名前の話には脈絡がない。
先程まで俺を放置して携帯機のゲームを遊んでいたと思えば一人言のように口を開いた。
「そういや昔ね、イケメンに壁ドンしてもらえるイベントに行ったんだよ」
「は?なんだそりゃあ」
数年前にそれが流行った事は記憶にある。
だが少し意外だった。
名前がそういったイベント事に興味を持つ女だと思っていなかったからだ。
俺がそう考えていたことを察したのか名前は話を続ける。
「友達の付き合いでね、ほら、前言ってた子」
「ああ····あの」
名前の友人の話は以前聞いた。
常日頃男は何よりも顔が第一で顔が良ければどんなクズでも良いと断言しているとてつもない面食いらしい。
だがどんなに顔が良くても自分の遺伝子が混ざると男の遺伝子に余計なものが混ざってしまうから絶対に子供は産まないとまで言っているのだから筋金入りだ。
いっそ清々しいとさえ思える。
「壁ドンされた後耳元であまぁーい言葉言ってもらえるんだけどね、いや、ほんとこっぱずかしくて照れちゃうんだよね」
「····そーかよ」
付き添いで行ったイベント事とは言え名前に俺意外の男がそんな至近距離まで近付いて甘い言葉を吐いただなんて気に入らないと思う俺は心が狭いのだろうか。
俺はそれに素っ気ない返事しか出来なかった。
「今ね、その友達に借りた乙女ゲーやってたんだけど壁ドンされてるスチル見てその時の事を思い出したの」
ヘッドホンまでして何のゲームをやっているのかと思えば俺を放置して現在進行形で男に口説かれていたのか。
地味に苛ついてくる。
「でもダメだね」
名前はそう言ってヘッドホンを外しゲーム機をテーブルに置いた。
俺を無視してまでやっていたのにつまらなかったのだろうか。
だとしたら良い気味だ、なんて思ってしまった。
「どう考えたってトーマスの方がかっこいいし声も良いもんね」
「こっ····」
名前はこういう女だ。
俺を無下に扱ったかと思えば次の瞬間まるで俺の心を弄ぶかのように俺を浮かれさせる言葉を投げつけてくる。
自分で言うのもなんだが容姿を褒める言葉なんて数えきれない程言われてきた。
それでも俺は、その聞き慣れた賛辞の言葉でさえ名前の口から聞いただけで舞い上がってしまう。
単純な人間だと自分自身に呆れてしまう。
「まぁトーマスって乙女ゲーの攻略キャラレベルのハイスペック王子様だもんね」
「···なんだそれ」
名前はにこりと笑って俺の頭を撫でる。
そういったゲームの知識も少しはある。
だからといって別に詳しい程ではないのでそうなのだろうか、と名前の言葉を聞き流した。
腰を抱きよせて柔らかい胸に顔を寄せればほんのすこし名前の心拍数が上がったように思った。
「もしかして照れてんのか?」
「照れてるというよりときめいてるって感じかな」
名前は俺の前髪をかきあげて額に唇を押し当てた。
そんな行動に今度は俺の心拍数が少し上がってしまう。
「私どっちかっていうとカッコいいトーマスより可愛いトーマスが好きでね、だから今きゅんきゅんきちゃった」
恥じらう姿が見たかったのだが名前には俺が甘えているように見えたらしい。
部屋置かれた鏡を見れば俺が名前に抱きついて胸に顔を押しあてていた。
成る程、これは確かに甘えているように見えるかもしれないと納得してしまう。
「甘い言葉もいいんだけど私はトーマスが手離しで甘えてくれる方が好きなんだよね。
その方が求められてるって感じがして嬉しいんだ」
「···さっきまで俺のことほったらかしにしてた奴の台詞かよ」
なんて子供染みた言葉を言ってしまったのだろうた。
これでは名前の思うツボだ。
名前は俺の言葉を聞いて笑っている。
「トーマスはいつでも我が儘言ってくれていいんだよ。
トーマスが構ってって言ってくれたら私はゲームなんてすぐやめるんだから」
俺の頭をぎゅーっと抱いてそんなことを言う名前に言葉を詰まらせた。
そんな事を言うくらいならはじめから俺の事を構えばいいのに、なんて考えた俺はおかしいのだろうか?
