夏の暑さのせい

「あっつ····」

言霊というものはあると思う。
その言葉は口に出してしまったら余計暑くなるからと言わないようにしていた。
しかしその日の暑さは異常だった。
無意識だったのだ、それを口にしてしまったのは。

「名前が言うなって言ったんだろ」

十代から不満の声が上がった。
そうルールを決めたのは私だった。
それでもそのルールを破ってしまう程暑かったのだ。
レッド寮にはエアコンがない。
窓は開いているがその日は微々たる程の風しか吹いておらず室内はむしむしとしていた。
十代もTシャツにハーフパンツだったし私もジャケットは脱いでいた。

「ほら」

十代が持っていた団扇で私を扇いでくれた。
気持ち程度の風は来るが室内の籠った熱が熱風となり、それは余計に暑さを感じさせた。

「あっつい、ねぇ、いっそ海岸に行こうよ、もうこれはちょっと無理だよ」

そう提案するも十代は思案顔だ。

「どうしたの?」

「いや、なんていうか、今は無理」

十代にその提案は却下されてしまった。
基本ノリの良い十代がそんなことを言うのは珍しい。

「出来ないくらいへばってる?」

体力がある十代がそんなことになるなんて本当に今年の夏は異常だなと考えるもどうやら十代は暑気当たりをしているわけでもないらしい。
違うと首を振った。

「最近さ、俺お前といると、」

「なに?」

十代にしては珍しく随分と歯切れが悪い。
何を言いたいのだろうか。

「言っても怒んねぇ?」

「いいからはよ言え」

ここまで勿体ぶる理由はなんだろうか。
暑さで気が短くなっている私は十代を急かさせた。

「·····正直ムラムラする」

「····」

要らぬ言葉を聞いたと後悔した。
やはり十代も暑さにやられているようだ。

「帰る」

十代もいくら子供っぽいとはいえその精神とは別に身体は成長している。
だからこのくらいの年齢の男が異性に対してそういう感情を抱く事は自然の摂理だと思う。
それが分かっているからこそ十代に嫌悪感を抱くなんて事はない。
でも間違いが起こるような事は避けたい。

「待てよ」

十代は立ち上がり帰ろうとする私の手を取り引き留めた。
真っ直ぐ私を見つめる目が帰らないで、と訴えかけてくる。
正直な所非常に可愛らしい。

「別にひいたりしてるわけじゃないけどさ、今一緒にいるのってお互いの為に良くないと思わない?」


十代の前にしゃがんでそう伝えるも十代は納得しようとしない。

「俺名前の事好きだよ」

「ごめん、なんか今言われてもあんまり嬉しくない」

正直とりあえず好きって言ってればヤれるんじゃないか、くらいにしか聞こえないんだよ十代。
というか私は一年の頃から十代の事が好きだったからわりとストレートに気持ちをぶつけていたにも関わらず安定のスルースキルを発動されてきた身だからねなんとも複雑なのよ。

「名前は好きな奴いんの?」

「·······いるよ」

お前だよバーカと言いそうになってため息をつきそうになった。
本気で十代は私の気持ちに気付いていなかったのだろうか?
十代は私の言葉に顔を伏せてしまったけど依然として手は離さない。

「十代あの」

「·····より?」

私の言葉を遮って十代が何かを言った。

「ごめん、何て言った?」

聞き取れなかった言葉を聞き返すと十代は伏せていた顔を上げ再び私の目を見て今度ははっきりと言葉にした。

「そいつの事俺より好きなのか?」

「····」

先程までは可愛いらしかった十代なのにそう口にした十代は男の顔をしていた。
目がギラついた。
その目を見て一瞬呼吸が止まった。

「名前は俺の事好きだろ?」

私の手を掴む十代の手に力が入る。
ぎしぎしと腕が悲鳴をあげそうな程に強く。
否定する事を許さないと言わんばかりに。

「····十代の事は好きだけど、十代のそういう所本当にずるいよ」

十代は欲しいと思うものを全て手に入れようとする。
私の気持ちなんてほんとは全部知ってるから強く押せば私なんて簡単に手に入る事がわかってたんだ。
多分それは野生の勘のようなものだと思う。
それでも本気で十代を好きな私にとってはその思想はあまりにも残酷なものだった。

