ここ最近はとても忙しかった。
この時期蔓延するウイルス、インフルエンザが猛威を奮ったせいで複数人が同時に会社を休んだことにより単純に人手が足りなかったのだ。
おかげで今日帰ってこられたのはスーパーが閉まる時刻ギリギリだった。
今週はずっと忙しく帰りに寄り道をする余裕もなかったので冷蔵庫の中身は殆ど空っぽになっていた。
私は慌ててスーパーに駆け込んで適当になんにでも使える食材をかごに入れていった。
「(この土日は絶対にだらだらして過ごす)」
誰に言うでもなく私はそう強く決心して食材のついでにお酒やお菓子をどんどん追加していく。
こういったものを躊躇することなく買えるようになったことで自分がいつの間にか大人になった、だなんて時折実感する。
一通りかごに入れ終えたかな、という頃にはスーパーは間もなく閉店するということを知らせる音楽が流れ始めた。
足早にレジに並び急いで袋詰めを済ませ外に出た。
店内にはもう数人の客と店員しかいなかった。
外は相変わらずの寒さだ。
吐く息は白く染まっている。
両手を上着のポケットに突っ込んで自宅への帰路を早歩きで進んだ。
明日は休みということもあり昨日よりもずっと自宅へ向いたその足取りは軽かった。
「え····何してるの?」
マンションに着き自身の住むフロアに足を踏み入れると私の部屋の扉の前に誰かが立っているのが見えた。
それが誰かということはその特徴的な髪色からすぐに理解した。
「お前を待ってたんだよ」
「先に入ってればよかったじゃない」
トーマスだった。
彼には合鍵を渡している、いつでも来てくれて構わないと言っておいた筈だ。
そもそも明日かなり早い時間から仕事に向かわなければいけないと言っていた彼がこんな時間にどうしてここにいるのだろうかと疑問を持った。
「鍵忘れたんだよ····メールも電話もお前出ねぇし」
トーマスにそう言われてスマホを確認した。
サイレントになっていて気が付かなかったようだが確かにトーマスからの着信があった。
「ごめん、取り敢えずあがって?寒かったでしょう」
「ああ」
ぐるぐる巻きにされていたマフラーから覗いてるトーマスの鼻は赤くなっていた。
急いで部屋の鍵を開け中に入るように促した。
扉を開ければそこはふわりと暖かい。
リモート操作で部屋の暖房を付けておいて良かったと心底思った。
「あー、ぬっく···」
「取り敢えずコート脱いで、手洗いとうがい、しっかりね」
トーマスは私の言葉に素直に頷いてコートを脱いだのでそれを受け取りハンガーにかけた。
その間にしっかりと手洗いをしていたトーマスを見て笑顔が溢れた。
「何笑ってんだよ」
「ううん、トーマスに会えて嬉しいなって思ってただけだよ」
私も同じようにコートを脱ぎそれをハンガーにかけた。
そしてトーマスと入れ代わる形で手洗いうがいを済ませる。
トーマスは勝手知ったると言わんばかりにソファーに座りテレビをつけ寛ぎはじめた。
私はひとまず買ってきた食材を冷蔵庫に入れていく。
「トーマスご飯は?」
「仕事終わりに食ってきた。
んでそこの料理がなかなか美味かったから名前にも買ってきたから」
そういえばトーマスは先ほど紙袋を持っていた。
それは今キッチンの流し台の上に置かれている。
成る程、あれは私への手土産だったのか。
私がそこにいずとも美味しいものを共有しようと思ってくれたトーマスに心がほっこりと暖まった。
「ありがとう、疲れてたから凄く嬉しい」
隣に座りお礼の言葉を口にすればトーマスは私の顔をちらりと見て頭をわしゃわしゃと撫でた。
「確かに顔が疲れてんな、悪かったな、いきなり来て」
「ううん、明日は休みだし、寧ろ元気貰えたからありがとうって感じだよ」
トーマスの肩に頭を乗せ甘えるとトーマスは私の肩に腕を回し更に近く抱き寄せてくれた。
「あ、そういえばトーマス明日は?」
「ああ···明日出る筈だったイベントそのものが中止になったんだよ」
それを聞いて成る程、と納得した。
それが中止になった事情はなんとなく察している。
「流行ってるみたいだもんね、トーマスは体調崩してない?」
「崩してたらここに来たりしねぇよ」
そう答えたトーマスにらしいなんて感想を抱いた。
今年はインフルエンザの他にもタチが悪いものが出回っているから世間は軽くパニックになっていた。
「なら明日もゆっくりしていけるの?」
「名前さえ良ければ日曜までいる、寧ろ月曜ここから仕事に行きたいくらいだけどな」
勿論構わないよ、と返事をすればトーマスは嬉しそうに笑った。
その笑顔に胸がきゅんとして仕事の疲れなんて本当に消し飛んでしまった。
その時、ぐぅ〜と私のお腹が鳴った。
「·····と、とりあえず!トーマスが買ってきてくれたご飯いただくね!!」
「あ、ああ」
空気の読めない胃袋に若干怒りを覚えながらも私はそれを誤魔化すように慌ててトーマスが買ってきてくれたものを温めにキッチンへと向かった。
