「···トーマス、私暇なんだけれど」
私はわざわざ呼びつけておいて完全に私を放置してデッキをいじっているトーマスに不満を口にした。
しかしトーマスは一瞬こちらを見はしたものの、何も言わずにすぐに視線をカードに戻してしまった。
一瞬だけ交わった視線から静かにしてろという無言の圧を感じた私はそれ以上何か言う気になれず押し黙ってしまった。
「(そもそもじゃあなんで私を家に呼んだの)」
ごく一般的な企業に勤める会社員の私とトーマスではなかなか休暇のタイミングが合わなかった。
だから今日会えたのも1ヶ月以上ぶりだったのだ。
電話で顔を見ることはあったがやはり実際に会えることは嬉しかった。
だからこそ時間が出来たと連絡を貰った時大慌てて準備をして普段であれば電車で向かうトーマスの家にその時間すら惜しいとタクシーで駆け付けたのだ。
急いでいたとはいえ久しぶりに彼に会えることになったのだ。
それだけで浮かれてしまった私はいつもより丁寧に化粧をして髪も丁寧に巻いた。
服に関しては完全に彼の好みに合わせてきたつもりだ。
元々彼は素直な性格をしているわけではない。
あからさまに褒め言葉をくれる人ではない。
それでもたまに口にする素直ではない照れ隠しの言葉からじわりと彼の本心が滲む。
だからこそ憎まれ口だってなんでもいいから彼の言葉が欲しかったのだ。
だが今日の彼は素直ではないそんな言葉すら私にくれないらしい。
言葉を求めてしまう私は私が自覚している以上に我が儘な人間なのだろうか。
未だこちらを見てくれない彼に小さくため息をついた。
今日は仕方ない、こういう日なのだと割り切る事にした私はトーマスの部屋の本棚から適当な本を拝借することにした。
「(なんで恋人とのお家デートしてこんな寂しい気持ちになんなきゃいけないんだろ)」
そんな不満を抱きながらも私は本を持ってトーマスのベッドに寝転がって布団にくるまった。
ペラペラとページをめくる。
私が知らない作家の本だった。
最初は気だるい気持ちのままひたすら作業的に目を通していたものの読み進めているうちに私はその物語の世界にのめり込んでいった。
その本が予想外に私好みな物語だったのだ。
「名前」
読み進めてそれなりの時間が経った頃、物語も佳境に入っていた。
そんな時作業を終えたのかトーマスが私が寝ているベッドに近づき今日会ってから初めて私の名を呼んだのだ。
「…お「今良いところだからちょっと待って」
何か言おうとしたトーマスの声を遮って本を読むことを優先すれば少しの沈黙の後トーマスは布団を遠慮がちにめくり、私の隣に潜り込んで私にぎゅっと抱きついてきた。
「···こっち向けよ」
トーマスは如何にも甘えていますという声色で呟き力一杯私に抱きついてきた。
「······」
先程のお返しと言わんばかりに私はトーマスを無視して本から目を離さなかった。
実際続きが気になるというのも大きいのだが。
「名前···」
それでも自分の方を見ない私に対し、トーマスは子猫のように甘えて私の首筋にほお擦りをし、私の頬に唇を押しあてた。
「···トーマスが相手してくれないから本読んでたのに···自分勝手すぎない?」
読んでいた本を閉じ、不安げな顔で私を見つめているトーマスに視線を合わせ皮肉めいた言葉を口にした。
するとトーマスは複雑そうに顔を歪めて私の胸元に顔を埋めてしまう。
「···どうしたの?らしくないじゃない」
口が達者で負けず嫌いで素直じゃない彼。
仮に私が正論を言ったところで時には子供のだだのような言葉で何かと反論してきた彼が今日はやけにしおらしく見える。
正直少し気味が悪いと感じてしまった。
「······」
「···言ってくれなきゃわかんないよ、どうしたの?」
それでも何も言わずに私にただただ黙って抱きついている彼の頭を撫でてやればようやく彼は口を開いた。
「······んで···だよ」
「え、何?」
胸元に顔を埋めたまま小さく囁かれた言葉を私はきちんと聞き取る事が出来なかった。
だからもう一度言ってと出来るだけ優しく彼の頭を撫でた。
「···なんで、今日そんなんなんだよ······」
「は?···え、あ、服?それとも髪?
