「IV、これ貴方に」
名前はそういって一通の手紙を差し出した。
俺はそれを受け取りため息を吐く。
「こんなもん受けとるなよ」
「しょうがないでしょう、無理矢理押し付けられたのだから」
内容は見るまでもなく想像出来ていた。
雑に封を切り中身に目を通せばそれはファンレターではなく所謂ラブレターとよべるものだった。
「よりによって想い人の恋人に渡してくれだなんて良い趣味してるぜ、この女」
恋人がいようが関係なしにこんなものを押し付けたそいつはよほど容姿に自信があったのだろう。
封筒の中には一緒に写真が入っていてそこに電話番号が記載されていた。
俺はそれを一瞥してくしゃりと握りしめた。
「可哀想に」
「そんなこと思ってねぇだろ」
俺達は互いに素が出せる程に気を許しあった友人だ。
軽口を叩きながらも互いを尊敬出来る良いライバルだと思っている。
だが世間はそれを言葉の通り信用してはくれなかった。
俺達が男と女であるが故について回るマスコミの下衆な勘繰りに外で写真を撮られる度にふざけた謳い文句を週刊誌に写真と共に添えられた。
最初はあまり気にしていなかったがデュエルの大会中の取材でまでその真偽を問いただす記者が現れた事に辟易とした。
その日の会場には同じく大会に出場する名前もいた。
先週控え室近くの通路でばったり顔を見合わせた瞬間名前も自分と同じような取材を受けた事を表情を見て察した。
数秒沈黙があった後俺達は同時に言葉を放った。
「「俺(私)達付き合おう」」
そこから今の俺達の関係が始まった。
俺達は互いの事をよく理解している。
互いがそれをどんな意味で言ったか理解しているのだ。
それを公言したことによって一時期下らないワイドショー等では騒がれたが常にマスコミに張られるような事はなくなった。
二人で出掛けていても一部過激なファンを除いては大人しくなったものだ。
「ねぇ、IV。
私もしかしたら好きな人が出来たかもしれないの」
「·····は?」
そんな関係がスタートして一年程経った今日名前はそんな事を口にした。
名前が言っているごくシンプルな事が理解出来なくてたっぷり数秒間考えた後口から出たのはあからさまに不機嫌な声色だった。
それを発した自分に俺自身が驚いた。
「私のその人への気持ちをVさんに話したの。
そしたらそれはきっとその人に恋愛感情を抱いているんだろうって」
名前とVが知り合う事になったのは勿論俺がきっかけだ。
交際宣言してから約1ヶ月程は二人揃ってしつこくマスコミに追われて何度かVに送迎を頼んだ事がある。
その流れで数回家に来た事もある。
家族は俺達の本当の関係を知った上で名前を受け入れてくれた。
そこで話をしているうちにVと名前は存外気が合う事が分かったのだ。
それ以降たまに二人で会っていることを知りなんとも言えない気持ちになったがそれはどういう感情からくるものなのかよく分からなかった。
「つまり何が言いたい。
そいつと付き合いたいから俺と別れたいってことか?」
何故自分はこんなにもイラついているのだろうか。
名前に対してこんなに不機嫌な声を出した事が未だかつてあっただろうか。
なぜ今俺の眉間にはシワが寄っているのか。
分からない。
「····IVと別れたからってその人とは付き合えないもの」
名前は俺を見ずにそう言った。
その横顔は見たことがない、誰かを想っている女はこんな表情をするのかと思った。
なぜ俺がそんな名前に激しくイラついているのか分からない。
俺達はただ利害関係が一致して共にいたに過ぎない偽物の恋人だった筈なのに。
名前も俺も普通のただ一人の人間だ。
だから恋の一つや二つして当然なんだ。
それなのに、わかっている筈なのに俺は何故こんなに腹を立てているのだろうか。
その答えなんてとっくに理解している筈だ。
なのに俺はそれに気付かないフリをしようとしている。
「その相手ってもしかして兄貴なんじゃねぇのか」
名前の周りに親しい異性は俺の家族を除けば見当たらなかった。