後ろでトーマスが笑っていることと分かっていたが気が付かないふりをした。
きっと可愛くない意地を張ってしまうだろうから。
レンジで温めているのをぼーっと見ているとトーマスが後ろから近付いて私に抱き付いた。
「それ食ったら一緒に風呂入ろうぜ」
な?と念押しされて後ろを振り返ればそのまま唇にキスをされた。
「···もう····」
拒否の言葉を口にしなかった私に気を良くしたのかトーマスはニコニコと笑顔を浮かべたままソファーに戻っていった。
レンジが電子音を鳴らしそれが温め終わったことを私に知らせた。
私はそれを持ってトーマスの隣に腰かけた。
「じゃあ、いただきます」
「ん」
トーマスに見られながら自分だけが食事を摂るのはなんとなく気まずい気持ちになったが私が美味しい、と口にすれば自分のことのように嬉しそうな笑顔を見せてくれるトーマスを見て心は安らいだ。
食事の妨げにならない程度に話しかけてくれるトーマスの優しさにもまた心は満たされていく。
「ごちそうさまでした」
トーマスにありがとう、と伝えて容器を片付ければ待ってましたと言わんばかりに再びトーマスは立ち上がった。
「さ、入るぞ!」
意気揚々にそう言って私の手をとりお風呂に急ぐトーマスに抗うことはせずに着いていく。
晩ごはんを買ってきてくれたことももしかしたらご機嫌取りの一貫だったのかもしれない。
もっともそんなものが無くても私はトーマスに強くお願いされて断ることなどあり得ないのだが。
それをトーマスも理解しているだろうからあれは本当にトーマスの善意だったのだろう。
「トーマスってお風呂一緒の時はいつも脱がせたがるよね」
脱衣場に入れば早速トーマスは私の服を脱がせにかかった。
それはいつものことだったので私もされるがままだ。
「そりゃあまぁ、名前の服を脱がせていいのは俺だけだからなぁ」
今日のトーマスは本当にご機嫌だ。
最近はトーマスも忙しかったみたいだし久々の休日に少し浮かれているのかもしれない。
「俺の服脱がせていいのも名前だけだ。
どうだ?俺の服脱がせたいか?」
「とっても光栄だけど寒いから先に入ってる」
トーマスが私が恥ずかしがるのを見て楽しみたかったのだということは顔を見ればすぐに察っすることが出来た。
なんとなくそれに抵抗したくなった私はそう言って逃げるように浴室へと入った。
扉の向こうでトーマスは何やら不満を口にしていたがその声色はやはりどこか楽しげだった。
身体をさっとお湯で洗い流して浴槽につかる。
因みにお湯は私がレンジで晩ごはんを暖めている間にトーマスがためておいてくれたのだから用意周到だ。
「さみぃな」
服を脱ぎ終えたトーマスが浴室に入ってきた。
先程の私と同じようにかけ湯を済ませると浴槽の中に足を入れたので私は端の方に避けたものの完全に腰をかけたトーマスに引き寄せられて腕の中に収まってしまった。
「····苦しいよ」
「ちょっとくらい我慢してろよ」
不満を口にすればそれは逆効果だったようでトーマスは先程より私を強く抱き締めた。
「お風呂くらい一人でゆっくり入ればいいのに」
「いちいちうるせぇな····少しはサービスしろよ」
トーマスはそう言って私の首筋に唇を這わせた。
ちゅっちゅっ、っと音を立てて何度も何度もそこに吸い付いている。
「ちょっ、ちょっと···!そこは駄目だってば!」
「んな強く付けてねぇよ····こんくらいすぐ消えるだろ」
トーマスはそう言って何度も何度も首筋に吸い付いている。
強さの問題以前にそれだけ付けられてしまえば絶対にどれかは残るに決まっている。
きっとトーマスとそれをわかってやっている。
ぐっと肩を押して拒もうとするもトーマスはそれをやめようとしない。
「(····まぁタートルネックを着ればいいか)」
今日はトーマスの機嫌が良い。
あまり煩く言って機嫌を損ねるのもよくないかと考え私はトーマスのそれを止めさせようとする事を諦めた。
きっとトーマスも疲れているのだろう。
お疲れ様、と心の中でトーマスを敬いながらトーマスの頭を撫でるとトーマスはちらりと私の顔を見て今度は胸元に顔を寄せる。
「今日は甘えん坊さんなの?」
「ああ、甘えさせてくれよ」
からかい半分で口にした言葉にトーマスはすんなりと肯定した。
胸元にも先程と同じように吸い付いている。
「今日は随分素直······あっ!?」
「あ?なんだよ?」
普段より素直なトーマスを可愛いなぁと撫でている時私はとんでもないことを思い出し声を上げた。
トーマスは私が突然大きな声を出したことに驚いて顔をあげる。
「······替えの下着がない」
「·····は?」
本当に恥ずかしい話なのだが実はここ10日程休日も返上して毎日終電ギリギリまで仕事をしていたのだ。
その間一度も洗濯機を回せていなかった。
