「おかえり」
「は?」
仕事が終わって家に帰れば特徴的な、ほんの一年前までは毎日見ていた靴が玄関にあった。
まさか、と思いながら自分の靴を脱ぎリビングの扉を開ければそこには当然のようにソファーで寛ぐ男がいた。
「なんだよ、久々に会ったってのに」
私の双子の兄、遊城十代がそこにいた。
「····なんの連絡も寄越さずにいきなり家にいたらびっくりするに決まってるじゃん」
卒業式の数日前に二人で顔を合わせた時告げられた、自分は旅に出るの実に簡潔な言葉。
母さん父さんには言ったのかと訊ねたればお前から言っておいてくれと笑って言ったのだ。
まぁ私達はそれほど両親と親しくない。
いや、親しくないと言っては語弊があるかもしれない。
子供の頃から仕事に生きていた二人と単純に会う時間が圧倒的に少なかったのだ。
私も十代もそれを寂しがるタイプではなかったしお互いがいればなんとかなると思っていたのも相まって両親との距離は開く一方だった。
それでも私達は両親の事を嫌ってなどいなかったし両親を私達を嫌ってなどいなかった。
「父さん達は?」
「今日から出張だよ」
相変わらずだな、十代はそう言って笑った。
なんだろう、違和感を感じる。
「十代、変わったね」
「そうか?俺はまだあの時とおんなじ、ガキのまんまだよ」
そう言って笑う十代はずっと大人びて見える。
それでもその笑顔はあの事件が起こる前の十代のようにも思える。
「名前はすっかり大人って感じだな」
スーツを着ているからだろうか、十代は私を見て感心したような表情で私にそう言った。
「まさか、まだあれから一年しか経ってないのに」
「俺からしたらもう一年かって感じだけどな」
そう感じる十代にとってこの一年は充実していたのだろう。
私の知らない時間十代はどんな風に過ごしていたのだろうか。
子供の頃はなんでも話していたしお互いの事をなんでも知っていたのにいつの間にか十代はどんどん知らない人になっていた。
だがそれはきっと十代から見た私も同じなのだろう。
「まぁいいや、取り敢えず着替え全部出しなよ、洗っておくから」
「ああ、それなら今洗濯機回してる」
本当に変わった。
昔は私が促すまでそんな事をしなかったというのに。
「やっぱり変わったね」
「そりゃあ文句言いながらもやってくれる奴がもう傍にいないからな」
洗濯が終わった事を告げる電子音が聞こえた。
それを聞いて十代はソファーから立ち上がり洗面所に向かった。
かごに洗濯済みの衣類を持って再びリビングに戻ってきて庭に面したガラス戸を開けた。
「手伝うよ」
「ん、サンキュー」
スリッパを履いて庭に出て少し離れた場所で二人並んで洗濯物を干していく。
昔は適当に干して何度も私にどやされていたが今では十代はシワをきちんと伸ばし文句なんて付けられない程綺麗に干していた。
「今日ご飯どうする?」
「そりゃあ勿論、分かってんだろ?」
「買い物付き合ってね」
「ああ」
全て干し終え部屋に戻った。
もう夕方ではあるが今日はずっと晴れているようだし男物の洗濯物だから何かの被害に合うこともないだろう、今日は湿度も低いから夜には乾いているだろうから外に干しておいて寝る前に取り込めばいいだろう。
「あんま変わってないなぁ」
「そうだね」
服を着替えて二人で家を出た。
私達がデュエルアカデミアに入学して3年間家には一度も帰らなかった。
十代に至っては4年帰っていないことになる。
私も学園を卒業して久しぶりに家に帰ってきた時同じように感じた事を思い出した。
「そんなこと気にした事なかったけど変わらないものがあるってちょっと嬉しいんだなって今思った」
「随分ロマンチストになったんじゃない?」
からかうようにそう言えば十代は悪かったな、と拗ねたように頬を膨らませた。
まだ可愛らしい所も残っているようだ。
スーパーに着いた。
食材を入れる為のかごを手に取れば私の手から十代がかごを取り上げた。
「····ねぇ、お父さんとお母さん、明後日には帰ってくるの」
「そっか」
「たまには親孝行していきなよ」
十代は苦笑いを浮かべる。
私は十代が親不孝だなんて思っていない。
両親にとって仕事は生き甲斐だ。
それを子供ながらに理解していたからこそ私達は我が儘を言う事をしなかった。
「···まぁそうだな、久しぶりに会ってみっかな」
何かしろ理由を付けてすぐにまた旅立ってしまうのだろうと思っていたので十代がすんなり私の提案に同意した事に驚いた。
だがそれは私にとっても嬉しいことだ。
「ついでにたまには二人にも子供孝行してもらわないとね」
私がそう言えば十代はキョトンとした顔をした。
「だってそうでしょう?私達随分聞き分けのいい、良い子だったじゃない」
そう続ければ十代は声を上げて笑った。
「そうだな、んじゃあまぁ取り敢えず今日と明日は妹孝行しておくか」
「へぇ、何してくれるの?」
十代が大ぶりのエビの入ったパックを手に取ってかごにそれを入れた。
「今日の晩飯は俺が作ってやるよ」
「···まさか十代の料理を食べる日が来るなんて思わなかった」
それなりには出来るから安心しろ、そう言って十代は他の食材もかごに入れていく。
食材を選ぶ十代が私の兄とは違う人に見えた。
けれどどこか安心した。
卒業して慣れない仕事に四苦八苦していた頃何度も十代の事を考えた。
なんやかんやと要領の良い十代なら私が苦労していることもすんなりと出来てしまうのだろうと僻みのような事も考えた。
最近になってなぜあの時そんな事を考えたのかを理解した。
きっとあの時私は寂しかったのだ。
大切な片割れが隣にいない事が。
学生時代随分と変わってしまった十代、大人になって再び変わった十代。
違和感を感じるも何故か十代の傍に立てば何をせずとも安心出来た。
「アイスでも買って帰ろうぜ、今日は高いの選べ、俺が買ってやるから」
「····私もう子供じゃないんだからね」
私はそう言われて普段は滅多に買わない少し価格帯の高いアイスに手を伸ばした。
だがそれを手に取ることはせずに子供の頃から変わらず好きな100円程のアイスを手に取りかごに入れた。
かごには既に同じアイスが一つ入っていた。
それを見て私は笑った。
「変わらねぇなぁ」
「お互いね」
時間と共に変わっていくものが沢山ある。
それでも変わらないものも沢山あった。
今後も絶対に変わらないものが一つある。
「んじゃあ帰るか」
「うん」
私達は何があろうともれから先もずっと兄と妹だ