男という、否、俺という人間が如何に都合の良い考え方しか出来ない人間なのだと気付いた俺は笑うことしか出来なかった。
「トーマス、これ凄く美味しいよ」
俺の目の前でケーキを頬張る姿は俺より歳上な筈なのに俺よりずっと無邪気で子供のように見えた。
「どうぞ!」
そのケーキの味を共有したかったのだろう。
名前は俺に一口分のケーキをフォークに乗せて差し出した。
俺はそのままそれを口にする。
ああ、これって間接キスになるんだな、なんて初な事を考えながらそれを数回咀嚼して飲み込んだ。
名前はキラキラとした目を此方に向けている。
俺の感想を期待しているのだろう。
「確かに美味いな」
「でしょう?
甘過ぎないし男の人でも美味しいかなって」
名前は上機嫌でケーキを食べていく。
正直な所俺はさっきのケーキの味が分からなかった。
笑われるかもしれない。
俺は先程名前と間接キスを出来た、それに胸がいっぱいなのだ。
俺達は付き合い始めたばかりで実際の所まだキスすら終えていない。
「ほら、俺のもやるよ」
「ありがとう!」
名前の注文したケーキとは違う俺のケーキも先程名前が俺にしたのと同じように差し出せば名前はなんの躊躇もなくパクりと口に含んだ。
俺の頼んだものはスフレだったのでスプーンで食べていた。
これはフォーク以上にしっかりと名前の舌が俺のスプーンを舐めただろう。
まだ触れていないその舌は一体どんな味がするのだろう、なんて考えながら俺は続けてスフレを口にした。
先程より甘く感じるそれが名前の唾液だったらいいのに、なんて考えた俺は相当気持ち悪い事を自覚している。
「今度はそっちを頼もうかな。
んーでも他のメニューも気になる」
「何度でも来ればいいだろ」
俺の言葉に名前は心底嬉しそうに笑う。
俺が今考えている事を話せばこの笑顔は消えてしまうのだろうか?
それはそれで見てみたい気がする俺は異常なのだろうか。
「昨日ね、今日が楽しみでなかなか眠れなくてちょっと寝坊しちゃったんだよね」
「俺も似たようなもうだしいいんじゃねぇか?」
夕べは今日の事が楽しみ過ぎて何度も自慰をおこなっていたと言えば名前はどんな顔をするだろうか。
気持ち悪いと顔を歪めても怖がって顔を青ざめても恥ずかしくて顔を赤らめても全部良い。
動揺する姿を想像しただけで下半身に血が集まりそうだった。
昨日あれだけ抜いたというのに、きっと名前が望めば俺は何度でも名前を抱けるだろう。
「ほんとは今日髪巻きたかったんだけど遅刻しそうになったから諦めたの」
「じゃあ次は楽しみにしてるよ。
でもまぁ今日もいつも通り可愛いと思ってたけどな」
名前の髪を一房すくって笑顔を向ければ名前は照れたようで俺から目を逸らして小さく「ありがとう」とお礼の言葉を口にした。
髪を触ってふわりと香った上品な香りにまた誘惑された。
名前を抱く時はきっともっとガツンとそれが香るのだろう。
愛しい、想像だけで今夜は致せそうだと思った。
「トーマスって何か香水付けてる?」
「は?···いや、とくに付けてねぇけど···」
あまりのタイミングの良い名前からの質問に俺は一瞬言葉に詰まった。
「トーマスはなんだかいつも良い匂いがするなって、じゃあこれってもしかしたらトーマス自身の匂いなのかも」
「···まぁ、洗剤とかシャンプーの匂いだと思うか···」
それほど香りの強いものを使っているつもりは無かった。
それは何よりも俺の匂いで名前の香りの邪魔をしてしまうのが嫌だったからだ。
それでも名前には分かるらしい。
「俺は名前の匂いが好きだけど」
「だ、大丈夫かな?
汗臭いとか、なければいいんだけど···」
気持ち悪いと顔を歪められるかもしれないと思いながら口にした言葉だったが名前はそこに含まれた本当の意味に気付かなかったようだ。
汗臭い、そんな風に感じたことはないのだがそれはそれで興奮すると思っている俺の気持ちを知ればどう思うのだろうか。
「そんな事全くねぇよ」
「え、あっ」
店内に人が疎らだったこともあり俺達はゆったりとした四人席に座っていた。
俺は席を立ち名前の隣に座り直す。
「なっ、ど、どうしたの?」
「ん、ああ、いつも通り落ち着く匂いだなって」
頭に顔を寄せればいつも俺を惑わす香りが漂ってきた。
二人きりであれば首に顔を埋めてずっと嗅いでいたいくらいだ。
落ち着く、だなんとあからさまな嘘をよくついたものだ。
こんな甘美的な香りでリラックスなんて出来る筈がない。
なんなら今すぐ襲い掛かってしまいたい程興奮している。
「近いよ、····あの、と、取り敢えずここ出よう?」
名前は他人の目が気になったようで俺を少し強めに引き剥がしてそう言った。
それは賢明な判断だったと思う。
何しろ俺の方がこのままこうしていればとんでもないことになっていたかもしれない、と気付いていたのだから。
会計を済ませ店を出れば外は夕焼けに染まる時刻だった。
「トーマスといると1日ってあっという間だね」
もうすぐ帰らなければならない事に気付いた名前は寂しそうに呟いた。
いっそおねだりの一つでもしてくれれば朝まで名前を返さずに済むというのに。
おそらく名前は俺に遠慮しているのだ。
理解のある恋人でいたい、重荷になりたくない、嫌われたくない、という名前の気持ちが節々と伝わってくる。
こんなに健気で愛しい名前の気持ちを分かっていながらも帰ったらこの余韻を忘れぬうちに自慰に励もう、だなんて考えている俺ときたら本当にどうしようもない。
「···帰る前にぎゅってしていい?」
「わざわざ聞くようなことじゃねぇだろ」
可愛すぎるおねだり、それは俺にとって物足りない。
抱くの意味がまるで違うのだ。
名前を抱き締めながら俺は必死で我慢した。
「いつもありがとう」
「こっちの台詞だっての」
俺の肩に顔を埋める名前も俺と同じように俺の余韻に浸っているのだろうか。
そして俺の温もりを忘れぬうちに俺と同じように自慰に更けるこだろうか。
そうだったらどんなに嬉しいだろうか。
紳士的な男であることを植え付けながらも俺の本性はこんなにも汚い。
いつかこんな汚い俺の本心を名前が知ったら、いや、仮に拒絶された所でもう手離すつもりなど更々ないのだけれど。
「···送ってく」
「···うん」
いつか君が自らそれを願うようになるまで俺は君にとって都合の良い男であり続けよう。
だから俺を受け入れたその時は絶対に掴んだその手を離さない事を許してほしい。
なんて、勝手な願望を抱いた俺は今日も夢の中で君を汚す