正直この忙しさがここまで続くと思っていなかった私はまとめて洗濯してしまおうと諦めていたのだ。
それが予想外に長引いてなんとかギリギリ乗り切った。
服の替えは問題ない、だが下着は今全て未洗濯の状態で洗濯機の中にある。
今日の分は買って帰って明日まとめて洗濯しようと今朝決めていたのだった。
なのに私は今日昨日までより随分早く帰れた事に浮かれてしまったいて替えの下着を買うことをすっかり忘れてしまっていたのだ。
そのなんとも情けない状況をトーマスに説明すればトーマスは一瞬呆れたような顔を見せるもその顔はすぐに笑顔に変わる。
「別に今日はもういいだろ、着なくても」
「え、いやぁ、流石に気持ち悪いから一旦上がってさっき着てたの着て買いに行ってお風呂入り直そうと思うんだけど?」
自分で言っておいてなんだが大変めんどくさく不本意だと思った。
しかしトーマスは私の腰を更にぎゅっと抱いて離そうとしない。
「どうせ今日はこのままベッド行くんだから、なんなら明日俺がコンビニ行ってきてやるよ」
トーマスはにやりと笑って私の唇に自身の唇を押し付けた。
「えっと·····え、えー····と···」
「なんだよ、嫌なのかよ?」
嫌、というわけではないのだが。
トーマスの機嫌が良かったのは初めからそういうつもりだったからなのかと知ってなんとも反応に困ってしまった。
「明日も明後日も時間はたっぷりあるからな。
今夜は久々に楽しませてもらうからな」
「·····程々に、お願いします·····」
それは約束出来ない、なんてぬけぬけと言ったトーマスになんとも言い難い複雑な感情を抱いたがまぁこんな日があってもいいか、なんて思って受け入れた私はきっと軽く逆上せていたのだと思う。
結局その日の夜はお互い疲れて寝落ちしてしまうまで抱き合っていた。
お互い疲れが溜まっていたのは分かっていた。
それにも関わらずいざ"こと"を始めて終えばどちらがとも言えない程に互いに求め合ってしまったのだ。
先に潰れてしまったのはトーマスだった。
私が先に潰れなかったのはおそらく2週間ぶりの休日に、いや、予定外にトーマスに会えたことに浮かれていたからだろう。
眠ってしまったトーマスの身体と自身の身体を綺麗にして私もトーマスの隣に寝転んで布団を被った。
布団の中でぴたりとトーマスにくっつけば眠っていたトーマスは私を抱き締めてくれた。
「(····バスタオルを敷いたおいてよかった)」
私が落ちる前に頭に浮かんだのは色気もへったくれもない、そんなことだった。
その日は本当に何も身につけずに眠ってしまった。
肌に直接触れているトーマスの体温はとても暖かく心地が良くて久しぶりにぐっすりと眠った。
翌朝、と言っても昼過ぎだったのだが目が覚めるとトーマスは既に起きていて言っていた通り既に下着を買ってきてくれていた。
私に下着の入った袋を差し出してきたがどう考えてもそれはコンビニの物ではない。
「え、コンビニ行ったんじゃないの?」
「どうせ買うならちゃんとしたやつのがいいだろ」
中を見ずともそれが入った紙袋を見ればその下着がそれなりに値段のするお店で購入されたことが分かる。
金額云々はこの際考えないようにするにしてもそれ以上に中身を確認して私のブラのサイズをトーマスが把握していたことに何とも言えない感情を抱いた。
「····よくサイズ分かったね」
「お前の事で知らねぇことなんてねぇからな」
その言葉をもっと別の場面で聞けるともっと違った感情を抱けただろうと考えると気持ちは複雑だ。
私はトーマスに促されるままに今まで身に付けたことがないほどきらびやかで上質なその下着を身に付けた。
やはりと言うべきかそれは着け心地も普段使っているものより非常に良かった。
丁寧に手洗いしなければいけないものだ、なんて事を考えた。
それにしてもその下着があまりにも可愛らしいものだったので今日は今から洗濯地獄だというのに何とも場違いな衣装だな、なんて思ってしまった。
トーマスはそんな私をしっかりと見て満足げに笑う
「やっぱり俺のセンスに狂いは無かったな。
····今夜が楽しみだな」
「え····あれだけしたのに今夜もするの?」
当たり前だろという顔でトーマスは笑う。
昨日あれほどしたのにまだそんな気力があるトーマスに若干呆れながらもとにかく今は今日やるべき事をやってしまおうと思い服を着て洗濯機のスイッチを入れた。
幸い住んでいるマンションのすぐ下にコインランドリーがあるので干さずに乾燥機にかけにいくことを決めた。
今日はおそらく二回、いや、三回は回さなければならないだろうから干すスペースも乾く時間もないだろうから。
ああ、シーツも取り替えなければならないから4回は回さなくてはいけないのか。
昨日と同じ回数だ、なんて邪な事を考えて熱を持った顔を冷やすように顔を左右に振った。
トーマスはそんな私を見て笑っていた。