「(もうこんな季節なんだね)」
いつもの帰り道、俯き加減で歩いていた私は今日はいつもより周りの空気が賑やかだと気が付いて顔を揚げる。
普段であれば夜は静かな公園が目にはいる。
その賑やかな音はその公園から聞こえているようだ。
ふらりとそちらに足を向ければその理由をすぐに理解した。
最近暖かくなったと思ってはいたが四季を楽しむ余裕すら私にはなかったらしい。
満開の桜を見上げて感嘆のため息をついた。
「(最後にお花見したのって何年前だろう?)」
何組かいる花見客はとても楽しそうだった。
最も桜を楽しむというよりはただ宴会を楽しんでいると言えるのだが。
実際のところ花見なんてそんなものだろう。
私だって学生の頃にしていた花見の目的なんて何かしろ理由を作って友人と集まる為のものだった。
美味しいお店でご飯を食べるのも家で楽な格好でだらだらと何の気なしな話をしながら笑い合うのも楽しかった。
それとは全然違うが花見だって同様だ。
「(それでも一人で見てもこんなに綺麗なものだったんだね)」
街灯が少ない場所のベンチが空いていたので私はそこに腰をかけた。
満開まではあと2〜3日といったところだろうか。
それでも十分すぎる程美しく咲いていた。
「おい、もしかしてお前」
桜を眺めていると不意に声が聞こえた。
自分にかけられているかはわからないが取り敢えず視線をそちらに向けて見ればその声の主の視線は明らかにこちらに向けられていた。
「···IV?」
「ああ、やっぱり名前だったか」
私が彼の名前を呼べば柔らかな笑顔を見せてくれた。
3年前より大人びて見えるのは当然のことなのだろうか。
「何やってるんだ、こんなところで。
誰かと待ち合わせかよ」
「ううん、仕事終わりにたまたま桜が視界に入って。
綺麗だなって一人でお花見してただけだよ」
そう説明すればIVは首を傾げつつも私の隣に腰を掛けた。
横顔に視線を向ければやはり以前とは違う風に見える。
それに私の彼の距離を感じて少しだけ胸がちくりと痛んだ。
「くしゅんっ」
少し肌寒さを感じていた私はくしゃみをしてしまう。
IVはすぐに自身の着ていたコートを脱いで当たり前のように私の肩に掛けてくれた。
「あ、いいよ。長居するわけじゃないから。
それにこれじゃIVが冷えちゃう」
「俺は大丈夫だ。それに折角久々に会ったんだから少し話をしたくてな」
気にしなくていい、優しい目と言葉でそう宥められてしまった私は素直に頷いた。
IVが私に会えた事を多少なりとも嬉しく思ってくれていた事を知りそれに私自身も嬉しく思った。
「この辺に住んでるのか?」
「うん。あ、良かったらうちに来る?
お茶くらいしか出せないけど」
彼の優しさを有り難く思うも彼が以前と変わらず、いや、以前以上にプロとして活躍していることを知っている。
そんな彼に風邪をひかせてしまうことになれば沢山の彼のファンに恨まれてしまうだろう、そう思ってそれを提案すればIVは私に呆れた顔を見せた。
「お前···少しは警戒しろよ。俺は男だぞ」
「え、あっ、ご、ごめん···」
IVに言われた言葉の意味を理解して私は慌てて謝罪の言葉を口にした。
誰にでも言っているわけではない、というより家に誘える程気軽に遊べる男友達は今はもういなかった。
IVを見ていると昔の自分に戻った気になってつい自然に誘ってしまったのだ。
「······お前·····彼氏とかいるのか?」
「····残念ながら、なかなかご縁が、ね···」
正直な話私は彼氏がいない歴=年齢、という、人によっては同情されてしまう真っ白な経歴欄の持ち主だ。
IVはきっとモテるだろうからそんな人から見て私のような人間はどんな風に見えているのだろうか。
「IVは恋人とかいるの?あ···いたとしても言わない!そもそも無理に聞き出すつもりはないよ!」
彼に恋人がいるだなんて気軽に聞いていい質問ではなかったかもしれないと気付いて慌ててそう言った。
IVは怒っている様子はないがよく分からない表情をしている。
「······なぁ、俺ずっと気になってた事があるんだが···」
「ん、何?」
IVは私をじっと見つめている。
こんなことを言うのもなんだがただでさえ顔が整っていた彼は年齢を重ねていて更にその輝きを増していた。
そんな人に真っ直ぐ見つめられてしまうとどきりとしてしまう。
久しぶりに再会した友人相手にこんな事を思っている事がバレたら引かれてしまうと思って表情筋をなんとか作りあげた。
「····お前って凌牙と事····いや、やっぱりいい、なんでもない」
「凌牙君?」
IVはそこまで言って私から視線を外した。
両肘を太ももについて手の甲に額を乗せ下を向いてしまう。
どうしてしまったのだろうか。
「凌牙君達は元気にしてる?