IIIに対しては可愛がってはいたがあきらかにそれは弟に向けるような感情にしか見えなかったからだとすればと考えて一番に浮かんだのは兄であるVの顔だった。
それを考えれば考える程眉間のシワが深くなっていく。
「違うよ」
名前は首を横に振った。
その表情に嘘はないように見える。
だとしたら誰なのだろうか。
下手な奴を好きになるくらいならまだ兄貴を好きになってくれた方がマシだと思った。
それでも不愉快な事に違いはないのだが。
「····言えないよ、だってその人は私のこと友達としか見ていないんだからね、口にしちゃったらもう終わっちゃうから」
名前が哀しげな表情で俺を見た。
俺達は性別は違えど一番の親友だと思っていた。
相手の事をなんでも理解していると思い込んでいた。
でもどうだろう、目の前にいる名前は俺が全く知らない女だった。
俺は今まで名前の何を見ていたのだろうかと分からなくなった。
弱い、ただ弱い女を胸の中に閉じ込めてしまいたいと思った。
「IV?」
名前に名を呼ばれハッと我に帰った。
無意識的に俺は名前の手首を掴んでいたのだ。
名前が何も口にしなければそのまま腕を引いて抱き締めていたかもしれない。
危なかったと冷や汗をかいた。
それでも俺の手は名前を掴んだまま離そうとしなかった。
「あの、···IV?」
名前は困った表情で俺を見ている。
俺は名前を困らせる存在でしかないのかと無性に悲しくなった。
けれどもその手を離す事が出来ないでいた。
「····誰だよ、そいつ」
もう俺のイライラの理由なんて気付いていた。
聞きたくなんてないのに俺は諦めが悪かった。
名前が誰と答えても俺はそしつを否定してやろう、そう強く思ってしまっている。
俺は自分ではない男と結ばれた好きな女の幸せなんて願えない男なのだと今日知った。
「·····それを聞いても、私を嫌わないでいてくれる?」
名前は俺に嫌われる事に怯えている。
そんなに俺に嫌われるのが嫌ならこのまま今まで通り俺といればいいのに、そう願った。
いっそ俺は嫌いになりたいと思った。
「大丈夫だから、言えよ」
何も大丈夫ではなかった。
ただ俺が名前の事を知らないというのが許せなかった。
そいつが俺の知っている奴であったなら重箱の角をつつくように何かケチをつけて反対してやろう、そんな女々しい事を考えた。
「········その人はね、····私の一番の友達で一番の、ライバル····だよ····」
「········は?」
名前が言った言葉を理解するのに今度は10秒程かかった。
名前は俺から目を逸らしたまま泣きそうな表情を浮かべている。
そうか、この表情は全て俺を想って浮かべられていたのかと気付いた途端嬉しくてたまらなくなって我慢出来ずに俺は握りっぱなしだった手首を引いてそのまま力いっぱい抱き締めた。
「ふ、IV?」
慌てた様子で俺の名を呼ぶ名前。
名前の心音が面白い程早く鳴っているのが伝わってきて思わず顔がにやけてしまった。
「いつからだ?俺の事好きって気付いたの」
「えっと、さ、3ヶ月前くらい?」
確か兄貴と二人で会い始めたのもそれくらいからだったと思う。
それにしても全然気が付かなかった。
名前が俺をそんな風に見ていただなんて。
さすが俺のライバルだ、良い役者じゃねぇかなんて考えて喉を振るわせて笑った。
名前はそんな俺に何がなんだか分からないという顔をしている。
「なぁ、名前もちゃんと俺に抱きつけよ」
俺の突然の抱擁にどうしていいか困惑して手持ちぶさただった手を俺の背に回させた。
「えっ、あっ、え??」
名前は今の状況に面白い程混乱している。
俺はそれが楽しくて仕方ない。
名前はおそるおそる背に回した腕に力を入れる。
そうすればまた鼓動が早くなった。
俺は何故今の今まで名前がこんなに可愛い事に気が付かなかったのだろうかと考えた。
「あの、えっと、IV?」
「これからはいつだってこうして良い。
いつだってお前を抱き締めてやるから」
このままキスをすれば名前はどうなってしまうだろうかと考えた。
まぁ考える前に俺は名前に顔を近付けていたのだが。
俺達が再び週刊誌の表紙を飾るのはそう遠くないだろう