名前にグラスを差し出した。
ただし中身は酒ではなくミネラルウォーターだろう。

名前はそれをゆっくりと流し込んでいく。

それを見ながら俺もグラスに残った酒を飲み干した。


ああ、本当に今日は酔っぱらってしまった