小さなライバル

俺は別にその生き物が嫌いなわけではない。
寧ろどちらかというと好きな方だ。
だが例外はある。
俺はそいつが嫌いだった。

「あ、紅茶なくなっちゃった。
おかわり用意してくるね」

名前は俺が空のカップをテーブルに置いたのを見てポットを手に持った。
そしてその中身が殆ど空になっていたことに気がついた。
そして名前は膝に乗せていたそいつを降ろして紅茶のおかわりを用意する為立ち上がった。
キッチンへと歩きだせばそいつは当然のように着いていく。

その後ろ姿をじっと見つめる。
コンロでお湯を沸かしはじめた名前は先程のポットを一度洗いはじめた。
そいつは甘えるように名前の足に身体を擦り付ける。

名前はそんなそいつの名前を呼んで笑っている。

「···イラつく······」

そう思ってしまうことがすでにそいつに負けていると言っているようなものなので心は複雑だ。

「何か言った?」

思わず漏らした不満が名前の耳にも届いてしまったらしい。
しかしその内容までは聞き取れなかったようでこちらを振り返って名前はそう訊ねた。

「いや、なんでもない」

そう否定すれば名前はそれ以上追及することをせずにふたたび俺に背を向けた。
そいつは相も変わらず名前にぴったりと寄り添っている。



「お待たせ」

少しして名前がポットを持って再び隣に戻ってきた。
ポットにカバーをかけ蒸らしはじめる。
ソファーに座った瞬間やはりそいつは名前の膝に飛び乗った。
そんなそいつを名前は撫でる。

そいつは喜びを隠さずに膝の上で立ち上がり名前の顔をぺろぺろと舐めはじめた。
前足が名前の柔らかそうな胸に軽く沈んでいる。

俺はまだその柔らかさを知らない。

「名前」

「なぁに?」

名前を呼べば名前は柔らかな笑顔をこちらに向けてくれた。
それだけで俺は幸せを実感出来る。
それでも俺は人間だ。
人間、いや生物というものは一つの幸福を知れば更に大きな幸福を求めてしまう。
俺も例外ではない。

露出された白い太ももにはいつだってそいつが鎮座している。
俺はそこにだってまだ触れていないのに。

そいつは俺より数えきれないほど名前とキスをしている。
俺が頼んだ時は恥ずかしがって触れるだけのキスをほんの数回してくれただけなのにそいつには自らの意思で何度もキスをする。

視線を合わせたまま名前の頬に触れた。
すると名前は頬を赤く染め目を閉じた。
嫌がるそぶりは見せない。
だから俺はそのまま名前にキスをする。

『にゃーーーん』

そいつは不満を訴えるように大きく鳴いた。
名前はそれに反応してすぐそいつの様子を伺おうと俺から離れた。

俺はそれを許さなかった。

「っ、ちょっ、と待って」

静止しようとする名前の口を再び塞いで逃げられないように顔を手で固定した。
たどたどしく抵抗しようとする名前になんとも言えない加虐心を胸に抱いた。

傷付けたいという気持ちはない。
だからこそ大事に大事にして名前との距離を詰めてきた。
だからこそ今名前はなんの警戒心も持たずに自宅に俺を上げている。

「(折角築き上げてきた信用を無くしたいのか?)」

心の中で自分に問うも俺はそれに答えない。
いや、答えられないという方が正しい。
それほどまでに今俺は名前とのキスに酔っていた。

初めて触れた名前の舌の感触に俺の下半身が痺れた。
笑ってしまう程俺の身体は正直だった。

「(このままかっ食らっちまいたい)」

ここはソファーの上だ。
多少動きにくくとも名前への負担はあまり無い。
今ここで名前を押し倒したらどんな顔をするのだろうか。
想像しただけで唾液の分泌量が増していく。
そんな時だった。

「いっっ!?」

「え、あっ···だ、大丈夫?」

俺の手に鋭利な痛みが走った。
そこをミルクと綺麗に4本の線がついていてぷつぷつと血がにじみ始めていた。

そして毛を逆立てるそいつが俺を睨み付けている。

「ど、どうしたの?駄目だよ、こんなことしたら」

名前はそいつを抱き上げて落ち着くように背中を擦った。
そうしていればそいつはすぐに普段の姿に戻り名前に甘えはじめた。
俺が名前を苛めているとでも思ったのだろうか。

