「もう遅いし今日は解散しよう」
空が暗くなり始めた頃時計を確認して彼にそう伝えると途端に彼は不機嫌な顔をした。
「いくらなんでもガキ扱いしすぎだろ!」
それが気に入らない彼は私にそう突っ掛かった。
「そんな事を言われても、ただでさえ二人で未成年の貴方を連れているだけでもリスクがあるのに」
「俺は10歳そこらのガキじゃねぇんだぞ!?
ましてや学生でもねぇ!働いて自分の稼ぎで食ってる奴に言う言葉か!?」
それを言われてしまっては言葉に詰まってしまう。
だがいくら社会に出て働いていたところでトーマスは未成年。
私は成人していて何かあれば責任は私にある。
万が一にもそんなことになっては困るのだ。
「それでも貴方は未成年で、保護者に責任があるの。
別に意地悪をしているわけではないのよ。
貴方と会えなくなったら、私が一番困るのよ···」
そんなリスクがあるにも関わらず彼とこうして逢瀬を重ねているのは紛れもない、彼に特別な感情を抱いているからだ。
「····俺と3つしか変わらねぇくせに、ムカつくんだよ」
トーマスは拗ねた顔をして両手で私の頬っぺたを引っ張った。
摘ままれている頬っぺたにそう力は込められていなかった。
口では不満を訴えている彼が本当は納得している、彼が全て理解している証拠だ。
「ごめんね」
彼の手に私の手を重ねると彼は少し顔を赤らめた。
時折彼の見せるこういった初な反応がなんとも私の中の母性本能を刺激する。
「俺が法律的にもガキじゃなくなった時覚悟してろよ!」
そう言って彼は私の頬から手を離す。
その言い分は自分がけして子供ではないと主張しているようだ。
けれども彼は自分からは散々触れてくるのに私の方から触られることにめっぽう弱い。
それを可愛いと感じる私の感覚はそうおかしくない筈だ。
「トーマスはなんやかんや素直な良い子よね」
よしよしと頭を撫でてあげるとさらに顔を赤くした。
これは子供のように扱われたことにたいする羞恥心からだろう。
「分かった、名前がその気なら俺に考えがある」
トーマスはそう言ってスマホを取り出し何やら入力を始める。
そしてその直後に私のスマホの通知音が鳴った。
タイミングから考えて彼が何かメッセージでも送ったのだろうか、だがなぜわざわざ?と疑問を抱きながらもトーマスが催促するかのように此方を見つめるので私はそれを確認した。
「え、スケジュールアプリ?」
それは二人で共有しているスケジュールアプリに新しい予定が追加されたという通知だった。
その通知をタップして確認すればその日は2年と少し後のトーマスの誕生日だった。
「え、な····なに?」
「予約、その日そこの一番良い部屋に泊まるから絶対予定開けとけよ。
その日だけは何があろうとこっちを優先してもらうからな」
トーマスは不敵な笑みを浮かべてふんぞり返っている。
そことはそんな場所に縁のない私ですら知っている程有名な超高級ホテルだ。
それこそ一晩泊まるだけでも私の一月分の給料など余裕で飛んでしまうほどの。
「···ねぇ、ここの1泊の料金分かってる?
普通の部屋ですらいくらすると思ってるの?」
「ああ、俺のイベント出演料一回分くらいだな」
彼から返ってきた言葉に私の顔がひきつった。
まだ未成年の彼が私が一生叶わないほどの額を稼いでいることは知っていた。
だが改めて具体的な金額を聞かされ、なんとも言えない複雑な感情を抱いた。
「···若いうちからあまり贅沢ばかりしてちゃ駄目なんだからね」
「は?お前の初めてを貰う舞台としては安いもんだろ」
トーマスは表情一つ変えずにそう言った。
なんというか、彼のような外見と地位を持っていなければそれは気持ち悪いと感じていたかもしれない、そんな風に思うキザすぎる言葉だ。
そして同時に私に向けられた期待が重い。
「····あんまり過度な期待はやめてね」
「俺にここまで我慢させておいて、無茶言うなよ」
正直な所彼が18を迎えれば少しくらい緩和してもいいと考えていた。
だが彼は20歳まで分別を守ると覚悟したらしい。
勿論それは理想的な事だ。
私としてもベストな形だろう。
ただまぁ一つ不安があるとすればその間に私が見限られないか、それだけだ。
17の男の子の好意を持った相手への欲求を知らないわけではない。
だから彼に我慢させていることは自覚している。
私としては、別に構わない、そう思える程に彼が好きだ。
それでもだからこそ他者から後ろ指を指されるような事態は防ぎたい。
それはこれからもずっと彼と一緒にいたいと望んでいるからだ。
もっとも倫理的に見れば付き合っているというだけでアウトなのだけれど。
そこは私が弱かったのだ。
私が欲深いからトーマスを手元に置いておきたかった、私の方がよっぽど子供なのだ。
「捨てないでね」
「お前、俺の事そんな風に思ってんのか?
···まぁいい、お前はせいぜいこの日が来るまで不安に怯えてろ。
毎日俺の事ばっか考えてろ」
トーマスはそう言って鼻で笑った。
分かっていない、彼は分かっていないのだ。
普段からどれだけ私が彼のことばかり考えているのかを。
だからこそ律儀に世間の常識とやらを守っているのだ。
「トーマス」
「は?····ガキじゃあるまいし」
私は彼に小指を差し出した。
トーマスは憎まれ口を叩きながらも私の小指に指を絡ませる。
「私以外の女の子にあげちゃ駄目だからね」
「お前もそんなことして見ろ、お前の目の前でそいつ殺してお前は二度とそんな事出来ない身体にしてやるからな」
それはそれで嬉しいかもしれない、なんて言ったら彼はどんな顔をするのだろうか。
「名前、お前が今何考えてるか気付いてるからな」
テレビでは見せない意地の悪い、どこか色気を感じる笑顔に私の胸はときめいてしまう。
今の時点で私よりずっと色気のある彼が大人になったその時、一体どんな風になってしまうのか。
それは想像することすら据え恐ろしい。
本当に帰りたくないのは私の方だ。
駄々をこねてしまいたい、でもそんな欲望は無理やり胸のなかに閉じ込める。
沢山の人に、少なくとも私達を知る人に認められたい、後ろ指なんて指されたくはない。
そこにあるのは倫理的な思考ではなくただの計算でしかないかもしれない。
それでも私は永遠に彼を手に入れたいのだ。
その為の準備だったら私はいくらでも我慢出来る。
私にとって人生で一番長い2年となるだろう。
だがその先に待つ褒美を思えば、その時間は短すぎるに違いない。