陽炎が見せた夢

「どう考えてもおかしい」

容赦なく照り付ける太陽と喚き散らす如く鳴く蝉のあまりのうるささに名前が不満を口にする。

イライラしたところで余計暑くなるのだからやめておけばいいのにと思ったがそれは自分の胸の内に秘めた。
きっとそれを聞けばまた苛つくことが目に見えていたから。
触らぬ名前に祟り無しってな。

「ねぇ、十代は夏も家に帰らないの?」

随分とだらしない姿と表情で団扇を扇ぎながらそう訊ねた。
俺からすれば名前こそわざわざ暑い中ここに留まっていることの方が疑問だ。
女子寮にはエアコンが設置されているのだから。

「どうせ帰っても親もいないし俺はここが結構気に入ってるからな」

寂しいというわけではない。
ここにいたって殆どの生徒は帰省しているのだ。
だが俺にとってもここはもはや自分の家より居心地が良くなってしまったのだ。
今は授業もないし元々色々な意味でゆるゆるな寮だ。
行動を制限される事は殆どないと言っても過言ではない。

「十代は相変わらずだね。
ねぇ、どうせなら私の部屋に来ない?」

名前は平然と言ってのけた。
本来であれば男子生徒しかいないレッド寮に女である名前が出入りする自体好ましくない筈だ。
偶々この寮が学園から離れていて外はこの暑さで態々ここまでやって来る物好きがいなくて偶々この寮の監視役の教師が緩く今はその緩い教師すらいない、だからこそ男子寮に出入りする名前を咎める者はいない、それだけだ。

きっと女子寮に俺が入ることなんてもってのほかだろう。
そんな事を考えていることを悟った名前は悪い笑みを浮かべる。

「ベランダから入っちゃえばいいんじゃない?」

取り敢えずその言葉で名前が本当はいけないことだということを理解していた事には安堵した。
だがどちらにしろ軽率すぎると思う。

「お前そんなんじゃいつか食われちまうぜ」

そう言えば名前は目をぱちくりさせた。
意味を理解していないのだろうか。

「俺は今お前を抱けって言われたら余裕でヤれる、そういうもんなんだよ、男ってやつは」

ハッキリ言ってやるも名前
の反応は薄い。
ふーんと一言口にしただけだった。

「十代もそういうことに興味あったんだね」

どうやら俺は名前の中で男と認識されていないようだ。
何故かその言葉に少しイラついた。

「明日香の水着姿見ても無反応だったからこいつほんとに生えてんの?って思ってた」

前言撤回、普通にムカついた。
こいつ俺の事舐めすぎだろ。

「だって男ってそういうものなんでしょう?」

まぁ確かにそう言ったのは俺だが何故かイライラしたのだ。
明日香は確かに良い身体をしているし顔も整っているとは思っている。
でもその時俺には他に気になる事があってそちらにばかり気が行ってしまっていたのだ。

「お前はなんであの時水着にならなかったんだよ」

名前はあの日しっかりとパーカーと短パンを着込みタイツまで履いていた。
なんだかそれがイラっとしてファスナーを降ろしてやろうかと思ったがさすがに翔にとめられたのだ。
名前は基本的に肌をあまり出さない。
今日だって暑い暑いと喚きながらも薄手のカーディガンに黒のストッキングをはいている。

「お前その格好やめたら少しは涼しくなるんじゃねぇの?」

「こんな水着と変わらないくらい身体のラインこれでもかって程出た制服堂々と着られるメンタル私にはないんだよね。」

名前の服装はそれが理由だった事を知った。
正直意外だった。
そういうことを気にしているイメージがまるでなかったからだ。

「とくに明日香みたいな完璧な女の子の隣で自分も同じ格好をする勇気なんてないよね」

そう話す名前の首筋を汗が伝う。
不自然な程肌を露出しない名前のそれを見ただけでなんだかぞくりとして思わず口に溜まった生唾を呑み込んだ。

「別にそんなの気にする必要ねぇと思うけど」
 
「なぁに、十代。そんなに私の身体に興味あるの?」

俺の言葉に名前は笑って冷やかした。
どう返事をしようか悩んだがどうにも俺は男とした見られていない節があるのでストレートに言葉にしてみた。

「ああ、俺はすげーお前の身体興味あるけど?」

それでも名前の表情は変わらない。
ここで俺が問答無用で服を剥いで襲えば少しはその顔を変えられるのだろうか?

「今凄く男の人の顔になってるね、十代」

名前はこんな女だっただろうか?
俺を見下ろすような視線を、こんなに艶やかな目をしていただろうか?
俺の方が暑さにやられてしまっているだけなのだろうか?

暑い、熱い、熱が上昇する、脈が速くなっていく、心臓の音が五月蝿い。

「十代にだったら見せてもいいよ」

喉がひゅっと鳴る。
呼吸すら止まりそうだ。
喉が渇いて仕方がない。

ほぼ無意識で手を名前に伸ばせばそれは空を切る。

「私の部屋でならね」

じゃあねと一言、立ち上がり名前は俺の部屋から出て行った。
俺は唖然としてその場で動けなくなって目標を失った自信の手のひらを見つめた。
その手をぐっと握って名前が出て行った扉を忌々しい目で睨んだ。

一方的に気持ちを弄ばれた事により熱を持った身体が、硬く主張するソコに苛ついた。

「無理矢理にでも引きずり倒して犯してやればよかった」

力なく後ろに倒れ込んで天井をぼーっと見つめる。
すると三段ベッドの一番上からファラオが顔を覗かせた。

「なんだよ、お前もいたのか」

ファラオは俺を嘲笑うかのように上から俺を見下ろしにゃーんと一度鳴いた。
そして大きな身体には似合わない軽やかな動きでそこから飛び下り窓の外へ出て行った。
ここより涼しい場所を知っているのだろう。

蝉の声は相変わらず煩い。
扇風機から送られる風はやはりぬるい。

それでも名前の部屋に行くのはなんだか癪で俺はそのまま目を閉じる。

「明日またここに来たら絶対食ってやる」

そう呟いてそのまま眠ってしまった。

勿論俺は明日からも名前に弄ばれるのだ。