「ごめんなさいトーマス、少し待ってて」

名前はそいつを連れて寝室へと向かった。
どうやらそいつを隔離しにいったらしい。
そいつはそれが気に入らないらしくにゃーにゃーと鳴き始めた。
先程俺に対して向けていた敵意など微塵も感じられない程甘えた声色に苛ついた。



「ごめんね、消毒しなくちゃ。
とりあえず手洗ってくれる?」

戻ってきた名前は手に救急箱を持っていた。
俺は言われた通り傷口を洗いながらいっそ名前が舐めてくれたらいいのに、なんて考えた。
傷口は浅かったので血はすぐに止まった。

「大丈夫?」

名前は俺が水をとめると新しいタオルで俺の手を優しく拭いた。
子供扱いされていると思うも不快感は感じなかったので俺はされるがままになっていた。

「トーマス手、凄く大事にしてたのに···ごめんなさい」

再びソファーに座り俺の手をとりそこに出来た傷口に消毒液を含ませたものをあてていく。
先程のキスの影響か名前の顔はほんのりと赤い。

「これくらいすぐに治るからお前が謝らなくていい」

傷口を絆創膏で覆ったことで手当ては終わった。
この程度の事で大袈裟な程手当てをしたのは俺がデュエリストだからだろう。
救急箱に使い終わったそれらをしまったところで再び名前を抱きしめればただでさえ赤かった顔が更に赤くなる。

元々このくらいでこんなに照れることはなかった。
先程の事があったからだろう。
名前は俺の事を今まで以上に意識している。

「嫌だったか?さっきみたいなキス」

「え?」

俺の問いに名前の声が裏返った。
意識してもらわなければ困る。
俺が男だということをこれから嫌という知る事になるのだから。

「キスだけじゃない、俺はお前を抱きたいってずっと前から考えてる」

「ま、前、からって···」

後退りしようとする名前の腕を掴んで再び身体を拘束すれば拒絶はしないものの身体は緊張しているのか強張ったままだ。

「俺はお前と付き合う前からずっとそう思ってた」

唇を合わせれば名前はぐっと唇を固く閉じた。
再びねじ開けてやろうかとも考えたが今日はこの辺にしておこうと思い優しいキスをして堪えた。

唇が離れた後名前は気恥ずかしそうに俺を見て少し躊躇しながらも俺に抱きついた。

「······あの····その、今日は····む、無理な日なんだけれど、···私も嫌じゃない、から····」

意外だった。
名前も俺とそういうことをする想像をしていたのだろうか。
何も知りません、みたいな顔をして。

「(ああ、今すぐ無茶苦茶に抱き崩したい)」

名前の背に腕を回して強く抱き締めた。
名前は俺の服をぎゅっと握って私の肩に顔を埋めている。
下半身に熱が集まってきた。
名前は気付いているのだろうか。

いや、気付いているんだろうなということは急激に上がっていく体温でなんとなく理解した。

「···つ、次会う時まで、我慢してて···」

「·····ん···期待してるぜ」

言い方を変えればこれは名前から次回セックスしましょうというお誘いの言葉だ。
正直ここまで持っていけるとは思わなかった。
案外名前も俺とそう変わらないのかもしれない、なんて自分に都合の良い想像をした。

「···そろそろ出してあげなくちゃ」

「ああ、そうだな」

隣の部屋では先程と変わらずそいつが不満げに鳴いていた。
約束を取り付けた俺は名前の言葉を聞いてすんなりと名前を解放した。

名前はそそくさと寝室に駆け込んでいく。
するとそいつは途端に甘えた声で鳴いて名前に飛び付いた。
名前はそいつを優しく抱き締めた。

「悪かったな」

そいつにそう声をかけるとそいつは敵意を持った目で俺を睨み付けて唸った。
そんなそいつを名前は宥めるように抱き締め背中を撫でている。


「····あの、····次は、トーマスの家に行ってもいい?」


残念だったな、お前が大好きなお前の主人はお前が気に入らない俺に抱かれることを望んでいる。
俺はお前が触れられところまで全部触れられる権利を手に入れたんだ。

「ああ、勿論」

猫相手にそんなことを考えるだなんて、俺の独占欲は俺がけして好きではないそいつと大差ないのだろう。
未だ俺を睨みつけるそいつを見てそう思った。