死んでも愛する

「なんだよ、難しい顔して」

トーマスは私の額を軽く小突いた。
どうやら眉間にシワが寄っていたらしい。
こういうものは癖がつくと直らないと言うから早めに指摘してもらえたことは非常に有難い。

「とっても大切な事について考えてたの」

「なんだよ?俺も一緒に考えてやるから言ってみろ」

私の悩み事の中心にいる彼に話すのはある意味適切なことかもしれない。
だが如何せん内容はやや不謹慎であることを自覚しているので話していいことなのかたいへん悩ましい。

「言っても怒んない?」

「は?俺が怒るような内容なのか?
···まぁもう今更だろ、いいから言えよ」

どうやらトーマスはもう引き下がる気はないらしい。
なので私自身隠し事が上手な方ではないのでもう言ってしまうことにした。

「トーマスが死んだ後どうしようかなって」

「······数時間前にプロポーズした男相手にそんな事思ってやがったのか」

トーマスの言葉に怒気はない。
だがなんともげんなりした顔をさせてしまった。
そんな表情が想像出来ていたからこそ言っていいものかと躊躇したのだ。

「だってね、大事なことだよ。
私が先に逝けばいいよ、でもそんなの確実じゃないんだもの」

「仮定の話だとしても自分が先に死にたいなんて話するな。
んなこと想像したくねぇよ」

トーマスは優しい人だと思う。
彼は母親という自分に最も近しい人を失っている、だからこそ私の言葉に苛立ったのかもしれない。

「でもね、私トーマスに置いてかれたらずっと1人なんだよ。
多分私にもう新しい恋人なんて出来っこないし。
でもトーマスは違うでしょう」

「俺なら名前が死んだ後も違う女見つけて楽しくやってるってのか」

トーマスの視線が痛い。
その強い眼力で此方を睨まれてしまったら私は後退ってしまいそうになる。

「そういうことじゃなくて、ほら、トロンさんがバイロンさんだった頃も凄くかっこよかったじゃない?
だからバイロンさん似のトーマスはきっと歳をとってもかっこよくてモテるだろうから寂しくなって探そうと思えばいくらでも相手がいそうだなって····」

トーマスがどんどん不機嫌になっていくのが分かる。
これは私にとっては寧ろ幸せな事なのだ。
トーマスが私を本気で愛してくれているからこそ彼は今こんなに不機嫌になっているのだ。
それにしても私はこんな事を考えるだなんて早すぎるマリッジブルーにでも陥っているのだろうか?
だとしたら本当に気が焦りすぎている。

「俺は今後お前以外の女を愛する気もねぇしお前が俺以外の男を愛するってのも許せねぇよ」

トーマスはなんの迷いもなくそう言いきった。
痛いくらい真っ直ぐな言葉に私の胸がざわついた。
トーマスは普段からストレートに愛情を言葉と行動で示してくれている。
それはとても幸福な事だ。
だからこそその存在を失った後が恐ろしくて堪らないのだ。

「普通こういう時って俺が死んでも私が幸せになってくれることを祈ってる、って言うもんじゃないの?」

「お前の言う普通がどの界隈での普通かは知らねぇが俺はお前が俺以外の男を想うなんて想像しただけでムカつくし殺したくなる」

彼の口から出た言葉はなんとも過激な意見だった。
仮定の話ながらトーマスならやりかねないと思ってしまうのは私がおかしいのだろうか?

「そもそも俺以上に名前を幸せに出来る奴なんて存在するわけ無いんだから期待するだけ無駄なんだよ」

自意識過剰とも言える言葉だ。
だが私はそれに納得してしまう。
私だってそうだと思っている。
だからこそトーマスという支えを失った私は···考えるも恐ろしい。

「心配しなくても名前が先に死んだら数年もすりゃ俺はちゃんと迎えに行ってやるし俺が先に死んだらちゃんと地獄で出迎えてやるよ」

だから暫く1人で我慢してろ、そう言ってトーマスは笑った。
というよりも気になった点が1つ。

「え、私地獄行きなの?」

「当然だろ?俺みたいな男と生きていく事を選んだんだ。
お前も一緒に地獄行きの列車に乗ったようなもんだ」

トーマスは以前にも自分が天国に行けないと言っていた。
きっと今でも人を傷付けたことで自分自身を傷付けている。
普段の態度や言動より彼はずっと小心者で自分に自信がないのだと思う。
もっとも当の本人はそれを自覚している様子はないのだけれど。

「まぁ····そうだね、トーマスがいるなら地獄も楽しいかもしれないね」

「ああ、当たり前だ」

私は正直な所天国や地獄なんてものが存在していると信じている方ではない。
寧ろあったとしたなら一体どんな罪が許されてどんな罪が許されず罰を受けるのか、想像するのが怖いからだ。

それでも人生を終えた後再びトーマスと会えるのならどんな世界であっても幸福なのかもしれないと思ったのだ。

「取り敢えずメンヘラ思考はその辺にしてそろそろ寝るぞ」

「そうだね、メンヘラはトーマス1人で十分だよね」

軽口を軽口で返せばトーマスに頬をつねられた。
痛い、と苦情を訴えればトーマスはニヤリと厭らしい笑みを浮かべ私を抱き上げた。

「え、なに?」

「誰かさん曰くメンヘラらしい俺は恋人に妙な勘繰りを入れられた事に傷付いた。
だから今から身体で慰めてもらおうと思ってな」

トーマスはすたすたと寝室に向かう。
私は慌てるも落ちないように咄嗟に彼の首に腕を回してしまった。
これではまるで彼を求めているようだ。

「明日は休みだしどれだけだらだらしててもいいからな、俺の気が済むまで付き合ってもらうからな」

ベッドに優しく下ろされるも逃がさないと言わんばかりに即座にトーマスは私にのし掛かった。

「せ、せめてお風呂、とか」

「今朝入ってきたんだろ?
それくらい匂いで分かる。
ちゃんと後で綺麗にしてやるから大人しく食われてろ」

推し当てられた唇の感触はもう完全に私の身体が記憶してしまっている。

「死んでも離してやんねぇから覚悟してろ」

重すぎるような、まるで世間知らずの子供のような言葉、それでも全てが嬉しくて堪らない。

「····これからも末永く宜しくお願いします」

私は私が思っている以上に彼を愛しているようだ。