私は十代の若い頃の一夏限りの恋人になんてなりたくはなかった。
そう思っている私に十代は更に残酷な事を聞いた。

「名前は俺が他の奴と寝ても平気?」

なんて酷い。
こんなの脅しじゃないか。
それが嫌ならヤらせろと言っているようなものだ。

酷い人だと思う。
それでも十代の事が嫌いになれない。
そんな自分が凄く嫌いになる。
報われる事はないだろうと思っていた。
いずれまた別の人を好きになるまでは十代の事を好きなままでいようと開き直り気持ちは変わらずとも好意を伝える事もやめていた。
なのに今になってこんなに大きな餌をチラつかせてくるなんて、なんて酷い。

「十代がそうしたいのならそうすればいいじゃない」

その言葉は精一杯の強がりだった。
なのに私の言葉は少し震えてしまった。
仮面を上手く被りきれない自分に腹が立った。
目線は私から外さない十代が憎い。
なのにずっと自分を見ていてほしいと感じてしもう自分の未練がましさにも嫌気が差す。

「嘘だよ、俺名前だからこそそういう気持ちになってるから、だから」

泣かせてごめん、そう言って私を抱きしめた。

十代にそう言われて自分が泣いていることに気がついた。
面倒な女にだけはなりたくなかったのに。

「ごめんな、なんか感情が突っ走って言葉が逆になっちまったけど、俺名前の事好きだから」

肩に置かれた手に力が入り強くより強く私の身体は十代に抱きしめられる。
十代の心音が聞こえる程に。

「私は十代が思っている以上に十代の事、好きなのよ」

だからこそ一時の恋人になることは嫌だと思う気持ちと一時でも抱かれてみたいという感情で揺れている。
ねぇ十代、貴方のその言葉は信じてもいいの?

「そんなの分かってる、だってずっと俺の事見てただろ?」

全部バレていたようだ。
やはり十代は残酷な人だった。
それならばもういいか、そう思ってしまった。

「ねぇ十代、好きよ、大好き」

そして私は十代の首に腕を回して自ら唇を彼の唇に押し付けた。
全てがどうでもよくなって自ら落ちていくことを選択した。
十代はそんな私の行動に一瞬驚きつつもその行為を受け止めた。

汗だくの身体が気になったが自分の部屋に行こうと言う気にはなれなかった。
十代の痕跡を私の部屋に残したくなかった。
来年の今頃十代は誰といるのだろうか?
それを考えると胃がキリキリと痛んだ。

私の身体に触れる十代がまるで別人のように感じた。
余裕のない十代の行為は決して上手というわけではなかったと思う。

それでもその稚拙な行為でさえそれを行っているのが十代だというだけで私の身体は感じてしまい強く十代を求めてしまう。

「名前が俺の事大好きだって事すげー伝わってくるぜ」

身体を繋げただけで何が分かるというのだろうか。
それでも十代が私の名前を呼ぶだけで私のそこは十代を離さないとばかりに収縮するのを感じてまたそれに嫌気がさした。

だから苦し紛れに十代の背に腕を回し力いっぱい爪を立ててやった。

いっそその爪跡が残って私以外の女にそれを見られればいいと呪いをかけて。

まるで何も知らない少年のような十代の仮面なんてもう被れないように。

そんな事を考えている私に十代は何度も何度も角度を変え、口内までくまなくキスをした。

私を見る目がまるで愛しいものを見るように、そう錯覚するようなそんな目をして。

私の中で欲を出した十代が私の上に倒れ込んだ。
荒い息をしながら私を抱き締めて頭を撫でながら好きだと口にした。

私は泣きたくなるのを必死で我慢した。

「なぁ、名前」

十代が私からそれを抜いて私と十代の身体がほんの少し離れた。
そして両手で私の顔を包みいつもと変わらぬ笑顔で言った。

「俺はお前が俺以外の奴と寝たらお前を殺すよ」

いつも通りの笑顔で。


私はこの悪魔のように残酷な人間を嫌いになることが出来るのだろうか?