「え、いや、あの」
ホワイトデーの品と称して彼に差し出されたソレに私は顔をひきつらせ言葉につまってしまう。
だがそれを差し出した当人はその理由が分からないようで、何かあった?と言わんばかりの表情でこちらを見つめている。
「···一応確認するんだけれど、これってホワイトデー、ってことで良いんだよね?」
「ああ、さっきそう言っただろ」
トーマスは私が何を言っているのか分からないと相も変わらず怪訝な顔をしている。
確かに先程そのように前置きをもらってその品を差し出されたのだ。
しかし差し出されたそれがどうにも見覚えのある真っ赤な紙袋でまさか、と固まってしまい受け取ろうとする手が途中で不自然に止まってしまったのだ。
袋に書かれたブランドを確認するのがもはや怖い、もしかしたらよく似た袋なだけで私の勘違いかもしれない、と自分を落ち着かせてなんとかその紙袋を受け取った。
その紙袋はさして重くはない。
実際のところ中身の予測は付いているのだがもしかしたら勘違いかもしれない、そんな期待を抱きながら私は恐る恐る袋の中を覗きこんだ。
そして中に入った紙袋同様に真っ赤な箱
。
そしてそこに刻まれていたブランド名を読んで私は血の気が引いてしまった。
「あのね、いや、ほんといくらなんでも3000円の材料費の素人の作ったお菓子に対するお返しとしてはあまりにも不相応なの、わ、わかるよね?」
「あ?俺が贈りたいと思ったから買った。
それが気に入らねぇって言いてぇのか」
トーマスは私の苦言に眉間にシワを寄せる。
勿論嬉しくは思う、だがそれ以上に動揺が凄いのだ。
いくらなんでもチョコに対するお礼としては釣り合わない、なんてレベルじゃない、不相応だと言っていいだろう。
「···というか重いよ」
「なんだよ、石が付いて無いやつのが良かったってことか?」
恐ろしい言葉を聞いてしまった。
私はまだプレゼントを開けて確認したわけではない。
だが箱の形状から中身は想像出来ている。
それは“石"が付いたものなのだという事実に私の気は遠くなる。
「いや····あのねトーマス。
···普通はホワイトデーにカルティエなんて買わないのよ」
「なんだよ、別のが良かったのか?」
話が全然噛み合っていない。
そもそもバレンタインの日私もトーマスからプレゼントを貰っていたのだ。
その時点で交換して終わり、でも良かったがそこは相手はトーマスだ。
どうせ律儀にまたお返しをくれるだろうと予測はついていたので私もトーマスにお返しの品は用意していた。
トーマスが普段から身に付けているものは明らかに私が買うようなものではない店のものを身に付けているのを知っているので私は形に残るものではなく紅茶にした。
あまりにも適当かもしれないけれどロンネフェルトのギフト、まぁ私の人生で複数個入っているとはいえ一万円以上もする紅茶を購入する事は今後ないだろう。
少し奮発したつもりでいた。
だがトーマスが私に用意してくれていたものを見た途端私はそれを差し出すのが恐れ多くなってしまったのだ。
「まぁ取り敢えず付けてみろ、気に入らねぇってんならまた別の買ってやるから」
「いや、ね、気に入らないとかそんなことは絶対ないのよ····」
こちらの考えていることが理解出来ていないトーマスはなかなか中身を取りだそうとしない私の手から紙袋を奪って自ら箱を取り出した。
開かれた箱の中に入っていたのはやはり指輪だった。
そして私の手を取りその指輪を私の薬指にはめた。
私はその指輪を見て眩暈を起こしそうになってしまった。
ピンクゴールドにきらびやかに光るいくつもの小さな石、これがなんなのかいっそ察しが付かなければどんなに良かったものかと心から思った。
「···トーマス、これってプロポーズじゃないんだよね?」
「···え、あ、ああ···いや、違う!プロポーズなんて考えてないって意味じゃなくてな、それはちゃんと別のものを、あっ、いやっ···」
トーマスが私の言葉に慌てている。
そしてその拍子に私にプロポーズする意思があるということを口から滑らせた。
二人の間になんとも気まずい空気が流れてしまった。
「···」
「···」
そしてお互いが沈黙してしまった。
私達を纏う空気は静寂を極めているというのに目の前に立つ彼の表情はやけに騒がしい。
こうなってしまったのは私のせいだということは分かっているのだがなんと言ってフォローするべきなのかも分からない。
「···ねぇ、トーマス」
「な、なんだ?」
そしてその沈黙に耐えかねた私から彼に声をかける。
返ってきた言葉は面白いくらいに裏返っていた。
そんな彼を見て私はなんだか癒されてしまったのだ。
彼がその辺の一般人に比べかなりモテることを知っている。
私には勿体ないくらい魅力的な人間だと言うことも。
そんか人が私の一挙一動で可笑しなくらい取り乱してしまう、それがとても愛しいと想ってしまった。
そして私はとんでもない言葉を口にする。
「私と結婚してくれませんか?」
半分勢いだった。
彼は私の唐突な言葉に目を見開いて固まってしまった。
「トーマスがくれたコレ、プロポーズとしてだったら受け取ってもいいよ」
薬指にはめられた不相応な指輪を彼の前に差し出してそう言った。
彼は「え?は?」等と困惑している。
状況に頭の理解が追い付いていないのだろう。
可哀想だと思いながらも楽しくなってきてしまっている自分もいるのだから私も大概性格が悪いのだ。
「ダメ?」
「だ、駄目って···あ、いや、はぁ??」
トーマスは未だ現状を理解出来ていない。
彼は演出には凝る方だ。
そしてそれを目一杯演じる側の人間だ。
つまり彼は仕掛ける事には慣れていても仕掛けられることに慣れていないのだ。
自分がされるサプライズにはめっぽう弱い。
「トーマスが私の事貰ってくれるって言うならキスして欲しい」
調子に乗った私はそう言って私は目を閉じた。
これでもしフラレてしまったなら私はとんだ笑い者だ。
でも分かっているのだ、彼が私を拒まない事など。
「···ーっこんなつもりじゃなかったのに、···っ覚えてろよ!!」
そんな心配は始めからしていなかった。
私は私が誰よりも彼に愛されていることを知っていたのだから。
自惚れていると笑われるかもしれない。
少し乱暴に掴まれた腕、半ば噛み付くように合わせられた唇。
「ドレスは完全にオーダーメイドでお前専用のものを作らせるから楽しみにしてろよ!!」
取り敢えず夫婦になる前に彼のこの貢ぎ癖を和らげていくことが私の今後の課題と言えるだろう。
私達はこの後二人で私に贈られた指輪と対になる指輪を買いに行った。
トーマスは財布を出す時までずっと私の手を離さなかった。