やがて土へと還る

「今年は何処にも行けないね」

「まぁ別にいいんじゃね?」

もう夏も終わろうとしていた頃厄介なお客さまが現れた。

びゅうびゅうと音を立てる風に強い横殴りこ雨、昨日の夜台風が着陸したのだ。
その強い衝撃に窓がカタカタと音を立てる。

「下手をすれば停電しちゃうかも」

「そん時はそん時さ、なんとかなるだろ」

こんな日でも十代はいつもと変わらない。
ベッドに寝転がってうたた寝半分だ。


「取り敢えずどうしよっか」

十代にそう訊ねるも返事は返ってこなかった。
本当に眠ってしまったようだ。

『まったく、十代は自分の事に無頓着すぎる』

「ユベル」

眠ってしまった十代と入れ代わる形でユベルが姿を現した。
呆れた物言いをしながらも彼女が十代を見つめる目は実に優しい。

『君もつまらないんじゃないかい?』

それなりに上手くやっている私達はどうしようもないほど彼を愛している。
だからこそお互いの気持ちが分かっている。
十代だから仕方ない、そう思っていることに。

諦めているといえば聞こえが悪いかもしれない。
だが間違いなくそれが一番適切なのだと思う。

「一緒に過ごせたからもうそれでいいかなって」

『健気な事を言うね。でも分からなくもないよ』

どんな1日になろうともこの日を共に過ごせたということに価値があるのだ。
彼が生まれた今日に。

「ユベルの誕生日っていつなの?」

『さぁね、随分昔の事だし今とは暦が違うからもう覚えていないよ』

ユベルは自身の誕生日を覚えていないと言った。
ユベル本人はそれを悲しんでいる様子など少しも無かったが私はなんだかそれが少し寂しかった。

「なら今日をユベルの誕生日にしましょう」

『君は酔狂な事を思い付くね』

誕生日なんて彼女にとっては気にするにも値しないのであろう。
だからこれはただの私の意地に過ぎない。

「ユベルの存在意義の全ては十代でしょう?十代がいなければ今貴方はここにいない。だからね、十代と一緒に貴方は生まれたのよ」

ユベルは十代が唯一自身の全てを差し出した相手だから。
言葉にすれば嫉妬してしまいそうだ。

『君が死んだ時は君も僕と同じようになればいい』

ユベルの言葉に驚いて彼女の顔を見ればそれは決して出来ない事を口にして私を嘲笑っているような顔ではなかった。
とても優しく笑っていたのだ。

「私は多分成仏しちゃいそう」

私は自分が満たされていることを自覚しているしきっと私はユベル程強く十代を愛してはいないだろう。
だからきっとこの生涯に満足して、死を迎える瞬間この世界に未練など残らない気がする。
しかしユベルはそれを許容しなかった。

『その程度で満足するだなんて許さない。君がどんなにそれを望もうともその時は君の魂をボク達の元へ無理やら引きずり込んであげるよ』

恐ろしい事を言っている気がする。
でもそれに心から恐怖しないのはなぜなのだろうか。

「おいユベル、勝手な事を言うな」

そんな話をしている最中後ろから声をかけられた。
どうやら十代が目を覚ましたようだ。

『おや、起きていたのかい。
意外だね、君もそれを望んでいると思っていたのだけれどね』

ユベルの言葉に十代は目だけで制した。
それにユベルは肩をすくめて再び姿を消してしまった。

「お前はユベルと同じにはなれない、だから馬鹿な事を考えるなよ」

十代がそう念押しした。
十代にとってユベルは特別な存在だ、それを理解している。
それでもその言葉に少しだけ傷付いた。

「お前はその為なら自ら死を選びそうだからな」

十代にそう言われて返す言葉がなかった。
現状に満足しているというのは嘘ではない。
だが確かに本当にそんなことが出来るというのであれば私は迷うことなどなく死を選ぶだろう。
どうして十代はこんなにも私を理解しているのだろうか。
そして同時にこんなに私を理解してくれているのに私は十代と永遠に一つにはなれない
とても悲しい現実だ。

「俺とずっと一緒にいたいのなら生きろ」

ずっとだなんて、きっとそれはとても限られた時間であることを理解している。
理解なんてしたくないのにそれを理解出来ない程幼くはない。

「十代が私を看取ってくれるの?」

「ああ、だから生きろ」

十代の口からそんな言葉が聞けるだなんて夢にも思わなかった。
それは今こうして共にいられることが酷く刹那的なことだと思っているからだ。

「お前を看取った後俺もすぐ行ってやるから。だからお前はユベルのようにはなれない」

気休めのリップサービスだろうか。
私が愛してやまない十代とは思えない発言だ。
十代の言葉の真意が分からなくてどう返事をしていいかと言葉を失ってしまった。

「俺は、····俺はお前がいなくなった後も何も変わらず生きていけるという事実を認めたくない」

何も言わない私に十代は続ける。

「どんなに俺の魂が変わらず生きようとしても俺の心は死ぬことを望むだろう」

本当にどうしたのだろう、こんなの私の愛してやまない遊城十代とはまるで違う。

「だからその時はアッチの世界で俺とお前とユベルの三人でこの旅の続きを歩もう」

「ユベルは嫌がるかもしれないよ?」

やっと大好きな十代と一つになれたのに、きっと彼女は意地でも十代を死なせないだろう。

「その時はまた何度でもぶつかるさ」

ユベルと十代は対等だった。
それも当たり前の話だ、彼らは魂を共有しているのだから。
それに何度醜く嫉妬しただろう。

「お前は何をしたって俺から逃げられない」

十代に抱きしめられた。
優しく手を背中に添えられている筈なのになぜか鋭利や爪が食い込んでいるように思えて背中がじんじんと傷んだ。

「逃げるのはいつだって十代でしょう」

私も同じように十代の背に腕を回した。
十代とは違い本気で背中に爪を立てる。
薄手のTシャツの上から爪が肌に食い込むのが分かる。
それでも十代は私を振りはらわなかった。

「台風そろそろ通りすぎそうだな」

十代の言葉で気がついた。
先程まで横振りの雨で悲鳴をあげていた窓が静かになっていたことを。

「また蒸し暑くなるだろうな」

私たちがこんな話をしたのはきっとこの台風のせいだったのだろう。
晴れない空というものは否が応でも気持ちを暗くさせる。

きっとこの日の十代もこの大嵐に惑わされていたのだ。

「十代、誕生日おめでとう」

きっと再び空が青々とする頃にはいつもの十代に戻っている筈だ。
私たちが憧れる太陽が再び現れる。

「ありがとな」

私の背中に突き刺さった爪はまだ離れない。
太陽が登った時その痛みがなくなる、それだけは少し寂しいかもしれない。














名前は何も分かっていない。
名前の背中に突き刺さった爪がユベルのものであるということに。
きっとユベルは名前を永遠に離さない。
名前をこの地に留まらせようとするユベルと名前と共にあちらに行こうとする俺。
俺達は恐ろしい程似た者同士になってしまったようだ。
それはきっと呪いとなって名前を俺達の元に縛りつけるのだろう。