「お疲れ様」
深夜23時を回る頃トーマスは私のマンションを訪れた。
明日は平日で私は仕事ということもあり今日は会う予定ではなかった。
普段であればトーマスがこの時間に私の部屋を訪れることはない。
だが今日はつい先程LINEで今から会いたいと連絡がきたのだ。
珍しいと思いながらもまだ寝るには早い時間だったので二つ返事で了承した。
「悪いな、遅くに」
「大丈夫だけど、珍しい、ね?」
トーマスは私が言葉を言い終える前に抱き付いた。
私に回された腕は優しい、というよりは弱々しく感じられた。
「どうしたの?なにかあった?」
具合でも悪いのかと顔を見ようとするもトーマスが私の肩に顔を埋めている為それは叶わなかった。
「とりあえずあがって?寒かったでしょう。
お茶淹れるからさ」
そう言ってトーマスの頭を撫でれば私から離れて靴を脱ぎはじめた。
その時見えた顔は具合が悪い風ではなく少し不機嫌そうに見えた。
仕事で何か嫌な事があったのかもしれない。
ひとまずトーマスを部屋にあげソファーに座ったところを確認してケトルに水を入れスイッチを入れた。
普段良いものを飲んでいるであろうトーマスには申し訳ないが夜ももう遅いのでインスタントのノンカフェインのお茶を淹れさせてもらった。
「お待たせ」
二人分のお茶が入ったマグカップを持ってトーマスの隣に座り前にあるテーブルにそれを置いた。
ちらりと隣を見るとトーマスは小さくため息をついて気だるげな表情を浮かべている。
「何かあった?聞かない方がいいなら聞かないけれど」
「····いや、まぁ····お前に言わなきゃいけないこと、だからここまで来たんだよ」
トーマスはそう言って私の肩を抱き自身の胸に抱き寄せた。
何かよくない事があったらしいということは分かった。
黙ってトーマスの言葉を待った。
トーマスは再び今度は先ほどより大きなため息をついて私の顔を見て口を開いた。
「····悪い、····どうしても断れない仕事が入っちまって、来月の旅行、行けなくなっちまった····」
「え?···あ、あぁ、成る程···残念だね」
私達は、いや、私達というよりかは寧ろトーマスがと言った方が適切だろうか。
付き合い始めて暫く経つがおそらく世間一般のカップル達程時間を共有出来ていない。
それはトーマスが特殊な職についていることが原因だった。
寂しくないわけではない。
それでも彼と付き合う上でこのようなことは想定済みだった。
だから私も覚悟を決めていた。
それもあったからこそ今更会えないことに不満を述べるような事はしなかった。
というよりそういった考えに至らなかったのだ。
「仕方ないよ。トーマスが私の為に調整しようとしてくれてたの知ってるし、今日だって明日も早いのにわざわざ会いに来てくれたじゃない。
だからあまり気に病まないで」
トーマスは私が想像していた以上に誠実でマメな人だったのだ。
ほんの一時間程度しか会えなくとも足を運んで少ない休日は殆ど私の為に費やしてくれていた。
「···付き合ってるってのに俺は名前に何もしてやれてねぇ」
それにも関わらずトーマスは時折こんなことを口にするのだ。
私自身が愛されていると深く実感しているのに。
「私は沢山してもらってるよ。
今日も疲れているでしょう」
先週会った時より少し顔がやつれた気がする。
トーマスは食事を摂ることにさほど力を入れていない為疲れていればろくに食事も取らずに眠ってしまうのだ。
ただでさえ細身な彼は少しでも痩せればすぐに変化が見た目に現れてしまう。
「これは俺が会いたいから会いに来てるだけで、ただそれだけだ」
トーマスのその気持ちがどれ程嬉しいか、本人は分かっていないのだ。
勿論別れる時はいつも寂しい。
それでもトーマスが同じ気持ちだということを重々承知しているので私は笑顔で彼を見送る事が出来る。
私が笑っていられるのはトーマスのおかげだ。
「···じゃあさ、今キャンセルしたらキャンセル料もかからないし。
今度近場の良いホテルに泊まって美味しいもの食べようよ。
それなら万が一仕事が入っても帰ってきてから楽しめるでしょう?」
「····でもずっと行きたかったんだろ?旅行」
今回の旅行先は私の希望する場所だった。
確かにトーマスの言っていることは間違いではない。
だからと言って今すぐに、その日でなければならない理由はなかった。
もっと言うならトーマスといられるなら別にそこでなければならない理由はない。
少しでも二人でゆっくりと過ごせたら、そう思っていただけなのだ。
「トーマスと過ごせるなら場所なんてどこでもいいんだよ、だからね、はい!このお話は終了!」
キリが無いと思い強引に話を終わらせるとトーマスは苦笑いを浮かべた。
そしてもう冷めてしまったお茶を一口飲んだ。
「明日早く起きることになるんだが今日このまま泊まってもいいか?」
「勿論、帰すつもりなんてないけど?」
私はクローゼットの中からトーマスの着替えを取り出し彼に手渡した。
トーマスは和やかに笑ってそれを受け取った。
「シャワー借りるな。····どうせなら風呂一緒に入りたかったけどな」
私が翌日休みであればトーマスは仮に私が拒んだとしても強引にでも一緒に入ろうとする。
今日それをしないのは私が明日支障をきたさないようにだろう。
トーマスは私の額にキスをした。
「今度は一緒に入ろうね。背中流して髪も洗ってあげる」
「···今すぐ抱きたくなるから煽るような事言うなよ」
トーマスが凄く男の人の顔をしている。
実は私はこの表情が大好きだ。
「次はしようね」
「···次の日立てなくしてやるから散々俺を煽ったこと後悔するなよ」
トーマスは苦々しい表情で私の首筋に噛みついた。
ちくりと痛みを覚えた。
きっとキスマークの一つでも付けられたのだろう。
明日はタートルネックの服を着ようと決めた。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
トーマスがシャワーを終え髪を乾かし終わった頃には時刻は既に深夜1時近くだった。
6時には起きなければならないトーマスと二人早々に布団に入った。
二人で過ごせる時間を惜しみながらも照明を消して目を閉じた。
やはり疲れていたようで隣にいるトーマスからはすぐに寝息の音が聴こえてきた。
目を開けて彼の顔を見た。
明日起きた時少しでも隈が消えていればいいのに、そう願った。
私の隣で布団に入るなり早々に眠ってしまったトーマス。
それほど疲れているのだという事に心配もあったがそれほど気を許されているのだという事実にもまた嬉しくなってしまう。
「(隣でいられるだけで幸せだなんて、そんな少女漫画のヒロインみたいな事思う日が来るなんて予想してなかった)」
次会う日は愛して止まないトーマスに沢山甘えてもらおう。
そう決意して私も幸せな感情を噛み締めて眠りについた。
きっと甘やかされるのは私の方なのだろうということはなんとなく想像がついている。