たまに璃緒ちゃんとLINEはするのだけれど、きっと璃緒ちゃんは更に美人になっているだろうし凌牙君はかっこよくなっているんだろうね」
そう訊ねるとIVは額に手をあてたままこちらに視線をむけて少し不満げな顔をした。
何か気に触ってしまったのだろうか。
「えっと···もしかして喧嘩でもしてるの?」
「そんなんじゃねぇよ」
それにしては明らかに態度がおかしい。
つい先程までは私との再会を多少なりとも喜んでくれているように見えた。
でも今は明らかに機嫌を悪くしている。
「私は引っ越してからは全然会ってなくて、その···元気にしてるのかなって····IVは会ってるの?」
「···まぁ、凌牙の奴とはたまに。
璃緒の奴はたまに凌牙に引っ付いてくる時があるからな」
近況をちょくちょく聞いているので分かってはいたのだが相変わらず二人は仲の良い兄妹なようで安心した。
それにIVと凌牙君達が以前より仲良くやっているような事も知れて良かった。
私がIVと知り合った頃何やら二人に接するIVに少し遠慮のようなもの、壁を感じていたのだ。
「そっか。···変わらず元気で仲良くやってるんだね、いいなぁ」
「···それってどっちに言ってるんだよ」
IVは何に対して苛ついているのだろうか。
先程よりも言葉にトゲを感じるのは私の気のせいでは無いだろう。
そして彼が何を言いたいのかもよく分からない。
返答に困っているとIVは小さくため息をついた。
「悪い、ガキみてぇな事言った」
「や···別に良いんだけど···もしかして凌牙君達に私なんかが近寄るのほんとは嫌だった?」
IVはあまり友人が多い方ではないらしいと璃緒ちゃんに聞いた事がある。
もしかしたら私は大切な友人である凌牙君にちょっかいを出しているお邪魔虫のような存在に思っているのかもしれない。
そんな風に考えた。
でもそれは恐らく間違いであるは彼のとんでもなく歪まされた顔を見ればすぐに気が付けた。
「や、あ、あのね、その、まぁなんていうか、ごめん。IVを不快にさせたいわけじゃないの。
これでも昔はIVのこと男の子として、あっ···いや、ごめん、違う!なんでない!」
私はなんて事を口走ろうとしたのだろうか。
慌ててそれを誤魔化そうとへらへらと笑うも私を見るIVの顔は固まってしまっている。
「ごっ、ごめん、私そろそろ帰、っ!?」
自身の発言に頭がパニックを起こしてしまい今すぐそこから逃げ出したいと勢いよく立ち上がればIVに逃がさないと言わんばかりに腕を掴まれてしまう。
肩に掛けられていたIVのコートがぱさりと地面に落ちた。
「···続き、····聞きたい。というか言うまで帰さねぇ」
私の腕をしっかりと掴んで離そうとしない彼に戸惑いながらも本当に離してくれそうにない事をその握る手の力強さから察した。
私はもうここは腹をくくるしかないのかもしれないと思いいたって出来るだけ平然を装いながら彼の言葉に従った。
「···昔、憧れてたの、IVのこと····い、異性として」
「···それは俺が好きだって事か?」
憧れという単語で言葉を濁した私にIVは敢えてその言葉を口にしてしまった。
我ながら無謀な恋をしていたあの頃の自分が恥ずかしくなった。
「····今は?」
「え?」
「今は俺のことどう思ってる」
今日の彼はどうしてしまったのだろうか。
半ば焦っているかのような、そんな風に思うほど何か必死なものを感じた。
「え、あ···えっと·····」
無謀な恋心だったと私の中であの頃の私は軽く黒歴史のようになっている。
当時凌牙君にその気持ちを悟られた時なんとも微妙な顔をされてしまったのだ。
何故今になってこんな話を、しかも本人にしてしまったのかと後悔している。
ここに来てこんなに真っ直ぐな、自惚れの感情を抱いてしまいそうになる、そんな視線を向けられて、顔に熱が集まってしまう。
「····俺は···」
返事をしかねていた私に業を煮やしたのかIVは話し初める。
落ちてしまったコートを拾って軽くはたいてから再び私の肩に掛け、両手で二の腕をがっちりと掴んで。
逃がさないと言わんばかりに。
「俺はお前と毎年桜が見られたら、そう思っている」
「···えっと···」
その言葉の意味は、それはなんなのだろうか。
私が言葉につまってしまったのを見てIVはため息を一つついた。
「悪い、往生際の悪い言い方をしたな。
···名前、俺は今でもお前のこと好きなんだが、お前はどうだ?」
「え?あ、う、えっ、そ、そんな」
今でもと口にした。
それはIVがあの頃から私に好意を持っていたと言っているも同然だ。
先程の態度から考えてそれは冗談で言っているのでは無いことは分かっている。
それでもはっきりと言葉にされると思っていなかった私は頭が真っ白になってしまう。
「なぁ、少なくとも俺に好意はあるんだろ?
···だったら俺にチャンスをくれないか?」
「チャ、チャンス?」
IVは俺が焦りすぎた、と謝りを入れて私の拘束を解いた。
それでも私の腕には彼の手の感覚が残っていて、そこが熱く感じられた。
「俺達二人きりでどこかに出掛けたりとか、したことないだろ?
だから今名前が俺をどう思うか、デートしてみて判断してくれないかって話だ」
「デー···ト?」
IVが私の手をとった。
そしてその手の甲に唇を寄せる。
こんなキザな事が絵になるなんて、なんて人なのだろうと心がざわついてしまうのは私に恋愛経験がないからなのだろうか。
「だめか?」
「······」
顔はきっと真っ赤になってしまっているだろう。
言葉に出来ずとも私がそれを拒めないことをIVは悟ったらしくニヤリと少し意地悪な笑顔を見せた。
そんな表情も好きだった、なんて考えてしまった私にこの実験は意味があるのだろうか。
「取り敢えず今日は送ってく」
IVは私の手を握ったままだ。
私はそれをはらうことが出来なかった、いや、そんなことをする気なんてまるでおこらなかった。
「昔より綺麗になってて驚いた」
ストレートな口説き文句だ。
世辞の一つかもしれないが今の私にはもろな破壊力を持っていてそれを聞き流す事が出来なかった。
私の手を握るIVの手のひらは想像よりずっと大きくてずっと暖かかった。
この手を握る権利が与えられるのだろうか、なんて考えてしまった私はきっと既にあの頃と同じ気持ちを彼に抱いているのだろう