なにかおかしい?結構気合い入れて準備したんだけど······似合ってない?」
トーマスはようやく私の胸から顔を上げた。
その顔は眉間にシワが寄っていた。
けれど怒っているとは少し違うように見える。
「······似合ってんだよ、
だからこそムカついてんだよ」
「え、なにそれ。理不尽すぎない?」
そう言った後トーマスは再び私の胸に顔を伏せてしまう。
というかこの体勢でいられるのは少し恥ずかしいので出来れば離れてほしいと思いながら彼の肩を押してみたものの腰に回された手は更に強く私に巻き付いてしまった。
いい加減苦しいと口を開きかけたその時彼の口から出た予想外の言葉に私の不満はぶっ飛んでしまった。
「······お前はただでさえ可愛いんだから、···余計な事してんじゃねぇよ」
「······は?」
彼の放った言われ慣れないその言葉に私は幻聴だろうかと疑った。
或いはこの男が本当にトーマスなのかとさえ疑ってしまった。
それも仕方の無い事なのだ。
今まで私は彼の口から素直に褒め言葉をかけられたことなどなかったのだ、勿論可愛いだなんてストレートな言葉など当然言われた事はなかった。
「···そんな短いスカートで、うちに着くまでの間に一体何人の男に無防備に素足晒してきたんだよ」
トーマスは私の太ももを足の付け根まで撫で上げた。
彼の指先がショーツに引っ掛かっている。
「え、あ、いやいや、そんな、このくらいの丈ならそこらじゅうにいるしそれにこれはスカートっぽく見えるだけで実際はキュロット、って言うか···」
怪しく太ももを行き来していた手を払いのけると再び私の身体は彼の腕でぎゅうぎゅうに抱き締められた。
「髪もよく似合ってる···あとなんかすげぇ良い匂いがしておかしくなりそうなんだよ」
トーマスは今度は首もとに顔を埋める。
スーハーと大きく息を吸いながら匂いを嗅ぎだした。
香水は付けていないから匂いがするというのならそれは髪をセットした時に使ったスプレーの匂いだと思うのだがならば尚更そんな場所の匂いを嗅がれるのはお門違いなのだが、どうにも彼はそれをやめようとしない。
「···会った瞬間名前が可愛くてどうにかなりそうになったんだよ···」
目の前にいるのは本当に私の知るトーマスなのかとは再び考えた。
そうだとしても熱でもあるのではないかと疑ってしまう。
なんとなく普段より彼の体温が高くは感じるのだが人格が変わってしまう程の高熱が出ているようには思えなかった。
普段より丁寧に気合いを入れた。
それでも今日顔を見合わせた時や普段の彼との差に頭の混乱がなかなか収まってくれないのだ。
「···可愛い···」
トーマスは私の唇にむちゅっと音がしそうなキスをした。
何度も何度も角度を変えて、それがなんだかむず痒い。
「好きだ」
「···あ、う、うん」
好きだなんて告白された時以来初めて言われた。
そもそもその告白だって回りくどくて結局何が言いたいのか分からず業を煮やした私がはっきり言えと催促した所半ば自棄になって半分怒鳴りながら口にした言葉だったのだ。
こんなに甘ったるい顔と声色で言われたのは初体験なのだ。
「···名前、···欲しい······」
恐ろしく甘えた声で私を求めるトーマスに私はたじろいでしまって返事が出来ない。
トーマスは拒否しない私に都合が良いと言わんばかりに深いキスを落としていく。
私は終始困惑していたままでいたが初めて見た彼の可愛い姿に今日無視されて苛ついてしまった事など頭から抜け落ちてしまった。
どうやら彼も暫く会えていない間寂しくて仕方なかったらしい。
彼の気が済むまで交じりあった後彼はばつが悪そうな顔で不器用に謝ってくれた。
その後どろどろに甘えモードは解除されていつもの彼に戻ってしまったが以前程彼の言葉にトゲはなくなった。
次はいつこの可愛いトーマスに会えるだろうかと考えてしまったことは胸に秘めておくことにした。