「言ったでしょう?求められてるって実感が欲しいの」
「···俺の気持ちが伝わってないってことか?」
これでも名前にはストレートな愛情表現をしてきたつもりだ。
だからこそその言葉を少し不服に思った。
「違う違う、我が儘を言われたいってこと。
トーマスって変なところで我慢したりしちゃうじゃない?
私にはそういうの無しでね、いっぱい我が儘言ってくれたらなぁって」
「····へぇ」
マイペースにしか見えなかった名前がそんな事を考えていたことに驚いた。
俺が痺れをきらして不満をぶつけることを待っていたとでもいうのだろうか?
いや、それはまた別の話だろう。
名前のそれは天然だと思う。
「トーマスは私相手じゃそういうの無理?」
「そんなことねぇと思うけど···改めて言われるとよくわかんねぇな···」
俺は名前に何をしてもらいたいのだろうか。
一緒にいられることが幸せだ。
だから名前が俺を放置してゲームをしていても何も言わなかった。
だが名前がそれをやめて俺の事を見てくれたら、そんな事を想像する自分があまりにも子供染みていて恥ずかしくなった。
だがきっと俺はそれを喜んでしまうだろう。
「···俺といる時はずっと俺の事見てろって言ったらそうするって言うのか?」
「うん、いいよ。
沢山お話したりくっついてちゅーしていちゃいちゃしようよ」
そんな事ばかりでは飽きてしまうのではないかと言えば俺が飽きたって思えばやめるから大丈夫だなんて言うのだからなんとも言えない気持ちになった。
「なら1日中セックスしたいって言ってもオッケー出すってのか?」
「いいよ、連続ではお互い無理だろうからベッドでくっついてごろごろしながらえっちして疲れたらお昼寝したりお風呂入ったり、そんな感じで」
それを想像して軽く勃起した俺はおかしいのだろうか?
そんなことはない筈だ。
それが許されるというのなら今すぐお願いしたいくらいだ。
「あ、でも今日は出来ない日なんだ、ごめんね」
「···ああ、そう、か···」
名前の言葉にすぐにその理由を察して残念だと思ってしまった事をどうか許してほしい。
俺もそういう年頃の健康な男なのだ。
期待させるような言葉を聞かされたのだから仕方がないのだと心の中で誰に言うでもなく言い訳の言葉を考えた。
「ってなわけでトーマス、今日はなにかしてほしいこととかない?」
名前が期待に満ちた顔で此方を見つめる。
俺がしてほしい事とはなんだろうか。
改めて考えてみるもなかやかに難しい。
「···なら、こうやって俺の事抱き締めて、···その、···撫でて、くれ···」
全部言い終える前に羞恥心で泣きそうになった。
要はいい年をした男がよしよししてくれと言っているのだ。
いっそ犬や猫のように、それが当たり前のようにおこなわれるものだと思えたならなんの恥じらいも抱かずにすんだのになんて考えたのだから俺も少しおかしくなっているのだろう。
「うん、私もね、トーマスに撫でられるの大好き。
だからトーマスも同じなの嬉しいよ」
名前の柔らかい手が優しく俺の頭を撫でた。
顔は柔らかくあたたかい胸が触れていて優しく頭を撫でられて、なんだな眠気を感じてきた。
「今日はお昼寝しちゃう?」
「······隣にいてくれるか?」
「勿論、なんなら腕枕してあげるよ」
俺は何を言っているのだろうか。
先程まで恥じらいを抱いていた筈なのに今の台詞はなんなのだと自問自答を繰り返す。
そんな事を言ってしまったのはただ眠かったからなのだと言い訳しながら名前にベッドに誘われた。
名前は布団をかぶせて宣言通り俺に腕枕をして再び抱きしめてくれた。
恥ずかしいのに眠気がその恥じらいを勝った。
素直に目を閉じれば名前はおやすみと言った。
まるで催眠術をかけられたかのように俺は眠りに落ちていく。
起きたら今度は何をしてもらおうか、なんてすぐに次の事を考えた俺は我が儘な人間なのだろうか