嫉妬は程ほどに

「そんなことで拗ねないでよ」

ふて腐れて私に背中を向けるという子供じみた行動をとるトーマスにため息を付きそうになった。
しかしそれは更に彼の機嫌を損ねることになってしまう事は容易に想像出来たのでぐっと息を飲み込んで堪えた。

それでもそんな僅かな息づかいでそれを察したのか此方を振り返ったトーマスは恨めしげな視線をこちらに向けた。
妙な所で勘がいいものだから達が悪い。
これもデュエリストとしての勘なのだろうか。

「ごめんごめん、なんにもないから、ね?」

振り返った彼の頭を撫でてやれば更に機嫌を損ねてしまいそのままカーペットの上に押し倒されてしまった。

眼力の強い彼に睨みつけられて、それは普通であれば怖いシチュエーションなのかもしれない。
それでも今の私には子猫が威嚇しているようにしか見えなくて寧ろ笑いそうになっていた。

「お前全然反省していないだろ」

「何を反省しろと言うの?」

トーマスは何故分からないと言わんばかりに大袈裟に驚いた表情を見せた。
感情豊かな所は彼の可愛さの一つでもあるが時としてそれが面倒な時もある。

「う、浮気しただろ!」

「同じ会社で働いている同僚が帰り道が同じで電車が遅延していたから時間潰しにコーヒー飲んだだけだよ」

駅近くでたまたま帰る時間が同じだった同僚と足止めを食らって参った、なんて愚痴を良いながらベンチに座って缶コーヒーを飲んでいた。
そんななんの色気もない場面をトーマスに偶然見られてしまったのだ。

トーマスは私と同僚の間の微妙な空間に強引に座って同僚を威嚇した。
同僚は突然距離感を無視して入り込んできたトーマスに不信感を抱きつつもトーマスがプロデュエリストのIVだと気が付くと驚きの表情を見せた。

同僚が自分もファンだと伝えるとトーマスは貼り付けた胡散臭い笑顔でお礼を言って折角だからデュエルを、なんて口にしてしまったものだから私は慌てて彼を連れてその場から立ち去ってタクシーを拾い私のマンションへと連行したのだ。

「トーマスのせいで明日問い詰められちゃうかもしれないんだからね」

「言えばいいだろ、恋人だって」

掴まれている手首が痛い。
引き剥がそうと試みるも彼はそれを許してくれそうにない。

「たいして親しくもない人にあまりそういう事口外したくないの、貴方自分が有名人だってこと自覚してるでしょう」

「ぐぅ····っ、で、でも!」

トーマスがごく平凡な会社員であればそれも出来た。
こんな姿を知っている私が言うと滑稽に聞こえるかもしれないが彼は皆の王子様のような存在、憧れの象徴なのだ。
女性のファンも多い。
二人で出掛ける時は軽く変装だってしている。
それなのにあんな態度を、もうきっと同僚には私達の関係がバレてしまっているかもしれない。

「私の事好きならちゃんと私達がなんの支障もなく付き合っていけるように配慮するのが貴方の役割なんじゃないの?」

「しょ、しょうがないだろ!俺はムカついたんだよ!」

完全に子供のソレだ。
もう私には彼がおもちゃを買ってと地べたにひっくり返って駄々を捏ねている子供にしか見えない。
それでもガタイはしっかり成人男性だからその手を振り払うことは困難なのが本当に厄介だ。

「トーマスには私が簡単に浮気する女に見えてるんだ?
そんな女と付き合ってるの嫌じゃないの?」

「そっ、ち、違う!なんで、なんで俺にそんなに冷たいんだよ!!」

私の皮肉にトーマスは泣きはじめてしまった。
実に面倒だと感じた私は冷たい女なのかもしれない。
だがこういう事は既に数え切れない程あったのだ。
その度に優しく優しく慰めてきたがそのせいか最近はそれがより悪化してきてしまった。

「誰かと話すだけで浮気を疑われるなんて、疑われた方の身にもなってよ。
世界の半分は男なんだからそりゃあ話をすることくらいあるよ。
トーマスのファンなんてめちゃくちゃ女の子が多いじゃない。
好意を伝えられていつも笑顔でお礼を言っているのは何処の誰だったっけ?」

「ぐぅぅ·····!」

どんどん反論出来なくなるトーマスだがそれと反比例するように腕を掴む手に力が込められていってそれが痛い。
このままでは痣が出来てしまいそうだ。

「取り敢えず手首が痛いから離して。
それが嫌だって言うなら帰ってくれる?」

そう言って彼を突き放そうとすればトーマスは悔しそうに目いっぱいに涙を浮かべてしまう。
ああもうめんどくさいと弛んだ手を払いのけて近くにあったティッシュの箱からそれを数枚適当に取り出して彼の顔を雑に拭いた。

「良い大人なんだからそんなことで泣かないでよ」

彼の身体をぐいと押して起きあがれば今度は私の身体に抱き付かれてしまった。
床の上で膝の上に乗られてしまったものだから重い。
細身であるとはいえ彼は成人男性なのだから。

「泣き止まなくても帰ってもらうけど」

更にそう追い込めばびくりと肩を揺らした後トーマスは私の肩に顔を擦りつけた。
明日も着るつもりでいたスーツにそんなことをされてしまいげんなりしてしまう。

だがそれでそのおかげでこの面倒な状況から開放されるのであらば致し方ない。
スーツは犠牲になったのだ。

「というかお腹すいた。
今日はもう何かとろう、疲れた」

未だに私に抱き付いたまま顔を上げようとしないトーマスからの返事はない。
だが大人しくなったのでそのままにしておき私はスマホに手をとった。

何か優しいものが食べたいと和食屋さんのメニューを見て適当に今食べたいと思ったものをカートに移した。
面倒だからトーマスのものも同じでいいだろうと勝手に判断して注文確定ボタンを押した。

「さ、ご飯来るから着替えるからちょっと離れて」

とんとんと背中をあやすように叩いてやれば渋々といった感じでトーマスは私から離れた。
目はうさぎのように真っ赤に充血している。
勝手な疑いを掛けられたとはいえ泣かせてしまったのは事実なので取り敢えず紅茶くらいは入れてあげようと考えながら服を着替えた。

お茶の用意をしようとキッチンに向かえば慌てて後ろを着いてくるものだから本当に困ったものだ。
トーマスのファンがこの姿を見ればどう思うんだろうかと考えた。
おそらく一部には需要があるんだろうな、なんて思った私も彼の面倒な部分が心底嫌ではないのだろう。

「トーマスのことちゃんと好きだからね」

出来るだけ優しくそう口にすれば背中にぎゅうっと抱き付かれた。
正直今は邪魔でしかないのだがまた泣かれても面倒だったので今度はその腕を振りはらうことはしなかった。

だがその後味をしめたとばかりに甘え倒すトーマスと明らかに赤くなった手首を見て私は再び大きなため息をつくことのる。