幸せな思い出へ

「ごめん、私のせいかな」

「違う!違うから···謝るな···!」

トーマスは私の上から退いた後膝を抱えて俯いてしまった。
何があったか?簡単な話だ。
私達は所謂男女の営みとやらに初めて挑もうとしていたのだ。

「···取り敢えず風邪ひいちゃうから」

私も起きあがり裸のまま身体を小さく丸めているトーマスの背に布団をかけた。
私自身も服を着ようと先程脱がされた服に手を伸ばそうとしたところでトーマスに腕を掴まれてしまう。

「どうしたの?」

自身の膝小僧に顔を埋めたままトーマスは私の腕を強く握って私を離そうとしない。
どうしたものかと思案していれば少ししてトーマスは顔を上げた。
その表情はいつもより暗い。

「···落ち込んでいるの?」

握られていない方の手で彼の頭を撫でると瞳が潤み始めた。
まさか泣くだなんて思っていなかった私はそれにたじろいだ。

「え、な、泣いてるの?」

「泣いてない」

トーマスはぎゅーっと目に瞑り即答した。
目尻が少し濡れている。
彼はプロの勝負師として活躍しているのになんともその辺りの演技が下手だ。

「···ほら、別にさ、こういうことしなくても私達仲良くやってるじゃない?
だから気にしなくても」

「俺はシたいんだよ!!」

私の言葉を遮る形でトーマスが吠えた。
そうは言ってもどうしろと言うのだろうか。

「今日はきっと調子が悪かったんだよ、だから、ね、また次チャレンジすればいいんじゃない?」

トーマスの頭を抱き抱えるように抱きしめるとそのまま腰に手を回され抱き締められた。
ぐずりと鼻を啜る音が聞こえた。
胸に顔を埋められていてそこが少し冷たい。
これは涙なのだろうな、それとも鼻水か。
少しでも彼の精神が落ち着くように私はトーマスの頭を撫でた。

「男の人って精神的なものに左右されるって言うしさ、私が経験ないからプレッシャーだったのかもね、ごめんね」

初めての行為はとんでもない痛みを伴うと聞く。
それこそ一度目のそれでは最後まで至れないことも多いと。

トーマスは優しいから私に気を使うあまり神経をすり減らしたのかもしれない。
長い長い時間をかけて私を解し、いざ事に挑もうとした時彼のモノはウンともスンともならなかったのだ。

慣れないながらも私が彼のモノに触れてみた。
それでもソレは思うようにならなかった。

「んー···なんていうか、やっぱりAVのお姉さんみたいにえっちなリアクションとれてないからだろうか」

「違う、名前は想像よりずっとえろかった」

一体トーマスの頭の中の私はどんな風だったのだろうか。
気にはなるがそれを確認するのは怖い。
そう言って顔を上げたトーマスは真っ赤な目をしてこちらを見上げた。

後処理をする為に置いていたタオルでトーマスの顔を拭いてあげるとトーマスは大人しく目を瞑った。
その顔があまりにも可愛らしく見えたので私はそのまま彼に唇を寄せた。

トーマスは驚いて目を開けてこちらを凝視した。
その向けられた視線に思わず笑みが溢れる。

「私はね、····想像してたよりずっとトーマスに触れられるの気持ちよかったし、嬉しかった。
····だからまたシよう、ね?」

もう一度彼にキスをして半ば押し倒す形で彼と布団の上に寝転がった。

「その代わり今日はくっついて寝よう」

掛け布団を首まで掛けてぎゅーっと力いっぱいトーマスを抱きしめればトーマスも同じように私の腰に腕回して抱き付いた。

いつもの彼も好きだが今日のような彼も大好きだと思った。
それは今日の失敗が無ければ気付かなかった事だ。
そう考えるとこの失敗にも価値があったのだろう。
きっといつかこれも良い思い出話になるのではないか、そんな風に考えた。
きっとトーマスにそれを言うと怒るのだろうと思うが。

「あ、トーマスってどんな風にされるのが好き、とかあるの?
こうされて嬉しかった、とか」

「····そんなの知るわけないだろ」

トーマスは眉にシワを寄せそう言って拗ねてしまった。
そこで初めて知ったのだ、彼がこういった経験が無かった事を。

「え、トーマスも経験なかったの?その顔で?」

「わ、悪かったな!!つーかなんだよその顔でって!!」

トーマスは私の言葉に怒りを露にしながらも私に抱き付いたまま離れようとしなかった。
こちら視点で見れば胸顔を半分埋めた状態で怒る彼は駄々をこねて甘えている子供のようにしか見えなかった。
勿論それを口にはしないが。

「デートのエスコートとか、キスだったり、今日だってホテルに誘うのも凄く自然というか、流れるような感じだったし。
服脱がせるのだってスマートで前戯も上手だったから、経験はあるのかなって思ってた」

男の人が緊張するのは本当の初めての時だけではないと聞いた事があったから、そういった理由も含まれる。

ましてやトーマスは外見も良ければ地位もある。
女に困ることなんて無さそうだと思っていたのだ。
正直私一人と付き合っているのも疑問に思うことすらある。

「···俺は女と付き合いたいって思ったのも抱きたいって思ったのも名前が初めてなんだよ。
····だから俺が他の女と、なんて考えてんな、なんかムカつく」

トーマスは言い終えるとまた胸に顔を埋めてしまった。

「···ごめんね、トーマス。トーマスがそんな風に思ってくれてたの、凄く嬉しいよ」

頭を優しく撫でて彼の頭にキスをすれば数秒後再び顔を上げ今度は彼の方から私に唇を寄せた。

「するならこっちがいい」

トーマスはそう言ってちゅっちゅっと何度も私にキスをした。
そのあまりの可愛さに私の胸はきゅんきゅん締め付けられる。

こんなに可愛い人に無償で愛されている自分が如何に幸せなのだということを改めて実感させられた。
キスがこんなに気持ちの良いものだなんて、他の人が相手でも思えたのだろうかなんて考えた。
きっとこれをトーマスに話せば機嫌を損ねられてしまうだろう。

「トーマス、大好きよ」

「···ん···」

こんな風に笑うトーマスを知っている人間はそういないだろう。
私はそんな優越感に浸る。

トーマスが猫のように甘えてすり寄る相手もきっと私以外にいない。
彼がこんなにも可愛いことを知られたらきっと更に人気が出てしまうだろう、だからそれを知るのは私だけで十分だ。

「眠くなってきちゃった。そろそろ寝よっか」

そう言って私は今日何度目になるかわからないキスをする。

「ああ····おやすみ、名前」

トーマスもそれを受け入れ目を閉じた。
今日の失敗談などたいしたことではない。
やはりそう思う。
いや、そうなりたい。
そう思えるようになったその時、きっと隣には今と変わらずトーマスがいる筈だから。



なんやかんやとあったが翌日までぐっすり眠って次に起きた時に裸で密着して眠っていたことに改めて赤面したトーマスのソコが昨日とはうって変わって元気になったので無事に“こと”を終えられたのは余談だ。

昨日の失敗に少し緊張があったのかトーマスは昨日より少しぎこちなくはあったが何度も何度も私を好きだと言って全身で愛を伝えてくれた。

身体以上に心は幸福感に満ちた。

こんな幸せの二日間を忘れることはやはりないだろうと思う